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DECEMBER  作者: 竜月
三日目 Bohemian Rhapsody
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三日目 (8) 忘我


 チクタクチクタク。

 ドンドンキンキン。

 時計の音の代わりに、何かの音が遠くから響く。

 僕もいつまでも地面に横になっているのもあれなので、梓の隣に座って幹にうつかった。梓は顔を幹から突き出して辺りを警戒し続けている。僕はすっかり建物に背を向けていた。

 見上げると、枝と枝の隙間に灰色の曇り空が見える。

 ――一瞬、思考と躯が離れた。

 今は何時頃だったか。太陽は見えないけれど、曇り空の中空に強い輝きの滲みが見える。と言うことは昼頃かな。奈月はどうしているだろうか。僕が教室を飛び出す直前、訝しげに見ていた視線を思い出す。後で怒られそうだ。

 右手に持つ聖剣は地面に抱かれている。両手やお尻、地面と触れているところが冷たくて震える。

 僕は何をしているんだろう。

 こんなところで。

 僕は何をしているんだろう。

 空の中に鳥が飛んでいた。

 彼から、こんな僕はどう見えているんだろう。

 枯れた森に座りこむ、こんな僕は。


「ただい!」

「わあっ!?」


 見上げていた視界に、突然逆さまの楓の顔が現れた。驚いて仰け反って、後頭部を木にぶつける。


「あいたっ――フグッ!? モガモガ」

「……静かにしろと、言っているでしょう」


 小さな手に口を塞がれた。

 耳元に囁かれた声は静かだったけれど、手には捻り潰さんとするかのように力が籠もっている。痛い痛い。

 梓の顔がにゅっと眼の前に現れる。

 怖い顔で、


「……二度と騒がないと約束出来ますか?」


 モガモガと頷く。

 念を押すように睨みつけられて、ようやく解放された。


「……お姉様ももっと普通に戻って来て下さい」

「でもそれはほら、あちしのアイデンティティーってやつがさ」

「……腐ってしまえ、そんなもの」


 辛辣だ。

 とにかく、楓が様子を窺えるところを見つけたと言うので、全員で移動する。

 道中、あの建物で何が起きているのかを聞いた。


「だれかとだれかが戦ってるみたい」


 戦い……。

 固まりのような唾を呑み込んだ。

 梓の口調も重くなる。


「……姿は見ましたか?」

「かたっぽだけね。黒い髪のかたまりみたいなおんなと、お金持ってそうなおとこのふたり。誰かがふたりに向けて銃を撃ちまくってて、おんなはナイフで弾いて防いでたよ」

「じゅ、銃弾を」


 弾くって、そんなこと。

 少なくともその女性が僕と同じような一般人ではないことは確定した。姿の見えない発砲者の方も、発砲の時点で一般人ではない。

 緊張を噛み殺す。

 偵察の予定だった作戦は、明らかに様相を変え始めている。

 偵察の結果、戦いになってしまうと言う覚悟はあったが、既に誰かと誰かが戦っているなんて状況は想定外だった。

 しかしではこれからどうするのか。戦うのか? 退くのか? 窺うのか? 留まるのか?

 情けないことだが、僕は頼るように梓の顔を見た。


「……成程」


 こんな状況でも表情一つ崩さない、頼りになる年下の彼女を。


「……もう少し情報が欲しいです。私自身の眼でも見てみたい。偵察場所へ急ぎましょう」


 梓は結論を焦らず、楓に急ぎ案内を促した。


「……お姉様」


 ただ、短い道中一つだけ、彼女が楓に尋ねたことがある。


「……『鬼』は、どちらでしたか?」


 どちら、とはどう言う意味だったのか。

 結局楓は「見えなかった」と答えたので、その質問は有耶無耶のまま終わった。

 楓は速度を上げ跳ねるように(元々こう言う足取りではあったが)森を抜けて、


「にゃにゃーん! ここなのだ」


 一本の太い樹の前で立ち止った。


「この樹の上からならほんの少しだけど見えるはず。あいだの枝も何本か切ったしね」


 ぺちぺちと幹を叩く。

 僕は上を見上げた。

 随分と大きい、枝振りも良い立派な樹だ。高さもかなりあり、どのくらいから偵察するのかは解からないが、おそらく十メートルは登らなければいけないだろう。

 登れるだろうか……? 中学で武術を習い始める前、気弱で躯が小さくてついでにいじめられっ子だった僕に、木登りの経験なんてない。

 と、悩んでる僕を尻目に、九条姉妹は揃ってするすると器用に登り始めた。

 身軽な楓はともかく、着物姿の梓まで速い。

 超弓を帯に引っ掛けて背負った梓は、途中で下の僕を振り返り、


「……貴方も早くしてください。言っておきますが、羽を使うのは禁止ですから。こんな枯れた森で純白は目立ち過ぎます」


 僕がこっそり考えていた腹案を却下して、またどんどんと登って行った。

 迷いも容赦もない。

 梓の考え方はとてもシンプルだと感じる。最適な目的のために最適な行動を。そこには個人の思考や嗜好が絡まない。だから、鋭い彼女なら僕が一瞬躊躇したことくらい解かっていたのだろうけれど、そんなものは関係ないのだった。解かっても汲み取らないのである。戦いに必要でないものは。

 まあ簡単にいえば、やることやれと。


『どうしたの? 早く登ってよ。私も見たいんだから』


 ミカエルは僕が悩んでいることすら気付いていないみたい。


「……ふう」


 一端、聖剣を手元から消す。

 しょうがない。人生初の木登りに挑戦だ。

 しかし……我がことながら、今更木登り程度の初体験に怖気づくこともないだろうに。昨日の夜から、どれだけの初体験をしてきたかを思えば。


「これはこれで話が違うもんだな」


 小さなことでも、不安なものは不安らしい。

 言葉を零しながら、幹の窪みに爪先をかけた。



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