カサダリア3
「フィルリーネ姫。ルヴィアーレ様。カサダリアへ良くお出になられました。お疲れになったでしょう」
航空艇発着所の休憩所で待っていたガルネーゼは跪き二人を迎えた。立ち上がるように言うと黒のマントから長い足を見せて立ち上がる。相変わらず身長のある男だ。ルヴィアーレも見上げるようにしてガルネーゼを見遣った。
ルヴィアーレも身長がある方だが、ガルネーゼの方が幾分大きい。レブロンも高身長だがそれより身長が高い。ガルネーゼと話していると首が痛くなるんだよね。上ずっと見てるの疲れるのよ。
ガルネーゼは黒に金縁のあるマントを羽織っていた。黒の立襟付きの身体の線に合った服を着ているので、細いのが良く分かる。筋肉はあるのだろうが長身な分それが分かりづらかった。その細腕で剛腕である。腕の中何入ってるんだろうね。
「久しぶりだわ、ガルネーゼ。建国記念日の用意は出来ているのかしら。わたくし、こちらで建国記念日を過ごすのは初めてだわ」
「問題ございません。多くの貴族も集まり、演奏会などの催しもございますので、楽しみになさっていて下さい」
ガルネーゼはただの演奏会だって文句言うなよ。と目で脅してくる。笑っていても笑っていないのよ。そしてそれは時と場合によるのでお約束できません。
「そう。それならば良くてよ。ルヴィアーレ様もカサダリアの者たちと長く話すことはないでしょう。楽しみになさって」
フィルリーネの言葉にルヴィアーレは礼を言いながら微笑む。嫌味っぽく笑うことないでしょう。私も面倒臭くて堪らないよ。そこはお互い様だよ。貴族の対応をルヴィアーレに任すとか言ってないから、安心して。私の独壇場で頷くのは大変だと思うけれどね。
そこは演技なのだから気にしないでいただきたい。演技しているこちとらの方が疲労が溜まるんだよ。知ってたかな?
二人ともこちらの本性を知っているのでやりにくいことである。
にこにこ笑顔のくせに二人とも何だか別の意味を含ませている気がしてならない。そこは無視してフィルリーネはガルネーゼに促されるまま部屋に向かった。ルヴィアーレの部屋どこにしたんだろう。
カサダリアの城自体、崖上にあるため階段が多い。そのため移動式魔法陣の数が多かった。移動する距離は短いのだが、あちこちに乗り場がある。乗らなくても歩ける廊下があるのだからそちらを歩けばいいと思うのだが、王女を前に乗らぬわけにはいかないらしく、ガルネーゼがそちらの道を通った。
内心面倒だと思っているだろう。ガルネーゼの足ならば逆に進みが遅くなる。お年寄りには優しい城だが、若者には面倒ではないだろうか。しかし、イアーナは不思議な造りに目をぱちぱちさせていた。
階段を下っているのに、窓の外を見ると庭がある。少し進めば地下に入るように窓がなくなる。しかし少し平行に歩んでまた階段を下ると、窓の外は再び庭になった。
「この城は崖上に造られているため、階層が分かりにくくなっております。窓の外を見ると不思議な気分になるでしょう」
イアーナの混乱顔にガルネーゼも気になったのだろう。理由を説明して反応を見る。
「確かに面白い造りですね。窓の外が同じ高さではないと不思議な気分になります」
外の庭は半階になるため、庭から見ると地面に潜るようになるのだ。どこが何階なのか分かりづらい構造だった。だからどの部屋が何階なのか、言われても初めてこの城に訪れる者には理解が難しいだろう。
しかもダリュンベリの城と違って廊下があまり広くない。道も入り組んでいるのでこの城の構造を覚えるには時間が掛かる。ここで間諜を放っても攻略するのは難しい。
相変わらずルヴィアーレは顔の似たウルドとパミルを連れてきていた。二人でどこまでこの城を探索できるのか。探索しても一週間で把握するのは無理だろう。裏道は気付かれない。
ベルロッヒがいなくとも、この城でルヴィアーレが自由にするのは難題が多かった。それを伝えておくべきだったかとちらりと考えたが、まあ言うまい。この城に王は来ないのだからルヴィアーレが動く必要はなかった。
「王都と違ってカサダリアの城は迷路のようになっていてよ。わたくしもこの城はどこを歩いているのか分からなくなりますもの。ルヴィアーレ様も迷子にならないようお気を付けになって」
「フィルリーネ様が迷われるほどならば相当ですね。迷わぬよう気を付けましょう」
嘘つけよ。お互い思っていることは声に出さず、ルヴィアーレはできる限り道を記憶しているのだろう。後ろにいるから分からないが、サラディカたちも頭を悩ませているはずだ。イアーナはともかく、王都より面倒だとすぐに気付く。
「ルヴィアーレ様はこちらへどうぞ。お部屋にご案内します」
ガルネーゼが直接案内するとルヴィアーレを促した。ルヴィアーレには王の手がついているので、おかしなことを話せば筒抜けだが、ガルネーゼにその気はないだろう。初日からそんな動きはないと見たか、ベルロッヒはルヴィアーレに付かず、フィルリーネに付いてきた。それ、面倒だなあ。
「ねえ、ベルロッヒ。ベルロッヒから見てルヴィアーレ様はどう? わたくし、最初は小国の王の弟であり第二王子でありながら、あの年でご結婚なされていないのだから、何か問題でも持っていらっしゃるのかと思っていたのよ。けれどとても優秀だと言うお噂は本当だったわ。お父様もそのように思ってわたくしの婿にされたのかしら」
「そうですね。とても優秀でいらっしゃり、フィルリーネ様のお手伝いをさせるに相応しい方だとお決めになられたのでしょう。フィルリーネ様もルヴィアーレ様にお心を寄せられ、王もご安心なさっているのではないでしょうか」
そんな簡単なら良かったけれどね。ベルロッヒは大きな目を眇めて目尻を下ろした。笑んだ顔に何を含んでいるやらである。そして、ですが、と付け加えた。
「ですが、まだ婚姻前の婚約者であらっしゃられるのですから、二人きりでお会いになるのはお控えください。建国記念日で城には多くの貴族が滞在しておりますからな。衆目がございますゆえ」
そんな注意をしてくるならば、二人きりにさせるな命令はしっかりされているらしい。いや、いいのよ。二人っきりになる必要ないから。頑張ってそれ進めてくださいな。
「お父様にも注意をいただいたのよ。わたくし、初めは何故? と思ったのですけれども、婚姻前ですもの当然よね。ルヴィアーレ様にもご理解いただいているわ。ベルロッヒも心配してくれて嬉しいわ」
「当然のことです。フィルリーネ様のご婚姻は皆が待つところ。ルヴィアーレ様もご理解いただいていて安心しました」
ルヴィアーレは面倒だと思っているけれどね。さてここで問題なのは、ベルロッヒがどちらに付くかと言う問題である。ルヴィアーレのとこ行って欲しいな。お願いだから。
「けれど、建国記念日までまだ日があって暇ね。お部屋で過ごそうかしら」
「王都では政務もありお忙しいでしょう。お部屋でごゆっくりされるのがよろしいでしょう」
「そうね。そうするわ。ベルロッヒもたまにはゆっくりなさい」
「ははは。是非そうさせていただきたいものです」
ベルロッヒはそう言って部屋までついてくると扉の向こうで笑って扉を閉めた。ここで警備を行うと言わなかったので、部下が扉を守るのだろう。ベルロッヒはルヴィアーレの方へ行くのか、それとも、このカサダリアで何かを行う気なのか。