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DECEMBER  作者: 竜月
一日目 はじまりの日
9/63

一日目 (8) 過去



 小夜の『不安病』が発症したのは、僕が一人暮らしを始めて暫く経った時のことだった。

 引っ越しをしたその日、小夜は僕の家に泊まって行った。

 初めての一人暮らしだ。何分慣れないことも多々あったし、それより何より寂しかったから。僕と小夜は一緒に料理をして一緒に食事をして、同じ部屋に二つ布団を引いて一緒に眠った。

 その次の日も、小夜は泊まって行った。

 時任のお爺さんとお婆さんは大らかに許してくれたし、薫さんは「お前まで移り住むつもりか」と、散々からかって笑っていた。

 更にその次の日も、小夜は泊まると言いだした。

 しかしさすがに薫さんは許さず、愚図る小夜を強引に連れ帰って行った。家に着いてから、電話だけは掛かってきた。

 それから暫く、小夜は学校終わりに僕の家に寄って、自分の家に帰ると電話を掛けてくると言うことを繰り返した。

 僕も一人の暮らしに慣れ、時任家も一人の欠損を受け止めて、小夜も場所を移した一人との付き合い方を掴まえて。

 その生活は上手く回っていた。

 否。


 ――上手く回っていると、思っていた。


 破綻の予兆は満月の日の星のように見え辛く、しかし見逃してはいけない小さな瞬きを、僕は見逃してしまったんだ。


 六月のある日。

 僕は高校行事で、車で一時間程の森林公園にキャンプへ行った。二泊三日の、高校入学以来初めてのお泊まり行事だ。みんなでカレーを作ったり、フォークダンスをしたり、肝試しをしたりして、既に仲良くなった人ともまだ話したことの無い人とも親交を深めましょうって言う行事。

 僕は前述した経緯で仲良くなった悠と、殆ど一緒に行動していた。人付き合いが上手くない僕には、他にろくに友達なんていなかったから。悠も面白い奴だけれど、まだその内面が派手な外見の第一印象を打ち破る程浸透していなかったから、同じように友達はいなかった。奈月も一年の時は別のクラスだった。

 それでも、矢張り平時と違う異空間と言うものは、それだけで楽しかった。

 主に班の女子が作ったカレーは美味しかった。肝試しで怯える悠に笑った。夜、悠が「女子の部屋に行って来るぜ!」と出て行ったから鍵を閉めて眠った。

 そんなキャンプの時間はあっという間に過ぎて。

 帰りのバスの車内、圏外になっていた携帯の電波が戻った時。


 ――僕は、自分の間違いに気が付いた。


 小夜からの着信――32件。

 小夜からのメール――119件。

 メールの内容は「今なにしていますか?」から始まって、なかなか返事が返って来ないことに不安になったのか、「事故とか事件とかに逢っていませんよね?」とか「充電が切れてしまったんでしょうか」とかの内容になり、不安に比例して徐々にその頻度が増していき、最後は「私を嫌いになりましたか?」などと言う飛躍した内容のメールが届いていた。

 バスの中だったけれど、すぐに隠れて電話を掛けた。

 小夜は、1コール鳴り終わるより早く電話に出た。

 僕の呼びかける声に、小夜は暫く無言だったけれど、ようやく喋った第一声は「どうして」だった。

 そこから僕はずっと事情の説明。決して忘れていた訳でも面倒だった訳でも、ましてや嫌いになった訳でもなく、単純に携帯が圏外だっただけなんだ、と。

 そして、バスがそっちに着いたらすぐに会いに行く。

 この三日間の話を詳しく聞かせる。

 と言う二つの約束をして、電話を切った。

 その頃には、バスは学校に着く所だった。


 その日、小夜は僕の家に泊まって行った。充血した瞳に薄い隈と酷く憔悴した様子の小夜は、一時も僕の傍を離れようとしなかった。さすがに眠る時は説得して別々にしたが、僕の腕の裾の部分はずっと握りしめられていて、深い皺が刻まれた。

 深夜、小夜が余程疲れていたのかぐっすりと寝静まった後、僕はそっと部屋を抜け出してリビングに向かった。

 何も約束なんてしていなかったけれど、そこにいる筈と解かっていた。案の定リビングの電気は点いていて、扉を開くと、いつもの定位置の座布団に薫さんは座っていた。テーブルには缶ビールが置いてあったが、あまり手をつけている様子は無かった。

 お互い無言のまま。僕はいつもの薫さんの左側に座る。目の前には普段小夜が座っている。今は、誰もいない。


「……様子がおかしいと気が付いたのは、お前がキャンプに行った次の日の朝だ」


 薫さんはこちらを見ること無く話し始めた。


「いつまで経っても小夜が起きてこない爺と婆が心配してな、私が部屋に様子を見に行った。珍しく寝坊でもしたかな、と思って。

 最初はああやっぱり寝坊だ、と思った。カーテンが閉めてあって起きている様子がなかったから。だから起こそうと思って部屋に入ったら、小夜の部屋は……。知ってるだろ? 小夜は綺麗好きだから。部屋だっていつも片付いてた。なのにあの日は、酷い散らかりようで……。

 ベッドに、ベッドに誰かが布団に包まって座っているのが解かった。……正直ちょっとビビってな。小夜、って呼びかけても動かないし返事も返ってこないんだ。もしかしたらそこに泥棒でもいるんじゃないかって思って。

 けど布団をめくればそれはちゃんと小夜だった。安心して、そうしたら次は怒りが湧いてきてな。この部屋は一体なんだー、ってな。小夜、って呼びかけながら肩に手を置いて――そこでようやく小夜の尋常じゃない様子に気が付いたんだ。

 小夜は私の方を見ていなかったし、私の手に反応もしなかった。見ていたのは携帯電話。抱えていたのは、家族の写真と、私とお前と小夜で写った写真だったよ」


 薫さんは缶ビールを一気にあおった。そして、机に叩き付ける。


「くそっ! ……どうして気が付けなかったんだ。予兆は、三夜と香子が死んだ時からあった筈なのに」


 三夜と香子とは、薫さんと小夜の両親の名前だ。僕は死んでしまってから時任家に引き取られたから、会ったことはない。

 薫さんの手に力が籠もり缶を握りつぶす。少しだけ中身が零れる。俯いた薫さんの表情を垂れた髪の毛が覆い隠す。

 僕は薫さんの手にそっと自分の手を被せた。


「僕のせいだ」


 薫さんは顔を上げた。


「僕のわがままで一人暮らしを始めて、それが小夜にとって良くない方向に、こんなことになってしまった」


 そう、小夜は上手く生活していたのだ。両親が死んだ喪失を、その後にやって来た僕で何とかして埋めて。

 それなのに、僕が勝手に家を出たから――


「違うさ」


 逆に、僕の手がぎゅっと握られた。


「小夜のあんな不安定な精神に気付けなかった私たち全ての責任、そして小夜自身の責任だ」


 薫さんの手は暖かかった。

 怖かった。そもそも小夜がどう言う状態なのかも解からない。普段の小夜とのギャップに戸惑う僕たちが慌て過ぎなのかもしれない。……けれど、もっと慌てた方がいいと言う可能性もないとは言えない。

 慰め合って、前に進むようだった。

 その後、僕もビールを一本付き合ってから部屋に戻った。

 小夜はすーすーと穏やかな寝息をたてて眠っていた。

 僕も布団に入る。すると小夜はすぐに僕の腕の裾を掴まえた。

 起きているのかと思ったけれど、小夜は凄く安らかな表情で眠り続けていたので、僕もゆっくりと眠りに落ちた。





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