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衣装

「まああ、フィルリーネ様、素敵ですわ」

「なんとお美しい。とてもお似合いです!」


 純白の衣装をまとう姿を鏡に映していると、後ろにいた者たちが口々に褒め称えた。

 細かい花模様に編まれたレースは首元を飾り、肌が見えないように胸元から手の甲まで伸びている。薄く透けてはいるが、花模様が美しく編まれているため、さほど気にならない。


 よくもここまで編み込んだな。と正直感嘆する。そのレースは全身を覆い、足元まで伸び、後方に緩やかに流れた。


「短期間で、よくできたこと」

 ものすっごく時間が掛かるように、総レースの極上品を依頼し、製作者が満足するまで試行錯誤してほしいと伝えたにも関わらず、まさかの出来な上、予想以上の早さで完成してしまった。


 なぜこんなに手のかかるものが、こんなに早くできてしまったのだろうか。無理して頑張って作ってたんじゃないの? いいんだよ、ゆっくり作ってくれて。フィルリーネは我が儘で、衣装製作中に気持ち変わっちゃうかもしれないんだから。


 それなのに、完成体が届けられてしまった。凄すぎる。


 何って、婚姻衣装だわ。


 商人は製作者を共にして、城へやってきた。

「いかがでしょうか」

 商人の問いを聞きながら、目端で祈るようにしてこちらを見ている製作者の女性。名前は知らないが、かなり若そうな女性が、フィルリーネの反応を心配げにして待っている。


 ここで、大したことないわね。とか冗談でも言えないほどの出来で、本当に、ほんっとうに、物凄く凝っている模様とその量。半端なさすぎて、時間を引き延ばせない。


「とてもよくできているわ。これならば、わたくしも満足できてよ」

 はあ。と女性は大きく安堵の溜め息を吐き出した。周囲の商人も、ほお。っと力を抜く。


 いやあ、これ文句付け所ないよ。どうしよう。もう絶対時間が掛かるっていう、ものすっごく大変で面倒臭くて、これ作るのに何日かかるの? 私絶対作りたくない。っていう装飾を作らせて、時間を稼ぐつもりだったのに、全く稼げなかった。凄すぎる。


「本当にお似合いです。これほどの技術を伴わせた婚姻の衣装は、他で見ることなどできないでしょう」

「本当ですわ、フィルリーネ様。このように美しい衣装、初めて拝見いたしました」

 商人の言葉に、レミアが感に耐えないと涙目になっている。最近、涙腺弱すぎじゃなかろうか。


「まるで女神のようですわ。これほどに美しい衣装が似合われるのは、フィルリーネ様しかおりません」

 商人が言うと、レミアがうんうん頷く。隣でムイロエが鼻で笑いそうな顔をしているので、実際馬子にも衣装の可能性がある。


「当然ね。わたくしに着こなせない衣装などなくてよ」

 いやー、婚姻衣装なんて、一生着ないと思ってたよ。まさかの豪華衣装で、これ作らせてごめんなさい。としか言えない。


 似合って当たり前。他の誰もこの衣装は似合わない。そんなふてぶてしいことを堂々と自分で言いながら、内心製作者の女性に謝り続けた。

 ごめん、私この衣装着ることないかも。着ても婚姻式まで着ないかも。


「この衣装を、あなたが製作されたの?」

 女性に声をかけると、跪いたままスカートを摘んで頭を垂れる。本来なら、製作者とはいえ、王女に話し掛けられることはない。商人より身分が劣るからだ。


「我が店で、一番の針子でございます。模様の図案から製作まで、フィルリーネ様のご衣装を、一心に行わせておりました」

「そう、とても良くてよ。あとで褒美をとらせましょう」

「ありがとうございます!」


 ほんと、ごめんね。ごめんなさい。こんなに面倒で大変な仕事、一人でやったとか、申し訳なくて、申し訳なくて。

 商人の後ろに隠れながら、女性はやっと力を抜くと、深々と頭を下げた。

 商人が来た時には、一度も姿を現していなかったので、見るのは初めての女性だ。


 衣装はこの純白の衣装の他に、布をふんだんに使った、お披露目用の衣装がある。淡い紅色の布を花びらのように重ねた衣装で、これもまた豪華だった。


 こちらは図案だけ行い、縫ったのは他の女性だったようだ。さすがにレースの衣装と合わせて作る余裕はなかったのだろう。それでもその衣装は他で見たことのない製法で、模様などのない衣装でありながら、布の重ねの美しさが際立ったものだった。


