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DECEMBER  作者: 竜月
三日目 Bohemian Rhapsody
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三日目 (15) 廃病院


 ……戦いはそんな風にして暫く続いた。

 僕が前線で斬り合って、実力差と経験差から危ない場面を何度も迎えるが、その度に風矢の援護で事なきを得る。女が梓を標的にした時は僕が全力で阻止する。

 こちらの傷は僕の制服が何箇所か裂けたくらいで、決定的な傷は受けていない。

 女にも今のところ何も当たっていないように見えるが、不定形故解からなかった。

 幾度目かの攻撃を退けて、息を吐く。

 女の動きがあまりに不規則で、攻撃が当たらない。避けるのも勿論一苦労だ。けれど梓は何も言わない。現在の戦況を続けていくと言うことだろうか。

 しかし、女が先に動いた。


「殺せないわねェ」


 突然、人の姿に戻って、十数メートル先の地面に着地した。

 久しぶりに姿を見せた女は、心なしか不満げに唇を尖らせている。

 警戒は続けながらも、梓が隣にやってきた。


「……及第点です」

「あ、ありがとう」


 一応褒められた、のか?

 梓はじっと動かない女を警戒しながら、辺りに眼を走らせる。


「……おかしいですね」

「何が?」

「……此処にはもう一人、私たちが来る前に『殺人鬼』と戦っていた人間がいた筈です」

「あ」


 そう言えば。


「……何故加勢してこないのでしょう?」


 梓の意図がようやく解かった。

 梓はある程度膠着状況を作りながら、もう一人の味方の加勢を待っていたのだ。そのもう一人の正体は解からないけれど、女と戦っていたと言うことは、『殺人鬼』と戦っていたつもりか、『悪魔』の契約者と戦っていたつもりのどちらか。ならばどう転んでも味方になる、と踏んだのだろう。

 しかし予想に反して、もう一人は動きを見せなかった。


「……不確定な第三勢力ですね。注意してください。私たちにとっても敵かもしれません」


 思わず周囲に眼を走らせる。

 森の中、建物の上や陰、どこにも人らしき姿は見えない。僕らの姿を遠くからじっと見ている、見られているかと思うと、不気味で嫌な感じだった。

 女が首を振って肩を落とした。


「ダメねェ。しょうがない」


 すると、まるで散歩に出かけるような足どりで、僕たちに背を向けて歩き出した。


「え?」


 あまりに無防備。

 予想外な行動に固まる。それは梓も一緒だったようで。


「……――チッ!」


 梓は僕よりも一瞬早く立ち直ると、素早く超弓を構えて風矢を放った。

 しかし女は背を向けたままで、空へ飛び上がってかわす。再び黒い布となって、そのまま空を跳ねるように建物の裏の方へと飛び去って行った。

 梓は風矢を放ちながら怒鳴る。


「……何をしているんですか! 追いなさい!」

「あ、ああ!」


 珍しい大声に追い立てられるように走り出す。

 その頃には女は既に陰に消えていた。

 翼の推進力も利用して走る。ただ飛ぶよりも、ただ走るよりも、羽ばたきながら走るとより速い移動が出来た。

 角を曲がる。

 建物の裏はすぐ森だった。間には1メートルほどの空間があり、土の地面を晒している。

 曲がった瞬間、黒い影が、割れた窓のこちらから十枚目辺りの窓から中に滑り込んで行く姿を見た。

 追い掛ける。そこまで走って、女が這入って行った窓から中を見た。

 内部はどんよりと黒く淀んでいた。曇天の弱い明かりは西向きの窓から奥部まで届いておらず、窓に面している廊下とそこにある部屋の入り口付近までしか見通すことが出来ない。部屋の奥は暗闇だ。割れた硝子や枯れ葉、そして煙草の吸殻や缶などが床に散乱していた。

 その中に、汚れた包帯や書類が混じっていた。部屋の入り口の壁にはネームプレートを入れるようなケースが付いている。

 矢張り、この造りは病院だ。

 追わなければ。

 邪魔になる羽を消して、窓枠に足をかける。

 そこで、やっと角から梓が姿を見せた。

 既に地面から足を浮かせていた僕は、横目でその姿を視界に捉える。僕の躯は病院の方へ入って行っているので、梓の姿は徐々に隠れていく。

 梓は僕の姿を認めて、そして声を荒らげた。


「……いけません!」


 何が?

