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ラータニア4

 一年も経たない頃、グングナルドより圧力がかかり始めた。国境近くの軍の増強だ。


 最新の戦艦や戦闘機が国境近くを飛行する。輸入品の締め付けも起きた。こちらが魔鉱石の輸出を減らして対抗しても、魔鉱石の輸入はラータニア以外にも持っている。そこまでの抵抗にならなかった。


 潜入していた者たちが捕らえられる事件も起き、事態は容易でないことを示し始めていた。どの派閥も大国グングナルドの前で現実を肌で感じ、やっと現状の危うさに気付いたのだ。

 保守派の者たちが自分をグングナルドへ渡せと方向転換する。過激派の者たちは自分を潜入させ襲撃される前に襲撃せよと叫び始める。


 国のまとまりは均衡していた山の中で崩れ始めていた。

 意見は割れた。グングナルド王の気質から本気で他国を蹂躙する可能性を知った中、グングナルドの属国に入ることを諫言してきた者までいた。国内にグングナルドに通じる者もいる。大国の力に目が眩んだのだろう。


 ラータニア王は若くして国を継いだため、未だ王を見くびる者がいる。減ってきてはいたが第二夫人とユーリファラを王族に迎えたことを罵る者もいた。理由があってもそれを公表していないため、心ない者はどうしても現れるものだ。

 それの対処をしてこなかった王は甘いと思うが、その甘さに助けられている者もいるため、王はラータニアの王として長く君臨できているのだろう。王が今の座に就いて既に二十年近く経っている。


 それでも、国は揺れ始めていた。






「何が一番良策なのか再度考えるべきです」

「ルヴィアーレを婿にやる事は良策ではないよ」


 王は頑なにそう言った。最悪グングナルドが攻めてきた場合、盾となる力が必要だからだ。婚姻後浮島を狙ってくる可能性があるのに、戦力を失うわけにはいかない。王は後々を考え戦力を残す方を選択した。

 しかし、他の貴族たちはそれが納得いかないと、何度も王に噛み付いたのだ。


「グングナルド王は精霊の少ない国を助けるためにルヴィアーレ様に王女の相手をと考えているだけではないのでしょうか。浮島を得るために攻めてくるなど、考えすぎでは?」


 グングナルドに傾倒している保守派の一人が言うと、広間でざわめきが大きくなる。

 それを本気で言っているのならばおめでたいにも程がある。ムスタファ・ブレインの中でもグングナルド王が危険であると考える者がいるのだ。ラータニア王に近しいムスタファ・ブレインよりその話を得ている。王の弟は殺された可能性があり、独裁によって反王派が粛清にあっていることも間違いはなかった。


 その王が軍事力を高めながら友好的な話をするとでも思っているのか。


「ルヴィアーレが婿になることで王族の配置換えが行われる。ラータニアの精霊はルヴィアーレに従うことがなくなる。グングナルドの精霊を従えてもグングナルド王を虐げる事はできない。グングナルド王の目的の一つはそれだろう。婚姻の破棄を行えるのはグングナルドの王女だけだ。何かあってからではルヴィアーレはラータニアの戦力にならない」


 それから浮島を狙うとしたらどうするつもりか? その問いに、保守派の男はそれこそが被害妄想だと吐かした。その言葉に頷く者たちの中に、一体何人グングナルドの犬が紛れているだろうか。

 尻尾を出させて一掃したいところだ。


「もしものことを考えて行動するべきだろう。ルヴィアーレの力は君たちが思っているより余程強力だよ。王族の中でもルヴィアーレ以上の力を持った者は未だいない」


 王はゆるりと微笑む。笑んでいても他人を黙らせる笑みだ。保守派の男は静かに口を閉じた。

 自分の力に懐疑的な者はいるが、あまり否定すると精霊が嫌がらせをする。今も男の周囲に精霊がいることに気付かないだろうか。精霊が男の口を蹴り上げたので、男はきゃっと悲鳴を上げた。


 男が口元を拭っていたが、小さな笑い声が響き渡っても何が起きたか分からず周囲を見回した。その声が聞こえる者はいないが魔導の強い者であれば気付くだろう。多くの人が集まる広間の会議中、それと同じくらいの精霊が天井を宿木にしている。


