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遺跡3

 部屋はかなり広く、壁全面に石板があればかなりの数だ。それを解読するのには時間が掛かる。


「石板にはどのようなことが書かれていたのでしょうか」

「古い魔法陣とかみたいだよ。王様喜んでたって言ってた」


 マリオンネができる前の魔法陣となると、あまり良い響きではない。ヘライーヌは棚に方へ近付くと、残っていた石板に手を掛けた。


「この国って遺跡が多いみたい。冬の館にも精霊の書が埋もれてたし」

 触れている石板はヘライーヌの力ではびくともしない。大きさで言えば抱えるほどなので、女性一人で運ぶのは難しいだろう。


 残っている石板を見ると文字が刻まれており、古い精霊語なのに気付く。精霊の書と同じ、古代精霊語だ。

 冬の館といい、この場所といい、グングナルドは他国に知られていない貴重なものがある。石板の古代精霊語は軽く見た程度でも見たことのない魔法陣が記されていた。詳しく確認したい内容だ。


「この国は探せばもっと何か出てきそうだよね」

「他にも気になる場所が?」

「それは姫さんに聞いてよ」


 ヘライーヌは口を大きく開いて笑う。にんまりと笑った口は魔獣のようだった。

 ヘライーヌがなぜ自分をここに連れてきたのか、それを問うべきか。ヘライーヌは片足で飛びながら離れる。何を遊んでいるのか、両足で飛んだり片足で飛んだりして、くるりと身体をこちらに向けた。


「ラータニアにはこう言うのないの?」

「ありませんね」

 多くは語るまい。にこりと笑って言うと、ヘライーヌは目を眇めて口元を上げた。


「浮島ってどうなの?」

 直接な問いにサラディカが警戒するのが分かった。ヘライーヌが本当に王の手ではないかなど、こちらには分からない。


「ただの島ですよ。花畑のある、美しい島です」

「ふうん。おじいちゃんは面白いものがあるって言ってたけど」

 あの島に何があるかなど、他国の者たちには関わりはない。


「姫さんは面白いけど、王子さんは面白くないね」

 どこか挑戦的な言い方にサラディカが眉を顰めた。フィルリーネがヘライーヌを仲間とするには、大きな葛藤があっただろう。この娘はどちらに転ぶか分からない。

 しかし、ラータニアについて語ることはなかった。語ることができないと言った方が正確か。


「浮島など他の国にもあります。珍しいものではありません。ラータニアが誇れることは、他国より精霊が多いことでしょう」

 それは事実だ。それ以外は精霊によってもたらされる恩恵が多いことである。

 しかしヘライーヌは納得いかないか、紫色のクマを刻んだ目を眇めてきた。


「まーいーけどー。王子さんが何考えてるかなんて、わたしには関係ないしー。姫さんは楽しいからね」

「彼女は特別ですよ」


 あれほど個性的な女性はいない。人を騙してくれるのは一人で充分だ。ヘライーヌでなくとも何を行うのか注視しなければならない存在。


 王を倒したのち、表向きの彼女を信じている者たちは何を思うだろうか。

 あの方法は自由を得られるが敵も作る。実際の彼女は別人なのだと万人に理解させるには時間が掛かるだろう。本人も分かっているだろうが、それを彼女に言う必要はない。


「姫さんもこの石板見てるのか知らないけど、外からここに入る方法聞いてみればいいよ。教えてくれるかは知らないけどー」


 ヘライーヌは含んだ笑いを見せながら踵を返した。ここに案内したのは思い付きなのか、石板を眺める時間はくれそうにない。しかしあまり長居をして王の手下に疑問を持たれても困る。ここは大人しく戻るしかなさそうだ。


 ルヴィアーレは元の道へ進むヘライーヌの後についた。サラディカは警戒したままで、ルヴィアーレを一度視界に入れる。このまま戻っていいのかと言う確認だ。

 ルヴィアーレの頷きにサラディカはヘライーヌを追った。


 この場所の石板は一人で読み続けられる量ではない。時間があれば読み漁りたいがそれも難しい。イムレスが原本を書き写していないのか、あるだろうがそれを目にすることはできるか疑問だ。


 ヘライーヌはやはり案内だけだと移動式魔法陣に乗り込み、来た道へ戻った。グングナルドにはこんな遺跡が多くあると知らせたかったのか、意図は不明だ。


 狭間の魔法陣にさっさと入り込んだヘライーヌを前にして、サラディカが足を止める。

「よろしいのですか? このまま戻ってもまたここに来られるとは限りません」

「今は戻るしかないだろう。王の手下が部屋の前で待っている。あまり長く待たせれば中に入り込んでくるかもしれない」


 王に自分がここへ訪れたことを知られるのは避けたい。フィルリーネが自分をここに案内するとは思えないが、ここにいて王の警戒を深めたくはない。悪くすれば移動の自由を奪われそうだ。


