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二人組

 調べたら教えるんだろうな? みたいな目で見るのはやめていただきたい。目的も分からず調べなければならないこちらの苦労も理解していただいているのだろうか。


 ルヴィアーレは頑なに自分がグングナルドに婿に来た理由を口にしない。それが分からない限り、王が何を望んでいるのか正確に知り得ることができなかった。




「武道大会の件、申し訳ありません。警備の任務を得ていながら、計画を未然に防げませんでした」

 街中の喧騒を避けた小道で、ロジェーニは馬に乗ったまま背を向けて謝罪を口にした。


 曲がり角で話すのはいつものこと。周囲に視線を巡らしながら、ロジェーニは自分との会話を行う。馬に乗って警備を行なっているように見せるためだ。おかしな者がいないか確認する警備騎士は、小道に隠れていることが多い。


「急に暴れたって聞いたわ。それまでおかしな動きはなかったんでしょう?」

「空腹状態の魔獣は気が立っており、檻の中では暴れておりました。会場に運ばれ檻から出した時には、標的となる男を獲物として捉えていたはずです」

「まあ、普通そうよね」


 武道大会であるため魔獣の餌を制限し、会場で相手となる者を餌と見なすようにしている。

「会場に入れば目の前にいる敵を倒すものです。しかし、前にいた男を無視し、観客席へと飛びつきました。まるでそこに狙った獲物がいたかのように」


 円形の闘技場は周囲を壁で囲っており、中心の円形内で戦う者たちを隔離させている。余程の跳躍力があれば壁は越えられるが、目の前に餌となる人間がいればそちらに飛びつくのが魔獣の性質だ。高い場所にいる周囲の観客に飛びつくより、目の前にいる餌を得ようとするのが当然だった。


 しかし、その人間を無視し方向転換をすると、観客席へと壁を飛び越えた。


「仕留めやすい獲物を狙うのが当然なのに、目の前の人間には見向きもしなかったのか」

「初めは相手となる男を目に入れていましたが、急に観客を獲物としたのです。その獲物とする者は選ばず、誰彼構わずに襲いかかりました。襲われた者たちを調べましたが、ラータニアとは関わりのない街の者たちです」

「ルヴィアーレとは関わりないとすると、別件かしらね」

「何とも言えません。今の所襲われた者たちに関連性はなく、王に反する者である証拠はございません」


 また面倒な事件になるようだ。魔獣に襲われた者たちは命を落とすことはなかったが、手足を食い千切られたりした重症者が多い。


「ルヴィアーレの席からは遠かったのでしょう?」

「正反対の場所におりました。不特定多数の者たちを偶然襲ったとは思いませんが、標的がいたようにも思えないのです。現に警備騎士が近くにいて魔獣が人を殺す前に対処いたしました」

「そうなんだよね。誰も死んでいないのは良かったけれど、王の手としてはかなり緩い。毒でも仕込んでいれば分かるけれど、死ぬほどの攻撃は行われなかった」


 勿論重症なので今後によっては死に至るかもしれないが、確実なものではない。いつもの王の手であれば、標的以上の人数を殺す勢いだった。


「不特定多数か…」

「隠れた関わりがないか、再度調べ直しております。魔獣に何か与えたかも調べさせておりますが、今のところは何も」


 魔獣が薬などにより混乱状態であった可能性もある。ロジェーニはその点も調べていると言って報告を終えると、その場を去っていった。


 随分悔やんでいるようだ。声に重みがあってロジェーニの怒りが溢れそうだった。責任を感じているのだろう。その分深く調査をするはずだ。

 しかし魔獣が突然暴れ出すとは、また面倒なことが起きたものだ。おかしな薬はヘライーヌの物だけではなかったか。


「ラザデナから持ってきたあの棒、分析終わるまで難しいかな」

 魔獣を大人しくさせる薬なのか、凶暴にさせる薬なのか。それとも別の何かなのか。もしかしたら今回の事件でも使用されているかもしれない。


『調べてるの爆弾娘なんでしょ? すぐ結果出るんじゃない?』

 それを待つしかないか。あとはリンカーネたちに調べてもらうしかない。

 気になるのはシェラたちだが、協力できる相手なのか分かるには時間が掛かるだろう。転移能力のある魔導士では、リンカーネたちだけでは難しい。


「ガルネーゼにも知らせといた方がいいわね」

 最近第二都市カサダリアへ訪れていない。ガルネーゼと直接話す機会は少ないので、話を合わせに行った方が良さそうだ。ラータニア襲撃の予定についても、カサダリアの動きを知りたかった。副宰相であるガルネーゼがカサダリアの中では一番身分が高いとは言え、隠れて動いている王派も多いのだ。


