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ラータニア3

「グングナルドとは軍事力に差があり過ぎます。理由なく抵抗するのは難しいでしょう」

「そうだとしても、お前を婿になんてやれないよ。お前は精霊に好かれている。この国を担う次代はお前だからね」


 ラータニア王はさも当然と口にした。自分と王は歳が離れている。まるで親子のように離れた年齢差で、王にはまだ子がいない。側室の連れたユーリファラは魔導は強いが王の血を継いでおらず、女王にはできない。


「ユーリファラを相手にしろとは言わないけれど、次代の王にはお前をと考えている。グングナルドに婿になど行かせられない」

 いつもならばのんびりとした口調でのらりくらりと交わすのに、王は起き上がりはっきりとした口調でそれを口にした。


 他国を行き来する習慣が少ないため、他国へ嫁ぐ例はあまりない。逆に他国から婚姻を求められる例などほとんどない。それが王族同士であれば尚更だ。国を守る力のある王族を手放すのは無意味だった。得がなく損しかない。しかもこの国に他の後継者はいない。誰が考えても、自分を手放すことはできない話だ。


 それは分かっている。しかし、それがグングナルド相手に通じるのかが問題だった。


「返事はいつまで?」

「特には言われていない。断らないと思っているのだろうね」

 口端を上げていいながら、いや、と続ける。


「断れないと、高を括っているのだろう」





 ラータニア王は婚姻を受け入れぬつもりだ。マリオンネで上がった口頭だけの話題のため、この話を耳にしている者は少ない。しかし、知った者だけは楽観視できぬ話題だと理解していた。


 精霊と会話のできる王族は国を守るのが通例。それはマリオンネの初代女王が作った国の習わしだ。その土地独自の実のように、与えられた役割を持つ。女王に与えられたものを守るのが国の役目。その王族の使命。


 精霊を大切にし土地を潤わせる。敬い崇め、その力の恩恵を頂戴する。精霊がいなくなれば国が滅ぶのだ。精霊を蔑ろにした国は土地を去られ滅びの道を歩むことになる。崩れるように海に沈んだ古い国の物語を、子供の頃から聞かされた。


 それを好んで進める王が現れたと、誰が信じるだろうか。



「調べれば調べるほど、グングナルド王の不気味さが増すような気がします」

 グングナルドへの調査を行っていたサラディカが、潜入先からの手紙を読んで身震いするように肩を竦めた。


 グングナルドに嫌気をさした貴族たちが、ラータニアとの繋ぎを欲しがっていたこともあり、潜入捜査は難なく行われていた。


 隣国と言うこともありお互い輸出入は多い。武器などの軍事向けの物は扱われていないが、魔鉱石の輸出はある。

 魔鉱石のグングナルドへの輸出は止めたいところだが、それを理由に圧力をかけられては困る。グングナルドからは金属類や工具などの輸入が多く、実用的な細かい道具はグングナルド製が需要を占めていた。その輸入を止められてもラータニアには重くのしかかる。


 ラータニアは精霊が多いため生活に困ることがなく、平和ぼけしているところがあるのだ。戦争などと言う言葉は遠い国の言葉のようで、身近なものではなかった。そもそも他国に押し入る歴史は世界を見ても稀だ。内戦などはあるが他国を蹂躙する危険は避けるべきと言う考えが浸透している。


 そんな中で輸入品を止められる想定ができていなかった。ラータニア王は婚約の話が出始めた頃に問題視していたが、急激に技術を向上させるのも現実的ではなく、未だ輸入品に頼っているのが実情だ。


 とは言え、情報を得るには商人を使うのが一番早い。国を行き来する者たちとしてグングナルドの情報を前より更に深く進めさせていたが、調査するほどグングナルド王の独裁が浮き彫りになった。


「王の弟が死んでから、表立ってではない粛清が行われていたようです。今では反論する者はおらず、反対派は影を潜めているとか」

「貴族が逃げてきた件もあったからな。そんな話は聞いていたが、王の弟が死んでからであれば、我々が耳にしたのはほんのひと握りでしかなかったわけか」

「地方などでは情報が広がらず、知らぬ間に殺されているなどあったようです」


 手紙には過去に行われた粛清について記されていた。こちらに情報は入っていなかったが、多くの者たちが不慮の事故や突然の襲撃で命を落としていたようだ。

 一度はそれも落ち着いていたようだが、婿の打診の件もあったせいか、ラータニアに傾倒している貴族が再び狙われ始めていると言う。


「手を打つのは相手も同じか。我々の気付きが遅かったため、相手は何歩も先に進んでいるな」

 ため息を吐きそうになる。ラータニア王は親しいムスタファ・ブレインとこの件について何度か話し合っているようだが、グングナルドもまた同じことをしていると王は言った。


 現女王エルヴィアナの力が全盛期と同じであれば、こんな事は起きなかった。マリオンネが不安定な今、狙い時とも言えるのだ。


「王は何と?」

「精霊の力を借りて侵略を阻止するとしているが、それでも犠牲は免れぬだろう」


 婚姻を拒否すればグングナルドは脅しを終えて行動に移す。そうなった時に国を守れるのか。小国で武器も防具も戦闘機も少ないこの国が、大国グングナルドの軍勢に抗えるのか。


 マリオンネで打診された後、グングナルドから返事の催促は来ていなかった。女王の不調のため一時の不安による打診だったのだろうと口にする者もいたが、王は全く楽観視していなかった。

