カサダリア2
カサダリアはダリュンベリの東部に位置しており、水の多い土地である。川に囲まれたカサダリアの城は川でできた自然の堀に守られている。上流から流れている一本の川に支流ができ、広大な土地を挟んで左右に分かれた。その土地に城と街を造ったのである。
川は壁を削り深い場所を流れているため、川を渡るには橋しかない。橋が落とされれば孤立する造りだ。
南にある旧市街は下流にあり、そこだけ街と外を区切る壁が聳えている。両脇にある崖が長く伸びている分、土地も長く伸びていた。遠くまで行けばまた川が合流するので堀の代わりになっているのだが、土地が広いため魔獣が入らないように壁が造られている。
その情景が、航空艇の降り立った発着所から良く見えた。城は上流、しかも高低差のある一番高いところに造られているので、街どころか遠くの地平線と山々まで見えるのだ。
「不思議な造りの街ですね」
ルヴィアーレが珍しく感嘆したように口にする。遠目から見る街は坂を下るようになっており、ひしめき合うように隙間なく建物が建てられている。その建物の間を列車が走っていた。列車は空いている隙間を走るので、陸橋の上が多く、建物の間から見えたり隠れたりしていた。
「美しい街でしょう。ダリュンベリも広い街ですけれど、カサダリアも大都市ですもの。何でもありましてよ」
暖色の屋根は橙色や緋色、えんじ色など様々な色が並ぶ。日に照らされて浅い色になっても映えるように暖色でも濃い色が多かった。壁色は浅い黄色が多いが、隣の家が近いため壁には色はあまり使わない。
こちらは雨が降ることが多いので、屋根は斜めになっており、坂に流れて川へと落ちていく。そのせいか街全体が傘のようになっていた。確かに珍しい形だろう。しかし、下流へ行けば行くほど建物の質が劣っていく。旧市街地は坂道の一番下に位置した。
上から流れてくる水のせいで旧市街地はいつも湿っぽい。壁がなければ外に水が流れやすくなるだろうが、壁がなければ魔獣が入り込む。下水路工事を行い上から流れる水を旧市街地に流さないようにしたいものだが、街でも最下層とされている人々のために金を使えないと言うのが城の中の意見だ。ガルネーゼも頭を痛めている案件である。
「あちらは何でしょうか」
ルヴィアーレはカサダリアの街の造りを今の時間だけで頭に入れたいらしい。城から少し離れたところにある、煙突が並ぶ地域を指さした。
「あちらは、工場地帯ですわ。カサダリアは城壁門を出ると貴族が住まう区域になり、一段下に森が広がります。そこから下は庶民の暮らす街。そちらには工具など細かい部品を造る工場が多くあります。カサダリア付近では金属が掘られる場所が多いのです」
「工場の煙突ですか」
「ラータニアへの輸出も多いのではなくて? カサダリアで多くの部品を製造していると聞いております。自慢の街でしてよ」
その輸出も関税を増やしていると聞いている。ラータニアには高額で売られているだろう。ルヴィアーレは微笑んで、カサダリアの商品は素晴らしいと耳にしております。と当たり障りない返事をした。
街を見るついでに発着所に停められた航空艇もしっかり目にしている。サラディカやレブロンも驚きながらも見逃さないよう目視して確認した。気の抜けたイアーナだけがぽっかり口を開けてあちこち見回している。君には警戒心はないのかい?
あの子ちょっと指導してあげたいわあ。サラディカとレブロンが見てるからいいのかな。わーわー、言って驚いてる場合じゃないでしょう。警備の配置とか、どこに砲台があるかとか、ちゃんと見なさいよ。発着所にある円筒の柱、気にならない?