「良い腕を持っているのね。気に入ってよ。他にも見せていただきたいわ」

 つまりこれからもよろしくね。と暗に言って、これから女性に作ってもらうから、今回のことは水に流してほしいと心の中で祈る。流せないほど大変だったと思うけれど。


 商人は、ぜひ。と嬉々として頷いた。その頷きをする商人に、女性がちらりと横目で見る。何か伝えて欲しそうな顔をしていた。さすがにもう無茶振りな衣装作りはしたくないのかもしれない。


 だよね。頑張ったもんね。大丈夫、もう無茶振りしないから。

 そう心に誓って、婚姻衣装に合格点を出した。






「あー、あれ作るの、どれくらいかかったんだろ。体調崩したりしてないかなあ。大丈夫かなあ」

 徹夜とかしまくったのではないのだろうか。申し訳ないことをした。

 フィルリーネはソファーで悶えながら、溜め息を天井に吐く。


「そこまで心配することか?」

 半分くらい元凶のルヴィアーレが、隣でしれっと言った。その前に、ここでなぜ本を読むのか、問いたい。


「すっごく、工夫された衣装だったの! 大変なの、あんなに細かい模様で作って、目が回る細かさなの! 工夫凝らした図案で、簡単にできるものじゃないんだから!」

 ぶすくれて言うと、ルヴィアーレは横目でちらりと見ながら、読んでいる本に視線を戻す。どうでもいいような態度で、返事すらしない。腹立つな!


「あの子一人で作ったら、相当な腕だもんなー。王女の衣装なんて作ってないで、いい貴族に雇ってもらって、楽しく作れればいいんだけど。今回良すぎて、商人さん逃さないだろうなあ」

 褒美をあげるしか謝る手がなく、それによって彼女を王女専属にしてしまっただろう。若干何か言いたげな女性の顔を見るに、専属になるのは嬉しくないのではなかろうか。


 はああ。と大きく溜め息をついて、やはり悶えると、隣でルヴィアーレが呆れたような視線をよこしてきた。

 そんな顔するなら、ここにいないでいただきたい。


「少し、黙ったらどうだ?」

 いや、あなたが黙ったらどうだろうか。

「だったら、部屋から出てってくださいー」

 言うと、ルヴィアーレは呆れを通り越して、頭の悪い子でも見るように、馬鹿にするような目を向けてきた。


「衣装があんなに早くできるとは、思わなかったものねえ」

 エレディナが、空中で寝そべりながらくるくる回って、同意した。それを見たら見たで、ルヴィアーレはうんざりするような顔をした。何も言わないで、表情だけで語ってくる。いちいち腹の立つ男だ。


「城での洗練された仕草はどうした。個人の部屋にいるとはいえ、男がいる前でどうかと思う」

「だったら、出てけばいいじゃない」

 エレディナにも同じことを言われて、ルヴィアーレは口を閉じた。そうだ、そうだ。さっさと出て行けー。


 ルヴィアーレは、フィルリーネとエレディナのくつろぎ方が気に食わないらしい。二人がごろごろする中、一人だけぴしりと背筋を伸ばし、ソファーに座っていた。その体勢、いつまでも疲れないのだろうか。私は疲れる。


「衣装ができて、不機嫌になられても困る。衣装の図案に賛成したのは、君だろう」

 今度はこちらが黙った。だから、そんなに早くできないように、難しい図案に賛成したんだもん。なのに思ったより早くできちゃったんだもん!


「着ないのに、勿体ない」

「何を気にしている」


 商人が衣装を作るのは当然だ。それなりの報酬を渡しているのだから。至極もっともな言葉をこちらに寄越して、ルヴィアーレは小さく息を吐くと本を閉じた。うるさくて集中できないらしい。

 だから、何で、この部屋で本を読む。


「作るの、大変なんだから! 報酬もらえても、大変なんだから!」

「君が気にする点は、理解しがたいな」

「何おー!」


 こちとら、職人の気持ちは分かり切るほど分かる。自分では頑張って満足する出来だったのに、やり直しをさせられたりすれば、一度は辛いと思うし、疲労だって溜まる。難しい仕事をやり切って報酬がもらえるからといって、その気持ちが持続する理由はない。


 ルヴィアーレはただの言い訳だと切り捨てた。この男、心がない。

 言い訳だと分かっているけれど、気持ちが分かるから、心配しているのだ。お金をもらっても、気持ちが追いつかなければ、良い物だって作れない。


 そして、そんな気持ちを無下にするという愚行。着ないでごめんね。使わなくてごめんね。そう思って当然だろう。職人の努力とその時間の経過は、よく分かっている。


「そう言っても、作らせたのだから、言うだけ無駄だ。報酬を渡したのならば、商人は十分な利益を得ている」


 ぴしゃりと言われて、フィルリーネはぶすくれた顔のままソファーに座り直した。理論的に言われて腹が立つが、事実なので言い返せない。

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