 グングナルドの王女はまだ婚姻できる歳ではない。グングナルド王は娘が十六になる前まで待つ必要がある。ただそれだけだと推測していた。


 打診を気にせず自分が他の誰かと婚姻すべきだと言う意見も多く出た。魔導の強い相手が良いと、王の側室の連れ子であるユーリファラと国内で婚約だけでも結ぶべきではと言う話もあったほどだ。


 ユーリファラとは血が繋がっておらず、ユーリファラの生い立ちも複雑なため婚姻に賛成する者は多かった。元々魔導が強く王族になるべく資質も高い。だが王族となっても王の血を継いでいないため嫁ぐのが前提で、それを惜しむ者が多くいたのだ。


 自分と婚姻すれは高い魔導が王族に残る。子が成せれば王族も安泰だと言う声も高かった。

 それを耳にした時は、ラータニアの重臣たちの能天気さに呆れたわけだが。






「ユーリファラと婚姻なんて話が出てるみたいだね」

「私は預かり知らぬ話です」


 話を耳にした王が早速食いついてきた。噂話をすぐに手に入れてくるのは間諜並である。自分の耳に入るより早く耳にしていたのだろう。どこの誰が噂をしていたのかどの派閥の者たちの話に上がっているのか、王は既に把握していた。


「保守派の者たちはそれで済むと思っているみたいだね。そんな単純な話であれば、打診された時点で返答の日時を決めているだろう」


 しかし、グングナルドの王はそれをしなかった。断れるはずがないと思っているからだ。王は断る気だが、もし断った時こちらの対処を考える必要がある。

 保守派の者たちは惚けた頭で、ただ断ればいいと思っているだけだ。それで国が転覆するなど考えてもいない。だから近くにいるユーリファラで手を打てばいいなどと世迷言を口にするのだ。


「どちらにしても、ユーリファラと私では年が離れ過ぎです」

 いくらなんでも年齢差があり過ぎるだろうに。適当なことを言ってくれると思う。

「未だ婚姻していないお前にいい人を見繕っても、お前がすぐに断ってしまうからねえ」


 それならば一番側にいるユーリファラは妥当だと言う。他人事の意見だ。

 婚姻しないのには理由があった。それは王も分かっている。だが、自分に国を継がせることを明言した今では、王は婚姻を推奨してきていた。


「だからと言って、私とユーリファラでは、ユーリファラが不憫でしょう」

「その年の差は王族であれば大した問題ではないのだろう?」


 笑って言う辺り、他人事としてからかいたいだけのようだ。これを相手にするといつまでもこの話題でからかい続ける。王はくすくす笑いながらソファーでくつろいだ。 

 部屋には王と自分だけだ。個人的な話をする際に警備は部屋の外に出る。二人で話す話は外に漏らすわけにはいかない話が多い。


「保守派の者たちは暢気だからねえ。ユーリファラにもその話は入っているよ。聞いているでしょ?」

「聞いています。魔導が高いだけで選んだようですが、ユーリファラの耳に入れば彼女は納得するでしょう」


 余計なことをしてくれる。悪態をつきたいが相手にするのが無駄な集まりだ。ユーリファラに一部の者たちの考えだと伝えるしかない。


 ユーリファラの魔導の高さは誰もが承知している。ユーリファラ自身それを分かっていた。王族でなくとも王族に匹敵するほどの魔導があると周囲に知られ、その魔導を手にしようとした過激派の貴族たちがユーリファラを狙った程だ。

 まだ赤ん坊だった頃のユーリファラが覚えている事はないが、周囲は良く覚えている。王が王族として招き入れるのは当然の出来事だった。


 そのユーリファラの耳に今回の話が届いたのなら、彼女は魔導が高いため選ばれたのだと理解する。頭の良い子だ。必要性があれば文句も口にしないだろう。


「ユーリファラには私から説明します。保守派の者たちの話に耳を貸さぬよう、言い聞かせておきます」

「それも酷だね」

 王は笑うのをやめてくつろいでいた身体をこちらに向けた。薄い水色の瞳がこちらを捉えるが、そう言われても自分はユーリファラを娶る気はない。


「妹のような存在です」

「血縁はないよ」

「王はそれをお望みですか?」


 確かに自分とユーリファラが婚姻すれば、国として大きな力になるだろう。いつか王族を抜けてどこかの誰かに嫁ぐことになれば、ユーリファラの魔導が国に使えなくなる。それは国にとって看過し難いことだ。国を思えば娶る方が良い。


 同じ王族でも近い血を持っているわけではない。今回のことがなくとも、ユーリファラとの婚姻話はちらほら聞こえていた。周囲の貴族だけでなく国民までもが、ユーリファラの成長を待っていると考えている。

 王が命令するならば従うだろう。自分は王族で、王の弟と言う立場があり、ユーリファラもまた王に守られた王族である。


「僕としては、婚姻でも良いと思うけれど、それは本人たちの意思に任せるよ。僕から勧めるつもりはない。愛する相手は自分で決めるべきだよ。それについては僕は我が儘だ」

 王は自嘲気味に言ってソファーから立ち上がった。


「そこは我が儘で良いと言いたいね。だからお前は、グングナルドの王女の婿になる必要はない」


 王は何度もそう言った。婿になる必要はない。人身御供にする気はない。

 だが、ラータニアは自分を守れるほど、一枚岩ではなかったのだ。

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