カサダリア
いやあ、自由っていいよね。素晴らしい。部屋にルヴィアーレがいないんだよ。戻ったら小姑みたいに、どこに行っていた? なんていちいち聞かれないんだよ。
なのに、何でだろうね。面倒なおまけが一緒なのは。
「ベルロッヒ。あなたがわざわざ一緒に来てくれるだなんて、嬉しいわ。けれど、お父様も心配性ね。わたくしとルヴィアーレ様だけでは不安なのかしら」
航空艇の一室で、フィルリーネは柔らかいソファーにもたれながら、扉の前で仁王立ちしているベルロッヒに問いかけた。空の上では逃げようがない。だから侵入者がないように扉前にいるわけだが、むしろここから逃げるなよと言われているみたいだ。
「王はフィルリーネ様をご心配してるからこそ、私をフィルリーネ様の警護に任じられたのですよ。建国記念日をカサダリアで過ごされるのは初めてのこと。ご婚姻前の大事な時に何かあっては困りますからな」
「お父様ったら、ルヴィアーレ様も一緒だと言うのに、心配のしすぎだわ。カサダリアにはガルネーゼもいて何度も訪れていると言うのに、わざわざベルロッヒを冬の館から呼び戻すだなんて」
「それだけ、大切な時期と言うことです」
そんな大切な時期に、いつも行くことのないカサダリアへなぜ行くことになるのか、教えてもらいたいものだ。ついでに言えば、ベルロッヒは冬の館に戻っていない。国境の砦にい続けていることは知っている。そこで一体何をしていたか問いたいところだ。
建国記念日は王族が式典を執り行う。執り行うと言っても、建国記念と言う日なだけで、特に何をするわけでもない。代々の王と精霊に感謝を述べていつも通りの演奏が行われるだけ。あとは食事と無駄なおしゃべりだ。
それは王都で行われることで、カサダリアで行うことではない。そのため、カサダリアに行っても式典などなく、貴族たちのおしゃべり大会が開催されるだけである。建国を祝うためだが、ただの飲み食いしかない。
これは街に行っても同じで、露店などが出ていつもより賑やかな街並みになるだけ。建国記念日と言う言葉は使わず、お祭りと称した。年に一度の建国記念日と知っている者は街にどれくらいいるのだろうか。何となく今日はいいものを食べようか。と言うような、軽い祝いの日である。
街に行ってあちこち回るつもりだったのだが、お目付役がついてくるとは思わなかった。ベルロッヒはルヴィアーレに目を光らせるつもりだ。
そのルヴィアーレはいつも通り微笑んで人の話を聞いているだけ。後ろにはサラディカとレブロンがいたが、イアーナは部屋にいない。顔に出るからだろう。さすがに常時見張られてはイアーナの顔がぴくぴくもごもごしてしまう。危険は回避したようだ。
冬の館のようにのんびりはできそうにない。全く面倒なお目付役を寄越してくれるものだ。しかしそれだけルヴィアーレを警戒しているのだろう。女王の謁見は余程王に衝撃を与えたようだ。
イムレスもその件について再度調べてくれている。簡単には出ないだろうが、イムレスもまたマリオンネに知り合いがいる一人だ。マリオンネについてはこちらは動けないので、ぜひ頑張って情報を得てもらいたいものである。
「ルヴィアーレ様はカサダリアへ行くのは初めてでしたわね。カサダリアの城は素敵でしてよ。副宰相のガルネーゼは覚えていて? 彼に案内を頼みましょう」
「ご配慮ありがとうございます」
ルヴィアーレはソファーに座ったまま笑顔で返すが、何を考えている? と目で訴えられている気がした。挑戦的な目線を感じてベルロッヒに視線を変える。
「ベルロッヒもガルネーゼと会うのは久しぶりではなくて?」
「そうですな。ガルネーゼ様にお会いする機会は中々ないものです。そう申しますと、フィルリーネ様ともお会いできませんからな。冬の館におりますと、他の者たちには会えぬものですよ」
「冬の館は遠いものね」
ベルロッヒは冬の館にいる者たち以外に会うことはないと強調した。ガルネーゼに会っていないと言えば、ガルネーゼと会って話す時間を作れと言われることを想定し、それを回避したのだろう。
特定の人間と長く会う気はなく、常に自分かルヴィアーレの周囲を付き纏う気だろうか。
ベルロッヒにはぜひガルネーゼとルヴィアーレにはっついていただきたいものである。ガルネーゼは叔父に近い人間だ。反王派と疑われている。証拠が出ないため認定されていないが、イムレスと同じく要警戒人物だった。
そのガルネーゼとルヴィアーレを二人きりにするのは避けたかろう。ベルロッヒは内心面倒な提案をしてきたと思っているはずだ。
三人で城の見学をするといいよ。私はその間街に行きたい。行きたい。
カサダリアの様子は最近見に来られていない。時間をとって周囲の町も確認したかった。できるならば精霊のいなくなったイニテュレの町に行きたい。
ガルネーゼからイニテュレがどうなったかは耳にしている。精霊の呼び込みはやはり力が足りなく完全に行えていなかったのだが、付近には戻り始めているのか水の汚れは減り、草花は少しだけ咲いているようだった。
精霊に去られた土地は枯れるのは早いが、全てが戻るには時間を要する。ほんの僅かな望みが見える程度で、戻るには長い時間が掛かりそうだった。だがそれでも戻る兆候があれば死にゆく大地が広がるのを抑止できるだろう。
オゼが研究している植物の成長を活性化させる薬も試験的に行いたい。イニテュレの土地を研究地にして再生を行えればいいのだが。
ベルロッヒがこちらに付いてくるのは予定外だ。ルヴィアーレだけならちょろいが、ベルロッヒが警備となるとこの旅では自由はないかもしれない。何とか方法を考えたいものである。
建国記念日は今日明日ではなく、何と一週間後だ。王はまた日程を長めにとっている。まあ、間違いなく何かをする気だよね。
イムレスやアシュタルたちも要警戒である。ついでにヘライーヌにも気に掛けるよう言ってあるが、さて協力してくれるだろうか。ルヴィアーレも部下を数人ダリュンベリに残していた。ルヴィアーレも王が何かをすると警戒している。
航空艇は弧を描いて着陸態勢を取る。さてこのカサダリアでどれだけ動けるだろうか。ベルロッヒにはルヴィアーレに付いてもらいたいものだ。
「到着したようですな」
「カサダリアに来るのは久しぶりですわ。ルヴィアーレ様、参りましょう」
到着してベルロッヒが扉前からどき、やっと出入り口を開放した。ベルロッヒが扉前で陣取っていたお陰で、こちらとルヴィアーレを見る視線が痛いこと痛いこと。そんなじっくり見てたってルヴィアーレは尻尾出さないよ。
ルヴィアーレは軽く肘を出してエスコートをする。そんなのいらないんだけどね。面倒だね、婚約者って。隣でベルロッヒがその動作一部一部をぎょろりとした目で見てくる。
そんな目で見ても、何も出ませんから。