会合3
「お前の性格が気付かれたのならば、お互いの情報を出し合うのはありだと思うが。王が何故ラータニアの王族を得ようとしたのか分からないのでは、情報提供も難しいところだな」
「何でかは分かってないけど、ルヴィアーレが王を狙ってるのは間違いないよ。王もそれは警戒してるし、ベルロッヒが鬱陶しいこと」
こんなところにまでついてくるのだ。ルヴィアーレへの警戒は最高値である。
「馬鹿なフィルリーネに何を吹き込むのか分からんからだろう」
「そうなのよねー」
「一筋縄ではいかない男だと王も分かっているのならば、相当な理由でお前の婿にするのだろう。マリオンネの人間と言うのはあり得るな」
イムレスからその話はいっているらしい。ガルネーゼもマリオンネの人間で魔導が高ければその力は王は欲しがるだろうと口にした。
「でも結局それ私が産むんでしょ。無理あるんじゃない? ルヴィアーレを蔑ろにしながら、子供つくりなさいよって、どんだけ?」
そんなことルヴィアーレが承知するわけないだろう。手を出さなければ何も起きないのだし、子供に期待値上げても何年計画。その間にルヴィアーレは力を溜めて王を討つ気がする。
「それだけの脅しを持っているのかもしれないな。ラータニアの浮島を手に入れたとして、うまく侵略できればラータニアはグングナルドの属国だ。ラータニアは人質となる」
つまり全てを服従させられる状態であれば、ルヴィアーレが諦めて承諾する予定らしい。いやー、あの男は裏で絶対何かすると思うよ。時間稼ぎは間違いなくするよ。
「従わなければ人質に危険が及ぶ。王族の仲は良好だと言う話だし、人質として最適だろう。浮島にどこまで価値があるのかは分からないが、浮島を手に入れれば何かが変わるのかもしれない」
ガルネーゼは壁に飾られた世界地図を見遣って考えるように言った。ラータニアの浮島はダリュンベリから南西になる。マリオンネからは離れた場所だ。
マリオンネから離れている浮島は珍しい。他の国にも浮島はあるが、マリオンネに比較的近かった。中心部から外れた浮島に何の意味があるのか、未だ分からない。
「マリオンネの者から、あの島の何かを掴んでいたのだろうが、精霊が多い特別な土地としかこちらには入って来ていないからな」
精霊が多く魔鉱石もざっくざく。それだけで欲しがるとしても、推しが足らない気がする。それについてガルネーゼも頷いた。
何か他に理由がある。それが分からない。マリオンネの者に聞いても、知らないのか知っていて話さないのか、特別な話は耳にしなかった。
「本心から王が手に入れたいのはマリオンネの力だろう。王は王族として手になければならないものを持っていない。しかし弟がそれ以上の力を持っていた。子供の頃は父親に蔑まれていたから、ハルディオラへの妬みは酷いものだった」
「そうなの…?」
祖父は自分が産まれた時にはもういなかった。肖像画でしか知らない。王族の話は殆ど聞いたことがない。母親の話も話してくれる叔父がいなくなり聞くこともなくなった。
「王族として魔導が少ないのは国を滅ぼしかねない。俺は次の王はハルディオラだと思っていた。だが継承したのはあの男だ。前王は長男に継がせる気はないと思っていたんだがな」
「でも王になって、弟を殺し、次はラータニアの浮島か、マリオンネの孫か?」
「そう言われて納得の、欲しいものだな」
魔導の少ない王族。王にとって子供の頃からの大きな屈辱。妬み恨みが膨れていた。王の座も危うかった。
「お祖父様ってご病気で亡くなったんでしょ?」
「…そうだな」
その間は何を考えた間だろうか。弟を殺すならば実の父親も厭わないか。そう思ったが、ガルネーゼは首を振って、その証拠はない。と口にした。あり得る話だが、証拠がないまま、病死とされた。急激に体調を崩したのではなく、年齢とともに弱くなったのだからと。