 問う間もなく、僕は病院に降り立った。

 外と変わらない寒々しい空気が僕を包む。

 スニーカーが割れた硝子を踏みつけてじゃりと鳴った。


『シノブ!』

「――――――」

 

 しゃがんだ。

 と言うよりも、不格好に尻餅をついた。

 強かに打ったお尻がぱきぱき細かい硝子を割って。

 そして――、殺人鬼の鎌が髪の毛を掠めるように空間を刈り取っていった。

 頭上で窓の桟が千切れる。

 割れ残っていた硝子が降り注いできたが、躯を庇護する余裕はなかった。

 ほんの1メートル手前に、黒い淀みが浮いていた。

 外から見た時には全く解からなかった。恐らく奥の病室の暗がりと同化していたからだ。だが、下から見上げる角度になってみると明らかに他より暗い漆黒の塊がそこに在った。

 浮いていたのか。僕を待ち構えて。

 死んでいた。

 もう少しで死んでいた。

 僕がかわせたのは、病院に入る前の梓と、入った後のミカエルの忠告で何かあると身構えたため。そしてミカエルが意思を発したことによる指輪の黄金色の輝きのお陰だった。

 仄かに照らされた室内の中で、光を吸い込む黒い塊と、光を一瞬反射した鋼を見つけられたから。

 女が再び人の姿になっていくのを、見届けない。

 立ち上がらず、クラウチングスタートのように頭を低くしたまま地面を蹴って走り出した。女に背を向けて全力疾走、今はとにかく逃げることだった。

 自らの騒々しい足音が後から付いてくる。

 もっともっと速く。もっともっと遠くへ。

 背後への恐怖がもどかしい思いを加速させる。

 振り返りたい衝動を抑えて走る。すると、前方の窓から梓が膝を折り曲げて飛び込んできた。

 勢い良くジャンプで入ってきた梓は、着地で草履を滑らせながら超弓を構える。


「……頭を下げて!」


 思考せずに指示に従う。

 間髪入れず後頭部を突風が撫でて行く。

 頭を上げて良いのかどうなのか解からなかったので、体勢を低くしたまま走り続けた。


「……振り返って構えなさい!」


 梓にあと3メートルほどまで近付いたところで次の指示が出る。これにもそのまま従った。

 振り返り、右足で踏ん張って立ち止まる。

 そこには誰の姿もなく、病院はシン、とした静寂と仄暗い空気に包まれていた。

 息を荒げたまま聖剣を構える。走った疲れではなく、極度の緊張と恐怖で心臓が高鳴っているためだ。長く吸って、長く吐いて、少しずつ戻していく。

 梓が辺りを警戒しながら横に並んだ。


「……何堂々と相手の領域に飛び込んでいるんですかこのお馬鹿。暗闇は相手の得意分野ですし、室内じゃ私の援護が生きないでしょう」

「あ……」


 そうか。

 理解と同時に反省。そこまで考えが及ばなかった。

 僕も辺りに視線を散らしながら尋ねる。


「ハア、ハア。じゃあどうする? すぐにここ出る?」


 梓が飛び込んできた窓は並んでいた窓の一枚目だったようだ。出口はすぐそこにある。


「…………」


 考え込む梓。僕は梓と背中を合わせて辺りに睨みを効かせながら、梓の答えを待つ。

 その時、フ、と。

 眼の前を過ぎるように何かを感じた。



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