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精霊2

「何よ、これ……」


 広い空間の中にいたのは、見上げるほどの大きさがある魔獣だった。普通の大きさではない。こんな巨大な魔獣は初めて見た。


 首には鎖がはめられており、魔導の檻に入れられている。いつかの祀典で人々を襲った、赤い毛並みのドミニアン。しかし、その三倍ほどの大きさを持ち、フィルリーネの気配に気付くと、のそりとその巨体で立ち上がった。


 長い尻尾を上げ、背中を伸ばして、獲物に飛びつこうとする姿勢をした。

 太い手足に蹴られれば、簡単に身体が吹っ飛ばされるだろう。


 ドミニアンは、ばくん、と一気に噛み付いてくる。フィルリーネは咄嗟に防御魔法陣を発動させたが、ドミニアンは魔導の檻にぶつかり、ぎゃうん、と鳴いて後方に飛び跳ねた。


「なによ、これ! 大きすぎじゃない!?」

「実験ってことでしょうね……」


 研究所で何を作っていたのか。フィルリーネは唾を飲み込んだ。巨大化したドミニアンは三匹いる。その三匹が、別々の檻に閉じ込められていた。


 この巨大化した魔獣を、どうする気なのか。

 この場所は、ラータニア国境に近い場所になる。しかも、この谷の先は、ラータニアに繋がった。谷の先は門に閉じられているが、谷を下っていけば、ラータニアに辿り着くのだ。


「ちょっと……」

 エレディナが震える声で、フィルリーネを呼ぶ。ドミニアンの檻の後ろに、何かが置いてある。小さな穴に棚があり、そこに瓶が並んでいた。筒のような瓶には、見たことのない、魔獣のようなものが入っていた。


「生きてる……? 何これ」

「————精霊だわっ!」


 精霊でこんな形は見たことがない。精霊は種類によって形が違うが、必ず羽があって、その羽で空を飛ぶ。しかし、この精霊には羽がない。代わりに、背中に透明な円盤のようなものが、大小二つ浮かんでついていた。その生き物はこちらに気付くと、二重になった円盤を高速で回して、ふわりと浮き上がる。


 顔は人型でなく、魔獣のような獣の顔をしている。面長の顔に身体がくっついているが、雫のような形をしており、手足がその身体から、おまけのようにくっついていた。細い手足は、飾りにしか見えない。精霊は二足歩行だが、この精霊が歩くようには見えなかった。


 精霊は、キキキと鳴き声を出す。口が裂けるように開いて、まるでこちらをあざ笑うかのような鳴き声だった。


「何かと、交配したの……?」

「そんな感じね。これなら人に見えるんじゃない? 魔獣みたいだわ」


 エレディナが嫌悪感を隠しもせず、吐き捨てるように言った。さっきから感じるおかしな魔導は、これから発せられていたようだ。


 キッキキ。キキキ。


 耳に響く、甲高い声が、耳障りに聞こえる。話はできないようだ。エレディナはそれを見つめて、顔を歪めた。


「前に、精霊が誘導してるんじゃないかって話」

 元政務官のイカルジャの故郷で、精霊がいなくなった。その時に、精霊たちは何かによって移動するように誘われたと、怯えるように言っていた。


「こいつのことなのかも。魔獣の気配もするから、精霊たちは怯えると思うわ。気持ちの悪い気配。こんなのがいたら、混乱するもの」

「じゃあ、精霊を追い出すために、使ってた?」

「こんなのが近くに寄ってきたら、みんな怖くて移動しようってなるし、こいつらが誘導するように怖がらせれば、精霊たちは恐れるままに動くと思う」


 これを作ったのが、魔導院研究所だ。ニーガラッツは彼らに化け物を作らせていたことになる。おそらく、ヘライーヌも関わっているだろう。


「ヘライーヌを、しめるしかないわね」

「あのチビを? 言うこと聞く?」

「何かを餌にして、言うことを聞かせるしかない。これはダメだわ。私だけではどうにもならない。イムレス様にお伝えしないと。規模が大きすぎる」


 巨大化した魔獣たちも、イムレスがカサダリアで相手にした魔獣と同じような力で大きくされたのかもしれない。

 他に何かがないか調べて何もないことを確認すると、フィルリーネは結界を戻して、洞窟の外に出た。

 精霊たちが、心配そうにこちらへ近付いてくる。


 ぼあん、ぼあん。大きい、ぼあん。


「ぼあん、って、魔獣が巨大化した音ってことね」

「そうみたいね。何があったかは分かっていないんだわ。おかしな魔導に気付いて、様子を見にきた子がいたみたい」

「一度戻ろう。長居して、気付かれたくないわ」


 イムレスに話す必要がある。これが全ての研究ならば、ラータニアを襲うための準備が、着々と整っていることを知らせていた。





「ベルロッヒも動いているようだよ」


 イムレスは溜め息交じりにフィルリーネの隣に座った。ベルロッヒは冬の館に戻ると称して、ラータニア国境門の砦にいるようだった。イムレスにも手はいる。そこからの情報は、あまり芳しい話ではない。


