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ラータニア

 王からの命令でフィルリーネの部屋、引き籠もり部屋に留まることができなくなった。それを告げるフィルリーネは残念そうに見せていたが、わざとらしすぎる演技が鼻についた。周りから見れば消沈しているように見えるだろうが、やけに嬉しそうに感じたのは間違いではない。


「何なんですか、何なんですか、あれは。何を話してたんですか!!」


 王の手下から離れ部屋に戻ると、すぐにイアーナが噛み付いてきた。レブロンがすかさず肘打ちする。

「だって、レブロンさん。何なんですか。何があって、ルヴィアーレ様に、だき、抱きついたんですか!!??」


 想定通りの反応をされてルヴィアーレはやっとため息を吐いた。これを計算していたフィルリーネは今頃ほくそ笑んでいるだろう。噛み付いてくるイアーナを注意しろとわざと行ったのだろうが、半分ほどはただのからかいに違いない。


「黙れ、イアーナ。フィルリーネ王女は大切な情報源だ。王女の行動にいちいち反応するな。ルヴィアーレ様の立場を悪くしたいのか」

 言いたいことをサラディカが代弁する。サラディカに叱られたイアーナはそれでも反論するように眉を逆立てたままだ。


「フィルリーネ王女に不満があっても表情に出すな。王の手下はそれを見ているんだぞ。ルヴィアーレ様が反応せずとも、お前が反応していればそれが答えになるのが分からないのか?」

「ですけどぉ」


 サラディカの叱りにイアーナはそれでも文句を言いたいと顔を歪めた。子供のようにくしゃりと鼻筋や口元に皺を寄せる。全く納得していない顔だ。


「フィルリーネ王女は今は友好的だ。情報も得られるようになっている。気を付けるべきは我々の行動を阻む王であることを理解しろ!」

「ルヴィアーレ様ぁ」


 サラディカの叱責に、情けない声を出しながらこちらを見るが助ける船はない。言う通りにしろと一度頷いたが、しかし許せないとイアーナはぶつぶつと呟いた。抱きつくとか、抱きつくとか。とうるさい。


 フィルリーネはイアーナがどう愚痴るのか予想しているだろうが、これの相手をするのも面倒だと分かっているだろうに。しかし、注意するにはもってこいだった。サラディカはその意図に気付いているか、いつもよりもきつく叱っている。イアーナは子供のようにしょぼくれて、先程まで錨のように上げていた肩を撫で肩にした。


「王は思ったより早く反応してきたな」

 一通り叱り終わったのを見終えて、ルヴィアーレは問題になった話を持ち出した。


 魔導院で王に会った時点で何かしてくる可能性は考えていたが、先にフィルリーネとの情報交換を止められるとは思わなかった。フィルリーネが自分を連れてヘライーヌに会ったことは耳にしていたのだろう。


 一度であれば特に気にすることもなかったかもしれないが、ヘライーヌが自分を連れて魔導院を回ることは想定しなかったはずだ。ヘライーヌは王の動きに関わりがある。自分がヘライーヌに会うことは避けたいだろう。


「やはり、女王との謁見が尾を引いているのでしょう」

「だろうな」


 女王の謁見は予定外だった。会うこともない女王が直々に呼び出しを行なった。王は当然警戒する。その後ヘライーヌと魔導院をうろつくのだから、フィルリーネが関わることで自分の行動範囲が広まることを問題視したのだ。


 王はフィルリーネが自分の言うことを素直に聞いて行動に移していると思っている。それならば突然行動されないように、王の手下が見られない引き籠もり部屋で会うのを禁止する。そうであれば自分がフィルリーネを誘導する方法を、王の手下が見聞きできるからだ。


 だが、動いているのは自分ではない。相手にもしていない自分の娘だと、あの王はいつ気付くのか。蚊帳の外にしている娘が、実はこの国を覆すほどの計画を練っていると気付くのはいつなのか。


