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DECEMBER  作者: 竜月
三日目 Bohemian Rhapsody
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三日目 (17) 戦争二幕

 入口付近にあった院内案内板をチェックしてから、僕たちは慎重に病院内を探索した。

 一つ一つの病室や受付、事務室などを確認していく。閉じた扉を開ける度に、内心またあんな光景に出遭うのではないかと息を呑んでいたのだが、幸いそんなことはなかった。

 一階の探索を終え、二階へ。

 二階は一階に比べて病室が多く探索にも時間を要した。僕の役目は各部屋に入り安全確保、その後カーテンを剥ぎ扉を開放して、可能な限りの光を病院内に取り込むこと。地道な作業だが、こうしていくことで僕らの道の後には光が残る。『殺人鬼』に暗闇に紛れて接近を許すことはなくなるだろう。

 扉を開ける度に緊張して、前後に終始気を配る、精神を削るような道中だったが、結局二階でも『殺人鬼』の襲来はなかった。

 三階。この病院の最上階だ。上には屋上しかない。

 このフロアには他の階に比べて部屋が少ない。個室で広い病室が多いからだ。

 先程までと同じように一つ一つの空間を調べて光を取り入れて行く。病室は確かに階下の部屋に比べると豪華な雰囲気だったが、荒廃振りは変わらなかった。

 どの病室にも女の姿はなかった。

 そして最後、この階にはある特別な部屋があった。

 院長室。

 場所もこの病院の最も奥にある。

 ……直感だが、院内案内板を見た時から『殺人鬼』はそこにいるような気がしていた。そして残ったのはその部屋だけ。

 どうやら当たったらしい。全く嬉しくはないけれど。

 両開きの重厚な扉から二メートル程距離をとって立ち止まる。

 梓と眼を合わせた。


「……行きます。準備はよろしいですか」

「ああ」

「では私の後ろへ」


 梓は一歩前へ出た。

 少し戸惑う。今まで扉を開ける役目は近接戦闘に向いている僕の役目だったからだ。

 梓は右手の掌を上に向けて、何事かを呟き始めた。


「……いとたかき『九条』の名において六大ろくだいに命じ、太虚たいきょに命ずる。『みどり小灰蝶しじみ搖搖ようようと舞い、天狭く風冴ゆる。『緑』小灰蝶搖搖と舞い、天狭く風冴ゆる……」


 何度か聞いたフレーズ。これは梓の魔術だ。彼女が何やら複雑な言葉を呟くにつれて、室内にも関わらず、どこからか風が吹き始めた。

 最初は森の中で楓がやったことと同じかと思ったが――違う。あの時の風は包み込むようで温かかった。けれど、この風は冷たく、身を刺し貫くようだ。

 彼女の右手を中心に風が集まり、吹き荒れている。

そのまま超弓を構えて――ってまさか。


「……破アッ!」


 梓は弦を次々と連続して弾き始めた。当然その弦には右手に集った風から作られた矢が番えられていて、次々と木製の扉に拳大の穴を穿っていく。

 破壊され飛び散る破片に、顔を覆った。まるで銃撃戦のような破壊音が響き渡る。

 扉が全て砕け散っても尚、梓は止まらなかった。埃が舞う室内へ向かってまだまだ撃ち続けて、そのまま数分間続いた暴力は、右手周りの風がなくなってようやく止まった。

 余韻を残し、病院は静寂を取り戻す。


「……はいどうぞ」


 そして、先を促される。


「…………」


 無茶苦茶だ、とは思ったけれど、言ってる場合でもないので呑みこんだ。

 聖剣を構える。扉のなくなった院長室に踏み込む。

 院長室は20畳ほどの広い部屋だった。荒廃は他に比べてそれほど酷くなかったようだが、先程の梓の攻撃ですっかり朽ちた。殆どの家具は運び出されていたけれど、残されていたフラップキャビネットや白い壁は穴だらけになってボロボロだった。珍しくちゃんと窓とカーテンがあって廃れを防いでいたのに、それをも貫いてしまって、これでこの部屋の荒廃も近いだろう。


