三日目 (6) 鬼
歌が終わり、
「ふう、つっかれたあ」
楓はお尻を支点にしてくるりとこちらを振り向いた。勿論、傾けば屋上へ真っ逆さまだ。心臓に悪いから止めてほしい。
「……どうでした?」
「うん。いたいた。いろんな『架空種』がわんさか!」
「本当に街一つ判別したのですか……!」
ラファエルは驚いているけれど、僕としては『わんさか』って部分のが気になった。僕が七歳から過ごしてきたこの街に……一体何がいるのやら。知りたいような知りたくないような。
「……天使と悪魔は?」
「んーとね、天使がひとつと悪魔がふたついたかな」
両手で指折り数えた楓は、再びくるりと回転して足を空に晒す。だからそれは止めて。
「あっちに天使がひとつ。あっちに悪魔がひとつ。それに空の上に悪魔がひとつ」
楓は最初に街の中心、次にずうっと川向こうの西南の端、最後に宙空を指差した。
梓は薄く笑みを浮かべる。
「……三体か。上出来ですね」
「けどね、ちょっくら不思議ちゃんがいるんだけどさ」
楓は首を傾げながら、二つ目の西南の方向を指差した。
「この悪魔、となりに『鬼』がいるにゃん」
「…………!」
梓の表情がはっきりと変わった。
遠い遠い、まだ見えぬ悪魔の話なのに、まるで臨場しているかのような緊迫感を漂わせる。
顎に指を当てて考え込み始めた。
オニ?
最初に思い描いたのは桃太郎。他にも色々な創作物で登場する鬼たち。
意外と馴染み深い単語ながら、しかし聞き慣れない単語に眉を顰めた。
梓が僕の表情に気が付いた。
「……『鬼』は現存が確認されている『架空種』の一つです。人間と同じように魔法は使えませんが、身体能力や考え方などは人間と大きく異なり、『架空種』の中でも特に人間に害をなす危険な存在です」
危険。
呼吸が浅くなった。
「それが、この街にいるって?」
「……はい。悪魔と一緒に」
梓は難しい表情で虚空を睨み、
「……その悪魔を偵察に行きましょう」
一瞬、痛む右腕の筋肉が引き攣った。
「……『鬼』と『悪魔』が共在するなんて事態は、今回の代理戦争時でしか起こらない突発異状です。何を企むか、何を仕出かすか解かったものではない。……放っておくのは危険です。居場所が解かったのは僥倖。移動されて解からなくなってしまう前に、そして代理戦争の序盤の内に、その契約者と『鬼』と『悪魔』の姿を確認しておきましょう」
淡々とした声が、耳から沁み込んでくる。
自分の唾を呑む音がいやに大きく聞こえた。気が付くと少し息が荒い。耳の裏で激しく流れる血脈の音を感じる。
――悪魔とその契約者に遭う。
目的は偵察だ。戦いに行く訳ではない。昨日のようなことにはならない。
だが、それは単なる期待であって事実ではないのだ。
戦いは最早どこにでも起こり得る。
いつだって傍らに剣を。
高まる緊張と小さな震え。けれど、立ち止まるわけにはいかなかった。
「解かった。行こう」
覚悟を決めるいつもの儀式はしなかった。それはもうさっきやっていて、それからずっとスイッチは入っているのだから。