しかし、証拠が出ないだけで何とも言えないのではないだろうか。
「母親の話を聖堂の司教様から聞いたのよ。カサダリアに祈りに来ていたって。精神面で病んでたの?」
「レディアーナ様か。あの方は、何と言うか、王を恐れていたからな」
ガルネーゼは長い足を投げ出して組むと、横向きになって窓の外を見るように腕を組みながら頬杖をついた。思い出すように息を吸い込んだが、出したのはため息だった。
「気の小さい方で、怖がりと言うか、多くを考えすぎて不安になりがちな人だった。思い悩んでばかりで、王の顔を伺ってばかりだった」
「自殺した可能性があるってこと?」
「いや、自殺ではない。元々痩せた方でな。悩んでばかりなのもあって、細身の華奢な方が嫁いで更に痩せこけていた。王妃になれば心配事が増えるだけ。適応できなかったんだろう。あの方が亡くなったのは、心が弱かったためとしか言えん」
「ふうん」
「カサダリアにいたのはレディアーナ様の不安が深かったためだ。婚姻前は実家に近いとカサダリアで過ごされていた。婚姻後ダリュンベリには入ったが、お前を身籠もった後はほとんどこちらにいて、お前を産んだのもこの城だった」
自分の生まれはカサダリアと言うのは知っている。母親がカサダリアで死んだことも。王は王妃を顧みることなどなかったのだろう。想像のつく話である。
「まあいいわ。その魔導の元のルヴィアーレが変に動かないようにしたいけれど、頑固だから外に連れて行くかどうか検討して。出すのなら方法を考えて」
母親の話は別に聞きたいとも思わないので、話を切り上げた。王の権力に巻き込まれた被害者に、恨み節もない。ただ、王に返り討ちくらいして欲しいと思うのは、自分の精神面が強靭だからだろうか。それに育ててくれたのは叔父であり、多くの愛情を与えてくれた。だから寂しいとかもない。
それを薄情だと思うだろうか。そう言われても、自分が知っているのは三割り増し肖像画だけである。
『今から行くわよ』
エレディナの声が頭に響いて、返事をする。ルヴィアーレを連れて来るのだ。
「ルヴィアーレ来るって。はー。めんどくさい」
「お前はそればかりだな」
言ってまた酒を注ぐ。そっちこそ、酒ばっかりだよね。この城で鬱屈してるの、酒で誤魔化してんじゃないの?
「来たわよー」
エレディナが現れると同時、ルヴィアーレが部屋の中に降り立った。初めて人型の精霊の転移を受けたのか、足ががくりと揺れる。そうなの、地面が一瞬分からなくなるから、最初のうちは変に足に力入れちゃうのよ。あれを見る限り、ラータニアに人型の精霊がいても精霊を使い転移は行ったことはないようだ。
ルヴィアーレはガルネーゼの姿を目にしてすぐに頭を下げた。
「この様な時間に失礼いたします」
「ここでは気にしなくていいわよ。こっちも気にしないから」
「お前は気にした方がいいと思うぞ」
ガルネーゼの呆れ声は無視して、四脚ある椅子の一つを引いてやる。ルヴィアーレは静かに歩んでちらりとこちらを横目で見ながら椅子に座った。椅子を引くのは側仕えの役目だがいないのだし、そんなことで睨まないで欲しい。
「個人の部屋で申し訳ない。さすがにこの娘を広間に呼ぶことは出来ぬので」
「承知しております」
「仕方ないからお茶入れてあげるよ」
この時間なので側仕えを呼ぶのは可哀想だ。カップは用意してくれていたので、余ったお湯で紅茶を注ぐ。ガルネーゼがその注ぎ方から目を背けるとルヴィアーレは片眉を少々上げた。
「ちょっと温いかも」
「お前は。いくらこの部屋でもな。少しは王女らしくしたらどうだ」
軽く頭を抱えてガルネーゼは言った。ルヴィアーレは構いませんと笑顔で返す。あの顔、怒ってるやつ。