「……ッ!」


 そして、そんな暴力の残滓の只中に、『殺人鬼』は立っていた。今はちゃんとした人型。片手に殺鎌ベルゼブブを持ち、石突きを地面に突いている。


「……まあ、そうでしょうね」


 無傷の女を見ても、梓に特に気落ちした様子はなかった。このくらいは予想していたと言いたげだ。

 聖剣を握る手に力が籠もる。慎重に少しずつ、『殺人鬼』との距離を詰めて行く。

 と、そこで気付いた。

 片手を腰に当てて、仁王立ちで、唇をキュっと結んで……彼女は、何だか怒っているみたいだった。


「あのねえ、貴方たちい」


 声色にも呆れと怒りが綯い交ぜになっている。


「そりゃあねえ、私は『殺人鬼』だしい? 貴女は『九条』だしい? 私たちは代理戦争をしているわけだけどお……いくらなんでもこれは無いでしょお。見てよあれえ」


 そう言われて、彼女の視線を追った。

 そこには穴だらけになったフラップキャビネット……と、幾つもの割れた瓶があった。どうやらお酒だ。あのキャビネットに陳列されていたらしい。中身を零して、床を濡らしている。

 女はがっくりと肩を落とした。


「苦労して集めたのにい……」


 か、彼女が集めたものだったのか。

 女は熱を上げて語る。


「もうちょっとこお……形式美って言うかねえ、そう言うのを大事にしてよお。折角の戦争なのに。天使と悪魔が絡むなんて珍しい戦い、七十年くらい生きてたって初めてなのよお?」

「……知ったことですか。むしろ私の預かり知らぬ所でくたばってくれればいいのに」

「ちょっとお、酷くなあい?」


 ねえ? なんて言いながら僕を見る『殺人鬼』。そんな会話をしている間も、僕は聖剣を握る手の力を緩めない。

 いつ襲い掛かってくるか、彼女は小鳥遊と違って解かり辛い。


「……まあ、良いわあ」


 女の躯が再び周囲を黒で侵食し始めた。

 じくじくじくじく、空気が淀む。

 口がぐいと笑みの形に歪んだ。


「何はどうあれ、こうしてイノチを頂けるんだからあ」


 殺鎌が持ち上がる。

 梓が超弓を構える。

 一触即発の空気。戦いの火蓋が切られようとしている。

 ……だが、僕はそれを無視して聖剣を下げた。


「あらあ?」


 女が不思議そうに首を傾ける。


「一つだけ、聞いても良いですか?」

「……何をしているのです」


 梓が後ろで怒っているのが解かる。だけど、戦う前にこれだけは聞いておかなきゃいけない。


「いいわよお」


 女が承諾するのを待って、訊いた。


「下の階の人たち。なぜ殺した?」


 僕の声は思っていたより冷静だった。

 女は質問の意味を考えるように眼を丸くして、


「ああ!」


 ぽんと手を叩いた。


「あの煩かった餓鬼たちのことねえ。はいはい覚えてる覚えてるう。……『殺人鬼』って言う存在柄、良く聞かれるんだけどねえ、その質問。なぜ殺したか。なぜ殺したか、ねえ。他の『殺人鬼』は知らないけどお、私にとっては理由は一つしかないわあ」


 女は胸に掌を当てた。


「――此処にね、イノチが在るのよ。貴方たちにも他の『殺人鬼』にも視えないみたいだけど、私には視える。生物の真ん中で紅く燃える、玉のようなイノチが在るの」


 貴方にも在るわよお? そう胸元を指差されて、落ち着かない気持ちになる。


「イノチはねえ、生物がどれだけ傷ついても弱っても、我慢強く中から出て来ないの。生物が死んだその瞬間にだけ、躯から飛び出してくるのよお。

 ――その時にね、輝くの。イノチって。

 まるで恒星のように一瞬だけ世界を光で満たすの。何もかもが真っ白になって、何もかもが消えてなくなって……。あの美しさは他にはないわあ。――私が生物を殺すのは、あの光を見るため」

「……そう。解かりました、ありがとう」


 これで気は済んだ。

 せめて、彼らの殺された理由を知りたかった。

 何をしても浮かばれることはないだろうけれど、理不尽なままの死はあまりに哀しいから。彼らの死に名前を付けたかった。

 ……勿論、所詮は生きている僕の感傷だ。亡くなった彼らにとってはどこまで行っても理不尽な死であることに変わりはない。

 だから、これは単なる僕の感傷。

 単なる僕の責任の話。

 見つめ、背負い、そして前を向く。


「始めよう」


 代理戦争、第二幕は静かに始まった。




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