 外出が増えるとルヴィアーレがうるさいが、とりあえず無視したい。ルヴィアーレの服は用意しているが、まだラグアルガの谷の調べは終わっていなかった。

 あの小姑が当たり前に部屋にいるので、中々面倒だ。協力してもらいたいならばあちらも協力する姿勢を見せてほしい。


 ため息混じりにフィリィは前に行けなかった工業地帯に足を向けた。住宅街より離れているのだが、外に出られる時に用を済ませたい。

 フィリィは街を見回しながらそちらへ向かう。工業地帯は魔鉱石を使った道具や小型艇などの造船が行われている場所だ。小物を扱う小さな店から国御用達の大店も並ぶ。


 工場も多く油のような匂いのする道を通り、小道へと入り込む。高い建物の影にある突き当たりにあった汚れた金属の扉を入り口とする店にたどり着くと、扉を叩いてフィリィは中へと入った。

 中は薄暗く、扉の上にほんのりと光る鉱石が出入り口を照らした。扉を閉めると外の光がなくなって鉱石の光だけになる。


 部屋はとても狭いが左右の棚に置物がひしめき合うように置いてある。航空艇や小型艇などの模型、金属で作った人形などがある。部屋の中には人はおらずただ置物だけがある部屋だった。

 フィリィは扉の壁にかけられている紐を引く。紐が戻る間、紐の上にある金属の人形が丸い金属をカンカン鳴らした。


「フィリィ嬢ちゃんか。いらっしゃい」

「お邪魔します。ベクトさん」


 ベルの音に気付いて奥の扉から出てきたのは、片眼鏡を掛けた丸坊主の老人だ。自動の車椅子を動かして部屋に入ってくる。


「まあ久しぶりだね。座りなよ」

 低く滲んだ声がおどろおどろしいが、にっこりと笑った口が半月を描いている。優しい笑顔を向けてフィリィに座るよう促した。


 部屋には棚しかないのだが、棚の一部を押すと丁度座れるくらいの高さに板が出てくる。折りたたみになっており、足を自分で出して座れるようにした。棚に隠された椅子だ。

 ベクトが車椅子を指でこつこつ叩くと、扉から人形がカタカタとやって来る。金属の人形で四角を繋ぎ合わせたような形をしているが、その手にはお盆がありお茶を運んできた。


「ありがとうございます」

「今日は少し話が長くなりそうだからね」

 何も言っていないのに要件は分かっていると、ベクトは目を眇める。


「何か、ありましたか」

「そうだね。フィリィ嬢ちゃんは気になる話だと思うよ」

 ベクトは人形から渡された茶器を口元に運ぶ。茶器といっても金属で作られた四角い杯だ。フィリィが触れると冷んやりした。冷たいお茶が喉を潤す。


「魔鉱石が最近届かなくなってね。うちの人形も増やしにくくなってきたよ。この店を知っている貴族がたまに買いに来ていたのに、材料がなくなっては商売にならない」

「やっぱり、届きませんか…」

「うん。フィリィ嬢ちゃんなら知っていると思っていたけれどね。いつ店に来るか待ってたんだよ」


 情報を渡すためにベクトはフィリィを待っていたようだ。それは申し訳ないと苦笑いする。

「ラータニアから商品が届きにくくなってるとは聞いていたので、魔鉱石は減っていると思っていました」

「グロウベルからも届かなくなったよ。こちらまで来ない」


 ベクトは淡々と話す。ベクトは魔鉱石の入手に詳しい商売人だ。魔鉱石が一番使われる航空艇の設計をしていた人で、魔鉱石を手にいれるツテを良く知っている。足を怪我し引退してから魔鉱石を使って動く玩具を作っているが、昔は城にも訪れていた。


