三日目 (5) ウタウタイ
『~~♪~~~♪~~♪』
歌詞のない、メロディだけのハミング。
さっきの錯覚そのままの暖かい雰囲気の緩やかな音楽。
途切れることのないその歌は、声と声、音と音が幾重にも重なり合うことで、響きを増していく。大きくなった音楽は世界に向けて発信されていた。
「……あれが、お姉様の魔術です」
梓が歌の邪魔にならない程度の小声で囁いた。
「……お姉様は歌うことで世界の理と繋がり、歌うことでその力を顕現させます。今歌っている魔術歌はお姉様が『100万人コンサート』と名付けた、私たちの作戦の重要な鍵となる魔術です」
改めて歌に耳を傾ける。
僕には只の綺麗に響く歌にしか聞こえないけれど、これも魔術なのか。ミカエルとラファエルも興味津津に楓を見ている。
僕も小声で尋ねる。
「けどそれってさ、話して良いの? さっきは聞いた時はあんなに怒ったのに」
……私は決して感情を荒げたりしておりませんが、と梓は口を尖らせて反論してから、
「……お姉様の“魔術歌”は一般的な魔術的体系とは大きく異なっており、識ったところで真似することなど出来ませんから。そもそもこれは『九条』の継承魔術ではなくお姉様の独創。世界との繋がり方も音節も理論もお姉様の頭の中にしかないのです」
梓は歌い続けている楓から眼を切り、僕とミカエルとラファエルに向かって話し始める。
「……『100万人コンサート』の能力は“『架空種』の察知”。一定範囲の中にいる『架空種』――人間以外の存在をそう呼称するのですが――それを感知することが出来ます。今回の代理戦争において、この魔術が幾つもの重要な役割を担っています。
……先ず第一に、最終目的であるサタンの発見です。見つかってしまえば全て解決ですが、まあ過度な期待は致しておりません。観測出来ないから、今回の戦争が始まっているわけですし。
……第二に、残り三組の天使とその契約者を見つけることです。情報を共有し合って協力体制を組めば、サタン発見にも悪魔との戦いにも有利に働くでしょう。
……第三に、悪魔とその契約者を見つけることです。彼らの情報、つまり誓約武器や特異魔法の情報は、戦うにしろ回避するにしろ必要になります」
……私たちが貴方と悪魔の契約者との戦闘に介入出来たのも、此の魔術のお陰です、と梓は言った。
「……ただし、この魔術の使用には幾つかの制限があります。先ず一日に一度しか使えません。理由はお姉様しか知りませんが……、まあそれなりの大魔術だと言うことでしょうか。次に“誓約の宝玉”に入っている天使や悪魔は感知出来ません。誓約の宝玉とは大変な逸品ですね。天使との契約なんて法外なことだけでなく、中に入る天使の痕跡の一切を残さないような仕組みになっているなんて。……余談ですが、それ故に最初に貴方を感知した時も、感知出来たのはミカエルだけで、悪魔の方は感知出来ていませんでした」
貴方が考えなしにミカエルを連れ回していたお陰です、と言われたがどう考えても褒められていない。
「……只でさえ目立つ天使や悪魔ですから、街中などでは“誓約の宝玉”に入っている可能性が極めて高いです。――しかし、例えば居住地などでは“誓約の宝玉”から出すこともあるでしょう? それを狙います」
このような感知系の魔術を想定されていなければですが、と梓は一先ず話を区切った。
『~~~♪~♪♪~~♪』
歌は朗々と続いている。
「……今回はこの街全てを範囲対象としていますから。多少時間がかかっていますね」
「街全て!?」
ラファエルが声を上げた。
「すごいわ……天界では天使三人がかりでサタン一体の動向を把握していたのに。街全ての人以外の存在をたった一人でなんて。一体どうやって?」
「……だから、それはお姉様にしか解かりません」
その時、無表情で造り物のような梓の顔に一瞬、険のような、影のようなものが過った気がした。
けれど、それはすぐに怜悧な表情の中に溶け込んで、解からなくなってしまう。
見間違いのような刹那だったが、どうしてか強く印象に残った。
『~~♪~~~♪……』
そして、歌が終わった。