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遺跡

『マリオンネで話そう』


 精霊の書について戻ってきた王からの手紙にはそう書かれていた。

 女王が死亡し、マリオンネで葬儀があると見込んでいるのだ。


 女王エルヴィアナ。マリオンネを統治してきた女王の中でも長きに渡り女王の椅子に座り続けた。本来ならば娘のルディアリネに女王の座を渡す予定が、ルディアリネは死亡。その娘のアンリカーダはまだ幼かったため、エルヴィアナの統治が続いた。


 その女王の死が近付いている。

 ラータニアでさえ、精霊の姿が消え始めた。女王との別れが近いため、精霊たちが別れを言いにラータニアを離れているそうだ。


 グングナルドと違ってラータニアには精霊が多い。そのため食料などに危機が起きることはない。そのような不安を抱いているのはグングナルドだけだろう。他国でも少々作物が育ちにくいと思う程度ではないだろうか。

 とは言え、女王の死は精霊の嘆きに直結する。女王が死亡すれば季節や気候などに例年とは違う現象が起きるかもしれない。


 寝台で横たわる女王の顔色は悪く、血の気のない顔は死人のようだった。話す言葉に違和感はなくとも、その声は掠れて聞き取りにくく、言葉を発するのに難儀している状態だ。


 初めて会った女王。寝所で寝そべる姿に威厳はなく、死を待つだけの哀れな老女だった。





「各家庭の食事に変化があるのでしょうか?」

「ま、街の人たちは分かりませんが、街を出た先の、の、のの、農民の話だと、食物の育ちが、ひど、ひどいらしいです」


 オゼは焦ったように額に流れた汗をハンカチで拭いながら言うと、ガラス張りの温室で育てられた野菜の土に何かの石を並べた。栄養剤だそうだ。

 白い石は土に置くと色を茶色に変えて地面へ染み込んでいく。土かと思ったが野菜の下は全て栄養剤のようだ。定期的に与えて、精霊の恩恵なしに野菜を育てる実験を行っている。


 精霊は存在だけで自然を育てる力がある。しかし、元々城には精霊が少ない。城のあちこちに生えている木や植物は育っているが、本来成長する速さより育ちは遅いそうだ。

 城の中では特に日光も当てずに育てているので、更に遅いのではないだろうか。


 オゼは実験用にいくつかの条件を与えて分けて育てている。魔導を遮断する温室の中、育てている植物は明らかに色が悪く、育ちも十分ではない。それは当然だろうが、証明した者はいない。それをどうやって問題なく育てるのか、オゼは試行錯誤している。


 ラータニアの人間からすると、そんな実験を行う理由が思い付かない。その発想はグングナルドならではだろう。精霊の恩恵が無くなる想定など、ラータニアの人間ではまず有り得なかった。


「栄養剤を変えて与えているのですか?」

「え、栄養剤の他に、癒しの魔導を与えたりしています。た、ただ、農民が使えなければ意味がないので、誰でも作れる、物で結果を出す、つもり、です」


 癒しの魔導は魔導士でも高度な力がいる。民間で行うのは難しい。しかし、最悪魔導を使用する方法も考えているようだ。

 地方によっては食糧難に喘ぐ。餓死者が出る想定までしているのだから、オゼの研究は急を要しているだろう。


 オゼが個人的に行っている実験だが、フィルリーネがオゼの研究を早くから進めさせていたようだ。イムレスが背を押しているが、指示をしたのはフィルリーネである。


 フィルリーネはどこからか持ってきた書類を部屋で眺めて添削していた。そこにはオゼの最近の結果が記されており、その確認をフィルリーネが行っていたのだ。それは前々から行なっていたのだろう。

 進んでいる実験にフィルリーネは不気味に笑って、外で実験しなきゃね。とぶつぶつ呟いていた。


「これは、外で実験を行わないのですか?」

「そ、うですね。そろそろ、外で実験、したいです。上手くいけば、精霊がいる時、もっと、せ、成長が良くなる、です」


 精霊がいない場合を想定しているので、精霊の恩恵を受けた場所であれば、普段より成長が良くなる想定をしているようだ。女王が倒れる日は近いので早めに行なった方がいいだろう。オゼはその予定を今確認しているところだと口にした。