「魔獣の巨大化か。魔導を供給すれば、出来ないことはないだろうけれど、その魔導をどう与えたかと言ったら、精霊を犠牲にしたかな」


 エレディナが眉を顰める。あの奇妙な精霊が誘導して集まった精霊を使い、魔獣に与えたのだろうと、イムレスは語る。イムレスがカサダリアで相手にした、魔獣はせいぜい二倍ほどだったらしいが、洞窟にいたのは三倍以上だ。相当な魔導が必要になる。


 ただでさえ、精霊が減ってきているのに、そんな暴挙を行えば、精霊はこの国から逃げ出していくだろう。


「やっていることを、理解しているの? それによって、この世界にどれだけのことが起こるのか、分かっているの!?」

 エレディナの怒りはもっともだ。精霊がいなくなれば、最悪この国は住める土地ではなくなってしまう。


「何のためだろうね。この国を犠牲にしても、ラータニアが欲しいのならば、マリオンネのような浮島を手に入れたいのだろう。どうにもならない自己満足だけで、なぜそこまでするのか、理解できないことだよ」


 イムレスも首を振ることしかできない。

 王は、自分の弟への劣等感がそうさせるのか。自己顕示欲が暴走しただけでここまで行うのか。同調している者たちも何を求めているのか、フィルリーネにも理解できない。無いもの欲しさで、マリオンネの力を得ようとしているみたいだった。


 ルヴィアーレが、芽吹きの儀式で王の資質を得たと思っているのならば、王の望みはグングナルドに収まらず、マリオンネの存在に向いている気がする。

 それで、ラータニアの浮島を欲しがるのだろうか。


「ヘライーヌを引き込むつもりかい?」

「情報を得られるのは、ヘライーヌだけです」


 得るにしても、危険のある人物であるのは承知している。何かに興味を持たせて、引き込むことはできるだろうか。それが長く続くか分からない。他に興味を持てば、そちらに傾倒するからだ。


「あの子を引き込むのは、危険が伴うね。研究が好きなだけで、善悪を考えたりしない。面白ければいいという考え方だから。引き込むとしても、あの子の琴線に触れるものがないと、何とも言えないよ」

「それは、分かっています」


 フィルリーネの頷きに、イムレスは頬杖をつきながらこちらを見つめた。

「今日もおかしな薬を作って、緊急の用と言いながら、私に言いにきたよ。オゼから奪った植物の苗に薬を与えて、自分の研究室を草だらけにしていた。あの子のやることは極端だ」


 それで、もしも魔獣が巨大化したのならば、ヘライーヌの罪は重い。


「あの子は随分と魔導があると思っていたけれど、精霊の存在を感じられるほどみたいだから、能力の高さは想像以上かもしれないね。君が引き入れたいのなら、引き入れなさい。仲間にできるのならば、力にはなるだろう」

 イムレスは人の頰を指先でぷすりと指すと、そのままつねってくる。


「ルヴィアーレ様もね」

「るゔぃあーれれすか?」

 ぐいぐい頰を引っ張られて、舌ったらずになる。人の頰を伸ばしながら、イムレスは笑みを湛えた。


「随分気付かれているみたいだね。そろそろ潮時だよ。ルヴィアーレ様は君の異質さを分かっている」

「もう、どうでもいいかなって」

「どうでもいいって、そうなるの?」


 イムレスは嬉しそうな顔をしていたのに、急に顔をしぼませるように、鼻の上にしわを寄せた。何か変なことでも言っただろうか。


「冬の館で部屋には入られるし、精霊くっ付けてるのも、話しかけられてるのも見られてるので、もう放置して、知らないふりしようかなって。結局知られても、私はルヴィアーレをどうこうする気はありませんし、勝手に警戒してなよ。って思って」

「そんな、適当になるの……?」


 イムレスはご不満らしい。がくりと肩を下ろして、キャレルに顔を突っ伏した。お気に召さなかったようだが、別にもう本当にどうでもいいし、自分の邪魔をしてこなければ、放置するつもりだ。とりあえず、ルヴィアーレがこちらに手を出してくるのは、婚姻後だろう。


 毒は気を付けようと思っている。それを言うと、深—い溜め息を、肺の奥底からしてくれた。


「もう少し、何か、こう、ねえ? 少しは一緒にいることが増えているからだろう、ルヴィアーレ様は君が馬鹿を演じていることには気付いているのだし、ラータニアのことを考えれば、手を取ってもいいのでないの?」

「ルヴィアーレとですか?」

「嫌なの?」

「嫌っていうか。あんな癖のある男と手を組んだら、絶対面倒臭いですよ」

「また、面倒臭い。君たちは、そればかりだね」


 君たちって、誰のことだろうか。ルヴィアーレが面倒臭いとか言ってるのか。そういうこと? そしたら、お互い、もう茶番で近付き合うのやめない? って言いたい。もう疲れたよ。


 それを言うと、イムレスは至極残念そうな顔をして、やはり大きな溜め息をついた。

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