三日目 (10) 殲滅、それに繋がる残存
梓が口を開く。
「……『鬼』には、二つの種族がいます。――『殺人鬼』と『吸血鬼』」
殺人鬼。
吸血鬼。
物騒な言葉に自然と眉間に皺が寄る。
「……どちらも『鬼』に分類される『架空種』ですが、その性質、特徴は大きく異なります。……『殺人鬼』の特徴は、殺害と言う行為を好むこと。人間と比して高い身体能力を持つこと。不死ではないが長寿であること。――そして、頭に角を持つこと。……あそこにいるのは、『殺人鬼』です」
「『殺人鬼』……」
「……単に、『殺すことが大好きな下種』と理解して頂いても構いません」
そう言われて理解したつもりになれるほど、棘のない言葉ではなかった。
梓の言う『殺人鬼』が一般社会で使われる殺人鬼と同一なのかは解からないけれど、僕にとっては『悪魔』や『鬼』よりもよっぽど不穏で、不安を招く言葉だった。
そして同時に、この特殊な世界で、普段の日常の世界との共通語が生まれてしまったことも、僕の不安な気持ちを増大させていた。
僕は非日常の特殊な世界に巻き込まれて、そこで覚悟を決めて戦っていると考えていた。
しかし「殺人鬼」と言う言葉は、現実と繋がってしまった。
日常を侵食していく非日常。
境界を失ってどうどうと流れ込む。
「……その『殺人鬼』と我々九条家は、九条の史の何時を紐解いても激しい戦いを繰り広げています。そして今も――。先祖代々の輪廻する業は、九条の掟に姿を変えて、脈々と息づいています。
……曰く、『殺人鬼と見えし時、殲滅、それ以外の一切の行動を禁ず』と」
「な―――」
「……私は、大天使ラファエルの契約者で代理戦争の兵隊です。けれどそれ以前に、魔術一家『九条』の次期当主です。
……『殺人鬼』は、見つけた以上必ず殺します」
もしも『吸血鬼』だったなら、貴方たちにとっては好都合でしたでしょうにね。そんな呟きで、梓は一方的に話を終わらせた。
超弓を持ち、立ち上がろうとする。
『待って下さい!』
「待、待った」
それを僕とラファエルが止めた。
「……なんですか」
「ちょっと待ってよ! そんな、急に」
くそ、慌ててる。落ち着かなきゃダメだ。
深呼吸を一つ、首を左右に振って考えを纏める。
このまま戦いになって良いのか。いや、良い筈がない。そもそも必要のない戦いなのだ。僕たちの目的はサタンの存在か消滅を確認すること。悪魔と戦う必要は全くない。それは、梓も勿論承知している筈だ。
……そう。承知している。
だから、この論理では梓を説得できない。
って、おい。
……個人の事情で動いている梓を、何も知らない僕がどう説得すればいいんだ?
僕らから言葉が出てこないのを見て、梓はしゃなりと立ち上がった。
「……貴方たちはお構いなく。どうぞ此処で待機していてください。此れは言わば私怨のようなもの。貴方たちには無関係のお話ですから。ラファエルも待機していて構いませんよ? 契約者の戦いではありませんしね」
超弓を手首でくるくると回して、まるでガンマンのように背中の帯に引っ掛ける。使わないと言う意思表示だ。
僕は言葉を失った。
彼女は、一人で立っている。
姿形はまだ年端のいかない子どもなのに。
鳥。
まるで、僕が憧れた、大空を一羽で舞う鳥だ。
孤高で、誇り高く、どこまでも気高い。
「どうして」
勝手に口から零れた。
梓が怪訝な表情でこちらを向く。
――どうしてそんなに強いのか。
本当はそう聞きたかった。
何故君はそんなに孤高に立てるのか、と。
けれど、その質問が現状にそぐわないこともすぐに解かった。
だから、
「どうして『殺人鬼』と戦わなくちゃいけないんだ」
そんな風に、質問を変える。
ありきたりな質問に、梓は即答した。
「……ですから、九条と『殺人鬼』には特別の因縁がありまして」
「そもそもどうしてそんな因縁があるんだ」
反射的に質問を重ねる。
何故無関係の貴方に、と怒られるかもしれないと思った。けれどとにかく言葉を繋いで、彼女を止める取っ掛かりが欲しかった。
けれど。
――梓は、小さく息を漏らした。
もしかしたら笑ったのかもしれない。
そして、
「……経緯なんて私は識りませんよ。只――感情だけが残存しているんです」
その言葉で、僕が言えることはなくなってしまった。