 精霊に守られた場所。王族は精霊に好かれている。王族の文句が過ぎれば精霊の機嫌を損ねることがある。王が精霊に手を出してはいけないと諫めるが、精霊は知らぬ顔で天井に戻った。


「私の文句を言っても精霊は怒りを抱かないけれど、ルヴィアーレは違うからね。ルヴィアーレの魔導の強さを軽く見るのはやめておくといい」


 それ程の力だ。王はそう言いたげに口端を上げた。魔導の少ない者たちには見えない精霊の瞬き。精霊の祀典で演奏中多くの精霊たちを目の当たりにしているため、普段見えなくとも信じざるを得ないと、皆が頷いた。

 目に見えないものを信じるのは難しい。いくら王が精霊の力で攻防が変わると話しても、貴族たちはそこまで納得できないだろう。王もそれは分かっている。それでも手放す危険は犯せないと、他の手を探った。


 国が割れている間、王は当初から進めていたグングナルド城内部への侵入を試みていた。反王派が粛清されていく中燻っている者たちは多いだろう。それをどうにかして仲間に引き入れることを目論んでいた。

 婿の打診を断りその後何が起きるか予測し対処するための仲間が必要だ。最悪、暗殺を行うための布石を手に入れたい。城内部に侵入しグングナルドの情報は得られていた。しかし、王暗殺に関しては、反王派たちでも難儀していることを知らされた。


 グングナルドの反王派たちも暗殺を試みている。だが、それが上手くいかず逆に追われる羽目になる。暗殺を計画すればいつの間にか破綻している。なぜか情報が漏れ、魔獣に襲われたり強盗に襲われたりする事件が起きるためだと言う。


 グングナルド王は計り知れない。グングナルドの反王派たちもあぐねいていた。





「暗殺は、難しいと思われます」

 自分の言葉に、王は口を閉じるしかなかった。グングナルド王が精霊の声を聞いているのか分からないが、蔑ろにしているのならば精霊は協力を避けるだろう。それなのに反王派の粛清が容易く行われている。

 漏れがどこにあるのか、その糸が掴めていない者たちに、暗殺は難しい。


「女王の力が弱っている今、国同士の諍いが起きても精霊の影響は低いのではないかと言う意見が出た」

 秘密裏に繋がっているムスタファ・ブレインよりそんな話が得られたと、王は歩きながら話し始めた。城の庭園、精霊たちが集まる大木の側で、精霊たちは他の者たちが近寄らないように見張っている。


 その大木の木の枝に身体の透けた男の子供が座り込んでいた。草原のような色をした髪の子供だ。真っ直ぐの髪を肩上で揺らして、若草色の瞳をこちらに向けている。まとった白のマントで身体を包み、小さくなっていた。

 ムスタファ・ブレインにつく、人型の精霊ヴィリオだ。


『女王が命を落とせば精霊は嘆きに暮れる。その後しばらく精霊は動きが鈍くなるだろう。大地にいる精霊たちはマリオンネに集まり、国から離れる。ラータニアも例外ではない』


 愛らしい子供の顔をしているが、人型の精霊は見た目より年齢が高い。顔に似合わない低い声でヴィリオは言うと、姿を消した。


「女王の容体はあまり芳しくないようだけれど、すぐに亡くなるほど悪いわけではないそうだ。けれど、精霊たちが恐れていることから、長くても一年半ほどだろうと言う話らしい」


 女王の体調不良が増えているため、各国の王がマリオンネに集められてから一年経った。年齢もあり不調は増えるだろうが、そこまで悪いとは耳にしていない。引退は近いと念の為ムスタファ・ブレインから知らせがあっただけだった。

 しかし、精霊たちはそれよりもずっと正確に女王の死期を感じ、恐れているのだ。


「あと一年半であれば、グングナルドの王女も十六を越えますね」


 丁度と言うべきではないが、時期が重なる。グングナルドの王女が十六になれば婚約が可能だ。それから早くて半年、精霊の許可を得られれば婚姻となる。婚姻後、女王に不幸が訪れる可能性が高い。


「ですが、女王がそこまで不調であれば婚姻の儀式を行えないのでは?」

「僕もそう思っているけれどね」


 ラータニア王は顔色を曇らせて大木に近付くと足を止めた。見上げた先の枝に再び人型の精霊ヴィリオが現れる。

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