「せ、成功すれば、土も水もなくても、植物が、育ちます」

「それは素晴らしいですね」

 大量生産に時間は掛かるだろうが。それは言わず実験を一通り見終えると、ヘライーヌがノックなしにオゼの研究所に入ってきた。


「あれ、王子さん、一人―?」

 いつも通り目にクマを作っていたが、やけに元気が良さそうだ。意味もなく、いひひと笑ってとろとろと近寄ってくる。


「姫さん一緒じゃないならさー。ちょっと来なよー」

 馴れ馴れしい言葉に背後に控えていたイアーナが眉を逆立てたが、サラディカがちらりと睨みつける。隣でレブロンがいつも通り肘打ちした。ヘライーヌはそんな様子も気にせず、返事をする前に扉に戻って行く。オゼに何か用があったのではなかったのか。


「こっちこっちー」

 ヘライーヌはふらふら歩きながら廊下へ出ると、左右を見渡して移動式の通路に乗り込んだ。そこでもとろとろ歩き始める。歩くのが遅いのでこちらがゆっくり歩いても同じ速さになった。


 魔導院はかなり広く、前にイムレスに案内された場所はほんの少しだと気付かされる。オゼの実験部屋まで入られるようイムレスが手配してくれたが、その実験室から先は侵入を許可されていない。

 しかしヘライーヌは気にせず自分たちが付いてくるのを確認しながら廊下を進む。こちらには王の手下が付いてきているのだが、分かっているのだろうか。


 ヘライーヌは兵士二人の待つ扉に進むとこちらに手招きした。兵士はこちらに気付き二人で顔を見合わせる。

「平気だよ。今日会う約束だったんだ」

 何のことか、ヘライーヌが兵士に言うと兵士は疑り深い目をしながら扉を開いた。


「けど、その人数は入れないと思いますよ」

「だって。王子さん、付いてくる人一人にして。この部屋汚いんだー」


 兵士の言葉にヘライーヌが注意してくる。返事を待たずにヘライーヌは中に入っていった。扉から見た部屋の中は物が乱雑に置いてあり、地面は本や紙などが散らばっている。


「サラディカ。他の者たちはそこで待っていろ」

 サラディカを呼んで他の者たちを部屋の外に置いていく。王の手下は眉を寄せていたが、中に入ろうと思わないようだ。この部屋が何の部屋か分かっているようで、若干嫌悪したような顔をした。


 それも入ってすぐに理解する。部屋の中は何だか生臭いような不思議な匂いがし、棚や机があるのにそこは物が溢れかえっていた。部屋の中には扉があり、別の部屋があるようだがノブが薄汚い。そしてそちらから妙な物音がする。小動物でもいるのか、がさがさ走り回る音だ。


「こちらは何の部屋でしょうか」

「お父さんの部屋。実験とかしてるから変な匂いするんだよね。糞とかも落ちてるから、気を付けてね」


 その言葉にこの匂いが何だか想像がついた。後ろにいたサラディカが前を陣取ってくる。積まれた本の上にコロコロした黒茶色の物体を見つけ、比較的安全な道を探した。


「ルヴィアーレ様、お気を付けください」

 安全な足場を先に歩んで、サラディカが歩みを促した。糞がどうこう言う前に地面に物が溢れすぎて足の踏み場がない。サラディカが踏めるような足場を作り、ヘライーヌの後についた。ヘライーヌは本を踏もうが気にせず歩んでいる。


「いて。これ、何? お父さん、何やってんの?」

 ヘライーヌが無遠慮に開いた扉から黄色の物体がもぞもぞと動いてきた。ヘライーヌは蹴りつけそうになってバランスを崩すと、地面に転がった。


「ヘライーヌ、実験用の魔獣だ。逃さないでおくれよ」

 奥の部屋から慌ただしい大声が発せられた。ヘライーヌの父親ホービレアスだろう。魔導院研究所所長のはずだが、部屋の中はとてもではないが所長室には見えない。ゴミ部屋だ。


「ああ、ほら。逃がさないでくれ」

「こんなの何に使うの」


 ヘライーヌはゆっくり立ち上がると、足元でまるまる黄色の物体を持ち上げた。黄色の毛並みで手足が小さく、どちらが顔でどちらが尻なのか分からない。大人しくペットにしやすい魔獣だ。


 その魔獣は一匹だけではないらしい。部屋に近付くと中は広い部屋なのが分かる。奥に棚が並び本や道具が詰められているが煩雑だ。傍にはいくつか抱えられるくらいの檻が重なっており、そこに一匹ずつ魔獣が入っている。実験用にするようだ。

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