 女王の謝罪にマリオンネへ呼ばれたことは、王にとって予想外のことだっただろう。女王の謝罪という異例の謁見に、拒否することもできずに自分たちを送ったが、内心どう思っていたことか。


 城に戻って即座にフィルリーネを呼んだことは耳にしている。フィルリーネに問うても何があったか言わぬだろうが、謁見は別々だったことは口にしているかもしれない。とぼけたことを言う様が想像できた。


 結局真実が分かっても、王は何かと想像するだろう。

 その王の妄想に付き合ってはいられない。ここで王の警戒を更に強めるのは愚策だ。


 ルヴィアーレは狭間の魔法陣に入り込み、ヘライーヌを追った。もう向こうについているか空間の中にヘライーヌの姿はなく、辿り着いた先の荒れた部屋で扉の前に佇んでいた。


「開けるよ」

 まるで今までのことに飽きたかのように、虚ろに言ってヘライーヌは扉を開けた。サラディカが急いで窓から部屋に入り込む。開いた扉の前には王の兵士が待っていた。


「邪魔だよー。どいてどいて」

 扉の前で今にも入り込まんと待っていた王の兵士たちを邪険にして、ヘライーヌは兵士二人の間をぬって外に出る。間一髪だったかもしれない。あまりに部屋にいたので兵士たちは部屋の中に入ろうとしていたのだろう。


「ルヴィアーレ様、随分お話しされていたようですけど」

 イアーナが顔を歪めて部屋の中を見回す。何をしていたのか興味もあったが、話し相手が部屋の中にいないことを怪訝に思ったのだろう。しかしそんなことは口にしなくていい。


 サラディカが睨み付けると同時にレブロンの肘打ちが飛ぶ。扉の前で入り込まんとしている兵士たちに並んで前のめりになっていたイアーナを、レブロンは肘打ちでどかした。


「ヘライーヌ様、今日はありがとうございます。有意義な時間をいただきました」

 イアーナの問いにそれで返すと、ヘライーヌはやはりもう興味はないとふるりと頭を振った。案内するまでは面白がっていたが、反応に不満だったらしい。面白みがなければすぐに興味を失うようだ。


 しかしとろんとした瞼を急に開いたかと思うと、再び部屋の中へ入り込み扉を勢いよく閉めた。

「何だ?」

 イアーナが眉を寄せたがヘライーヌの行動は分かりやすい。ルヴィアーレは素知らぬふりをして歩き出した。遠目の曲がり角から王が兵に囲まれてこちらに進んできたのだ。


 距離はあったがヘライーヌは目ざといらしい。王ですら自分たちに今気付き、座った目でこちらを捉えた。


「こちらに何用だ」

「ホービレアス様にご挨拶をしておりました。まだお話をさせていただいたことがありませんでしたので」


 王は威嚇するように眉を寄せて睨め付けてきたが、こちらは正直に話すだけだ。この後ホービレアスに問う可能性は高いが、ここでごまかしは難しい。親子三代で重要な遺跡への近道を使っていることを、王に伝えないと祈るしかない。


「お忙しいようで退散した所です」

「こちらは危険もある場所ゆえ、うろつかぬ方がよかろう」

「承知いたしました」


 頭を下げると王は二人の兵士に目配せをして部屋を通り過ぎて行った。その時間を読んだかのようにヘライーヌが扉を開く。


「王様怖いよ。すぐ逃げなきゃ」

 ヘライーヌの逃げの速さには感嘆する。いつもそうやって何かをしては逃走しているのだろう。

「私はここで失礼させていただきます」

「そうだね。わたしも帰ろ。イムレス様に怒られるかな〜」


 まだ仕事中なのにうろついていることを怒られるかと、ヘライーヌは頭を撫でながらとろとろと歩く。

 研究員とは名ばかりのさぼってばかりに見えるが、フィルリーネも注視するほどの力がある者だ。人は見かけによらない。


「あ、そーだ。姫さんにさー、終わったって言っといて。言えば分かるー。じゃあね、王子さん」

 ヘライーヌは長い袖をひらひらさせて、その場を去って行った。


 エレディナが爆弾娘と呼ぶ理由がよく分かる。変に疑問に持たれるような話はしないでほしいものだ。こちらには王の手が側近にいるのだから。


 ため息を吐きそうになるのを我慢して、ルヴィアーレは自分の部屋に戻ることにした。このことはフィルリーネの耳にも入るだろう。

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