 それは、あの王が王でなくなった時かもしれない。


「愚かだな」

「え?」

「いや、何でもない。それより、カサダリアへ行く予定だが、本来ならば訪問はない予定だ。王が急遽予定を変更したのだろう」

「その間に王が動くと?」

「探られたくない何かをするのは間違いない」


 ルヴィアーレの言葉に皆が押し黙る。フィルリーネは建国記念日にカサダリアへ行くことになると昼食中何度も口にし、フィルリーネはそこでもとぼけたように、いつもは行かないのだと愚痴るように言っていた。カサダリアに行っても何もないのだと付け足して。


 その話中、聞き飽きたような顔をイアーナはしていたが、その言葉の意味に気付いてもらいたいものだ。サラディカはフィルリーネからの情報だとすぐに察していた。レブロンもそこで王が何か行動するのだと想定しただろうが、それがわざとフィルリーネから発せられたかは気付いていない。


 自分もフィルリーネの本性に気付かなければ、迂闊な情報を簡単に口にしてくれると内心ほくそ笑んだだろう。愚かなのは自分だったと、今更気付かされる。


「まだ日はあるが、カサダリアに訪問する間は情報を得るよう、同胞に伝えよ」

 自分の号令に皆が頷く。暗躍する者たちは数人ダリュンベリに置いていく。フィルリーネの言う通り、こちらに襲撃してくるのは婚姻の後だ。ただし自分の命は保っても、部下たちの安全は保障できないのが実情だった。


「ルヴィアーレ様、街に潜んでいた同胞が襲われたようです」

 情報交換をしているウルドは跪いてそう言った。持っていた手紙をサラディカに渡す。イアーナが再び噛み付かんと唸るような顔をしてみせた。しかし、それには同感だ。


「これで、何人目の犠牲者か…」

 絞り出すようなウルドの声に、皆が消沈する。ここにきて犠牲者が増えてきているのだ。どこから知られているのか、少しずつ仲間が失われていく。ラータニアに傾倒していたグングナルドの貴族も王の粛清に敗れた。人は減りつつあり、情報を得るのに難儀するようになった。フィルリーネも知った通り、こちらの状況はかなり不利になってきている。


「逃げ込んだ者によると、強盗に見せかけた兵士に襲われたとか。寝返った貴族がいるのかもしれないと」

「グングナルドの貴族が裏切ったんですか!?」


 イアーナが再び吠え始めた。レブロンも肘打ちをせずにこちらを見遣る。寝返った貴族は、捕らえられて拷問されたのかもしれない。裏切られたとは思いたくないが、情報が漏れたのは確かだ。


「素性を知られた同胞は姿を隠しグングナルドを出る予定です。南方へ赴きグロウベルへ出国すると」

 ラータニアとは逆側に位置する、グングナルドの隣国グロウベル。多くの島からなる国で、比較的警備が薄い島が多い。グングナルドの南は王の求心力が薄いため、警備は重くない。とは言え素性を知られて出国するのは難儀だろう。無事に国境を越えられるのか不安は残る。


「婚姻まで、保つんでしょうか」

 イアーナは歯軋りするように口元を歪めて呟いた。仲間が減り続けているのは皆が知っている。イアーナはまだ若い。この不利な状況に歯噛みするのは当然だった。


 手の内からどんどんと溢れていく。砂のように。犠牲が出過ぎる。耐えられるか。婚姻まで。

 しかし、当初から犠牲が増えることは想定していた。それを如何に少なくして終えるかが問題だった。


「グングナルド王が動くまで、我々は動けない。こちらにはその状況が必要だ」

 グングナルドが、ラータニアへ襲撃する。その状況証拠が。


 フィルリーネは婚姻までに終わらせるつもりだ。こちらは婚姻してから動く予定だと言うのに。


 何もなく自分をラータニアに帰らせるなどできるはずもない。

 あの男の望みは、ラータニアと自分にあるのだから。

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