精霊の書2
古代精霊文字を読めば、儀式について書かれている。地図はその位置になっており、マリオンネも記されているのはマリオンネに知らせるためだろう。冬の館は十字で記され、マリオンネは浮島を描いているか丸が記されている。
他は三角や四角などで山や岩場などが記されているようだった。ただ単純な地図なので、そうであろうと思うしかない。地図の説明が儀式としかないからだ。
あとはその地図が四ページに渡っており、全て見る方向が違っている。よく見れば微妙にずれはあるが、石版なのでさすがにそっくり同じにはいかないだろう。どの方向から見ても分かるようにしているのだろうが、地図が雑なので四枚もいらないと思う。
「同じ地図が四枚あるところは無駄だと思うけれど。元は石版なのだし、時間の無駄よね」
「石版?」
「精霊の書は古いから、本であったわけではないわよ。紙ではなく、石版」
「あ、分かった」
ヘライーヌはそう言っていきなり精霊の書を引きちぎった。
「ちょ、あんた、何やってんのよ!」
怒鳴ったのはエレディナだ。
「紙、紙!」
ヘライーヌは躊躇なくページを破ると、両面に描かれている片方を簡単に模写し四枚にする。そうして四枚を重ね合わせた。
「これって…」
「グングナルドの地図に見えるよ」
合わせた紙を全て透かせばひし形の土地の地図に見える。
海と大陸を隔てた線は、左右によって山脈や川に変化して見える。南向きは北と同じく海と大陸を隔てていた。北の冬の館がある方向は山が多い。南は位置は違うが高い山があった。左右にも同じで、確かに山の位置などが上下左右対象に近い。
しかし、かなり大雑把な地図には変わりない。
「ちょっと無理あるんじゃないの?」
「だって、これよく見るとちょっと位置違うんだよ」
同じ方向にすると記号が若干ずれてくる。しかし石版で製作していたらそれぐらいのずれは当たり前に起きるだろう。けれど、それでもずれすぎているのは確かだ。
「この丸はマリオンネを記しているのではなくて、東西南北を記しているのならば、この十字は何を記しているのかしら」
「それは分かんないけど、ここだけ分かるよ」
ヘライーヌは一つだけ外れにある斜め線を指差した。石版であるため傷を記した可能性もあるが、ヘライーヌはこの印がどうしても気になっていたようだ。しかし、重ね合わせた地図を見て、フィルリーネもはっとする。
「ラータニアの浮島だわ…」
南西の海の向こうにある引っかき傷。ここにはラータニアの浮島がある。マリオンネから遠く離れた、この辺りでは唯一の浮島だ。イムレスは細かく複製したようだ。
「これを見れば確かにグングナルドの地図かもしれないわね」
大雑把すぎるが、この斜線を信じればラータニアの浮島の位置になる。では、他の十字は何になるだろう。
「北は冬の館よね。儀式が行われる場所。なら、他に三箇所も儀式を行うべく場所があるってことかしら」
「春があるなら他の季節もやれってことだ。姫さん、何か知らないの? 隠れた洞窟あるかもよ?」
「洞窟か…。左は石板が発見された場所かしら。位置的には城より左寄りだしあの辺りは山が多い。右はカサダリア付近になるかしら。下は、」
「さっぱり分からないわね」
エレディナが飽きたように天井を仰いで揺れるように浮かんでいく。遺跡が他にもあれば王は喜んで飛びつくだろうとぼやいた。
この地図にはグングナルドが描かれているが、国境が描かれているわけではない。古き時代国もない頃の地図だ。遺跡があったとしても残っているだろうか。
「調べてよ、姫さん」
「そうね…。確かに調べる必要はあるわね。けれど、それが何のためにあるのか…」
「精霊の書じゃ、ちゃんと載ってないんだよね。選定ってなってるけどさー、これって昔の話でしょ? そうすると、昔は女王を地上で選んでたってことになるじゃん?」
「聞きたくないけど、そうなるわね」
マリオンネは特別。そう教えられてきたからこそ、そうでなかった時代はあまり聞きたくない。マリオンネの存在を覆せば、この世界の理が全て覆されるからだ。
「本当はその選定で女王を選ぶのに、今は世襲じゃん? じゃあ、今の国とか、王族とか、選ぶことも、マリオンネの女王が勝手にやってたかもってこと?」
「精霊の書から考えれば、国を分けて王を選んだ女王は、本来ならば地上で選ばれる必要があった。ただ、当時どうだったかは分からないわ」
「そうすると、今のマリオンネの女王は、資格がないかもしれない?」
「そこまでは言わないけれど、概ね、そうなってしまうわね。今まで築かれていた秩序が、揺らぐことになる。全てを統べる者の選定は、グングナルドの歴史の中でも、行われていない。芽吹きの儀式が行われているだけ」
「ものすっごーく、昔の話ってことだよね」
「グングナルドがなかった頃の話ね」
女王が国を分けた話ですら古き遠き昔の話。それが事実かも分からないほど。おそらく国家として軌道するには人の数が少ない時代だと思われる。
「これは、口にすべきではないわ。女王を否定することになる」
ヘライーヌは虚ろな瞳でこちらを見上げたが、フィルリーネの言葉に肯定も否定もしなかった。ヘライーヌにとって研究に勝るものはないので、口にするなだけを伝えておく。
「あそこにあった魔鉱石ね、純度すごいよ。古いからかな。おじいちゃん良く掘り起こさなかったなってくらい」
「さすがに分別はあるのでしょう。あの祭壇は王の望みを具現化するものだわ」
マリオンネに立てる者を選定できる場所。自分がなれなくとも望みを得る者が現れるのを待っていたのだろう。全くもって嫌悪感しかない。
「他の三つが見つかったら?」
「選定できる場所が三つあるとしたら、一つじゃ足らないのかもしれないわね」
ヘライーヌは口を尖らせるように頷いた。納得しているらしく、面白いなあ。と呟いて笑い出す。
「王様呑気だよね。おじいちゃんも気付いてて言わないことあると思うよ。王様の利益より自分の興味の方が強いしさ」
さすが祖父のことは良く分かっているか、ニーガラッツは王の勘違いなどどうでも良いようだ。自分本位で興味のある方向へ王を引きずろうと罪悪感などない。
「お父さんはちょっと違うけどね。この間の棒、お父さんの実験だった。でも多分、王には加担してないよ。実験結果盗まれたんじゃないかな。そう言うとこ、すっごくずぼらだから」
ヘライーヌの父親ホービレアスは魔導院研究所の所長である。こちらも研究バカなので、親子で似たような感覚の持ち主だ。ニーガラッツに比べれば野心より研究の方を優先する。魔獣研究所所長とも仲が良く、魔獣に関する研究も多かった。今の所ニーガラッツをたてているが、ほとんど中立の立場だ。