「ラザデナに確認しに行きましたが、魔鉱石を買い占めている者がいるみたいです。ラータニアから届かなければ、魔鉱石を手に入れるのは難しいでしょう」

「ラザデナまで調べに行ったの? 相変わらず忙しいね」

 ベクトは片目を大きく開きながら、くつくつと笑う。ゆっくりとした動作で片眼鏡を上げた。


「ラータニアからの魔鉱石はもう届かない。この辺りに出回っていた魔鉱石も盗まれたり買い占められたりしている。ラザデナまで買い占められたら、もうここに魔鉱石は届かないよ。採掘場で一生懸命掘っているのに、なぜか流通がない。困ったもんだ」


 グングナルドにも魔鉱石が採れる場所はある。一日の採掘量が少なくとも採れる場所はあった。しかしそこから市場に出たりしない。その上盗難とは、余程数が欲しいようだ。


「うちは平気だけれど、その辺の店で金庫を抉じ開けられたと。王は何をしようとするのかな」

 フィリィは口を閉じる。分かっていても耳にしない方が良いことがある。殊にベクトは元城の航空艇設計者。城に取り巻く噂は聞いているだろう。


「今まで流通していた魔鉱石を合わせるとね、航空艇の武器に使える量が何隻分かになるだろうね。恐ろしいことだよ」

 やはりベクトも想定しているようだ。フィリィは肯定も否定もせずにお茶を口にした。


「あとねえ。それとは別で、おかしな二人組が店に来たよ」

「おかしな、二人組、ですか?」

「身分の良さそうな男一人と、いかにも兵士な男一人だ」

 それはつい最近目にした二人組と似ている気がするのだが。


「それって、いつの話ですか?」

「最近だよ。武道大会より前かな」

「その二人組って、身分の良さそうな男は金髪で綺麗な顔していて、少しのんびりしたような話し方じゃなかったですか? もう一人は黒髪の高身長で目つきが鋭い、全く話をしない男じゃ?」

「そうさね。もう会ったかい?」

「ラザデナで会いました。武道大会の日」

「それはそれは、あちこち調べているかな」

「その二人組は何をしにこちらへ?」

「魔鉱石はないか聞きに来たね。ここで魔鉱石の売買は行われていないんだけれど」


 表向き。

 ベクトは小さく呟いた。ベクトは反王派に渡りにくくなっている魔鉱石の取引をしている。秘密裏に手に入れて王派へ奪われないようにしていた。反王派でもあまり知られていないので、知る人ぞ知る店である。

 それなのにその二人組が魔鉱石がないか問うたのだ。


「どこにも売っていないから、ここにはあるのかとね。あまりにないからグロウベルから輸入される港まで行こうかな、と」

 ラザデナの東にある町には、グロウベルから船が来る。グロウベルからの輸入品はそこで分けられた。商人がその町で売買する前に、王は買い占めてしまう。

 二人組はそこからラザデナに向かったのだろう。


「反王派なのか…?」

「何とも言えないね。見たことのない顔だ。城でも街でも、見たことがない。兵士ならば尚更覚えているものだけれど、いかつい方の男に全く見覚えがなかった。城の人間ではないし、街の人間じゃない。一体どこからこの店の情報をもらったのかねえ。ただ、王派が知ったら人が訪れる前にこの店は壊されているよ」


 反王派にしか知られていない、魔鉱石が買える店。王が知ればすぐに殺害しに来るか、店を壊しに来るだろう。わざわざ確認しには来ない。来るのは暗殺者か魔獣だ。

 だから王派ではないかもしれないが、しかし全く見ない顔なので、反王派ともはっきり言えない。


「地方の貴族かどうか、調べてもらってます。でも、この街にも来たのならば、カサダリアにも現れているかもしれない」

「これだけ王が不穏な動きをしているから、気付く者は気付くかもしれないね。別の組織が集まってもおかしくない」


 別の組織が作られるのはこちらには少々面倒になる。変な動きをされて王に警戒されたくないからだ。

「カサダリアに確認に行かなきゃダメそうですね…」

「カサダリアに行くのなら、これをガルネーゼ様に渡していただけないかな?」


 ベクトは棚の奥に隠してあった小さな扉から何かを取り出した。手渡されたのは四角い金属で銀色の物だ。中に何か入っているか、カラカラと音がする。

「魔導を流さないようにね」


 それはどうにも危険な匂いがする。ベクトはまだ試作品だと言った。ガルネーゼに役立つようベクトが何かしら製品を作っているのは聞いている。


「私もそろそろ、引退したいからね」

 その言葉に、フィリィは大きく頷いた。

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