「あれは、魔鉱石でしょうか」
思っている間にルヴィアーレが気付いた。気付いてすぐ聞いちゃうのがルヴィアーレだよね。フィルリーネはほいほい言っちゃいけない問いに答えるから、みんながいる時に話せよって姿勢がある。皆の前で話せば後で他の者たちに繰り返し問えるからだ。話題に上りやすくするため、皆が聞いている時に問うのである。さすがあざとい。
「良くお気付きになるのね。あれらは航空艇を守るための結界を造る魔鉱石ですわ。この発着所だけでなく、至る所にありましてよ」
カサダリアは川に囲まれているため地上からの防衛力は高いが、城が上流の一番端にあるので空からの攻撃に弱かった。初代グングナルド王がこの地を王都にしなかった理由だ。そのためあちこちに魔鉱石が埋められた柱が立っている。何かあった場合緊急用の結界を造るためである。
勿論この城と街を守る結界は常に張られているが、それが破られても問題ないように、航空艇などの重要な場所は更に強い結界が張られるようになっているわけだ。
「さあ、こんな所でお話しせず、城の中へお入り下さい。フィルリーネ様、日に焼けてしまいますぞ」
これ以上余計な話をするなとベルロッヒが口を挟んだ。日焼けとか、深窓の姫が一番嫌いな言葉を使ってくれる。これはさっさと部屋に入らなければならない言葉だ。
「あら、嫌だわ。ルヴィアーレ様、早く入りましょう」
ベルロッヒはフィルリーネを良く理解した上で誘導してくる。扱い方は心得ていた。これをルヴィアーレは止められないだろう。こちらにいて二人きりになる機会はないと思えば、今ここで聞きたいことは聞いておきたいはずだが、ルヴィアーレは周囲を見回してそれだけに留めた。
無理に質問してベルロッヒを警戒させたくないのかもしれない。ベルロッヒはしつこいくらいにルヴィアーレや部下たちを視界に入れている。
いやー、やりにくいだろうね。私にも視線が届いて痛いわあ。余計なこと言うなって内心思ってるだろうね。でも言っちゃうけどね。無論本当に言っちゃいけないことは言わないよ。どこが弱いのよこの城―、とかはさすがに言わないよ。安心してよ。
空からの攻撃に弱いのは見て分かるだろう。しかし、その分対策はある。ラータニアが王都を狙わずカサダリアを狙うことはないので、関係はないだろうが。
どちらにしても、ラータニアは航空艇での戦いは向いていない。行えて航空艇を使えないように細工するくらいだ。それもまた難しい。カサダリアは陸からの攻撃が難しいのと同様、大事な場所は高所に集中している。
そして兵が動く道は、普段使う通りにはない。カサダリアは隠し通路が多く、外向けの客には分からない裏道が城のあちこちに張り巡らされているのだ。侵入者が誰もいない表通りを使っていても、兵士が裏道で待機している。簡単に入り込むのは難しいのだ。
王がガルネーゼをこの城の副宰相としていられるのは、兵ではないガルネーゼが表の道しか使わないことに起因していた。
兵士が使うので王の兵が裏道を使っておかしなことをしていれば気付くことはあるだろうが、それでも多くの道を監視している訳にはいかない。ガルネーゼからすれば気付きが遅くなる造りだった。
他からの侵入を阻むための隠し通路が、仲間の動きを確認しにくくさせているのだから、何とも笑ってしまう。もしもガルネーゼに妙な動きがあれば、ガルネーゼを確保できるような動きもできるのである。
ガルネーゼが反王派であると予測していてもガルネーゼに手を出せないのは、その人気だった。ガルネーゼはその腕と知能で騎士たちの信頼を得ていた。四角い顔のおっさんなのに貴族の女性たちにも何故か人気が高い。市井に足を伸ばすこともあって街の人間にも顔が知られている。その男の地位を理由なく落とすことはできない。
しかもガルネーゼは騎士団の中でも相当な強さを持つ者だ。ベルロッヒと戦わせてもガルネーゼの方が上だろう。そう簡単に暗殺などできないのである。魔獣で襲わせても軽くあしらわれるのが目に見えているため、王も手が出せなかった。
イムレスも同じような理由で生き残っている。王にとっては目の上のたんこぶだ。
王都で何かをしたいとは言え、ルヴィアーレをカサダリアにやるのは王も迷ったのではないだろうか。そのためのベルロッヒが、現れたガルネーゼに鋭い視線を向けた。