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DECEMBER  作者: 竜月
三日目 Bohemian Rhapsody
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三日目 (7) 緊張



 空を飛ぶことにはまだ違和感があった。

 昨日空いた穴から同じように突き出た羽に意識を通わせて、大きく緩やかにはためかせる。その様をイメージすると、羽は確かにその通りに動いた。

 眼下に望む街並みはとても小さい。間違っても誰かに見つかることのないように、高く高く上空を飛んでいる。風は冷たく刺さるようで、しっかりと羽織りたいコートも羽で捲くれ上がって叶わない。それどころか穴から冷気が滑り込んで容赦なく背中を撫でていた。

 六翼で優雅に前を行く梓と手にぶら下がる楓に眼を向けた。着物とスカートなんて薄着で彼女たちは寒くないのだろうか。

 尋ねると、


「……私の魔術で熱を起こしていますから」


 と言うことらしい。

 いや、僕にも!

 面倒そうに眉を顰める梓を拝み倒して、魔術をかけて貰った。小さな太陽を抱えたみたいに躯中の冷気が吹っ飛んだ。


「ミカエルは寒かったりしないの?」

『私はぜんぜん。景色が見辛くてつまらないけど、こういう時はいいかもね』


 ミカエルは羽を使う為に勿論誓約の宝玉の中に入っている。薬指で宝石がピカピカ光る。


「外ってどう言う風に見えてるの?」

『うーん、なんて言うんだろ、ガラスの容器をさかさにしてすっぽり被されてる感じ。めまぐるしく動くし、シノブのからだもジャマになっちゃって見づらいの』

「ふーん」

『あーやっぱつまんない! 出して出してー』

「わ、わ、そう言うわけにはいかないよ!」

「……お静かに。どうやら着きましたよ」


 静かな声に視線を下げた。

 背後には石楠花川、左には高い電波塔、そして眼下には枯れた木々の集まった寂しい山。その山に抱かれるように、朽ちた白い建物が見えた。


「……お姉様?」


 楓がすっと指を指す。


「うん。あれみたい」

「……解かりました。距離を取って降下します。付いて来てください」


 羽で空気を緩やかに掴むイメージで。

 梓の三つ編みカチューシャを見ながらゆっくりと降下していった。



 あの建物までの道は一応あるようだ。

 一応、と注釈を付けたのは、車一台半ほどのその道のすぐ両側はもう森で、割れや隆起の目立つコンクリートにはどっさりと落ち葉や枝が積もっていたからだ。頻繁に使われている様子はない。

 勿論そこは歩かない。目安になるよう遠目でその道を見ながら、平行を保って森の中を歩いた。ガサガサと落ち葉を踏み締める音が気になる。この音がもし悪魔たちに聞こえていたら――。そう思うと、ちょっとした死角や木の影などが怖い。聖剣を握る手に力が籠もった。

 先導の梓と楓は歩調を緩めず先へ進む。梓も既に超弓を手にしていて、辺りを鋭く警戒しながらも大胆に進んでいた。


「……見えました」


 二人が木の陰で立ち止まり、僕も傍まで行って足を止めた。

 多くの木々の隙間からほんの僅か見える白い外壁、まだ建物までは百メートル以上ある。


「……ここからは慎重に行きます。決して音を立てないよう……ッ、伏せてください!」

「うわっ」


 制服の胸元を引っ張られて、両手が塞がっていたので落ち葉の山に顔から倒れた。積もっていたので痛くはなかったが、泥や枯れ葉の屑が顔に張り付く。ひんやりと冷たかった。

 けれど文句は言わなかった。不快さはあったが、それ以上に緊張感が全身を包んでいたから。

 梓の行動には理由がある。

 考えなしにそれを尋ねるほど、僕も心の準備が出来ていないわけではなかった。

 伏せたまま、そっと梓に眼をやる。


「梓?」

「……静かに。聞こえませんか?」


 小さい躯をより小さく丸めて木の影にしゃがむ梓は、唇に人差し指を当てて、建物の方に耳を向けていた。

 僕も耳を澄ます。

 ――ォン、ドン――

 ――ィン、キィン――

 静寂の森の向こうから、低く重い炸裂音と、高く伸びやかな甲高い音と、その余響が聞こえた。


「一体何が?」

「……解かりませんが、どうやら契約者を確認して終わり、と言うわけにはいかなくなりそうですね」


 梓は厳しい表情でそちらを見る。

 少し考えて、


「……お姉様に偵察をお願いします」

「にゃんですと?」


 楓の声は上から聞こえた。見上げると、なんと楓は木の枝の上にしゃがんでいた。なんて身軽で器用な。でもちょっと……スカートの中が見えそうだから止めて欲しい。そそくさと眼を逸らす。


「……お姉様は気配を消すのが上手です。ですからあそこで何が起きているのか、そして出来れば私たちが目視することが出来る場所を探して来て下さい」

「ふむへむ。お姉ちゃん遣いが荒いなあ。ま、行ってくるぜ。妹そしてお兄ちゃんよ」


 そう言って、楓はスルスルと木を上に登って行った。


『大丈夫でしょうか?』


 梓のブレスレットが蒼く光って、ラファエルの心配そうな声が響いた。


「……待つしかありませんね」


 梓は幹に背を預けた。

 僕も、ただ待つことしか出来ない。



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