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DECEMBER  作者: 竜月
三日目 Bohemian Rhapsody
42/63

三日目 (4) 『橙』



 頭を下げた。


「ミカエルも。ごめん」

「そうよ。これからはわたしもちゃんと連れてってくれないと困るわ。わたし一人じゃラファエルが家から出してくれなくて暇なんだから」


 口を尖らせるミカエル。

 彼女らしいその明るさに小さく笑みが零れる。


「それではこれからのことを話し合いましょうか」


 ぱんぱん、と手を叩いてラファエルが話題を変えた。重かった空気も多少緩む。ありがたい。そう思ってラファエルを見ると、彼女からは小さな笑顔が返ってきた。


「では梓さんから」


 はい、と梓は姿勢を正す。


「……意識を統一しましょう。私たちの最終目的はサタンの存在、所在、或いは消滅を確認することです。その為に、先ずはお姉様の魔術を使います」

「出番かにゃん。よっし!」


 梓が促すと、楓はジャンプするように立ち上がって、勢い良く窓に歩み寄り――そのまま、ごつん、と強化硝子に顔をぶつけた。

 その場に力なく崩れ落ちる。

 あまりの衝撃に、思わず見てるこっちの顔まで引き攣った。

 ……だ、大丈夫か?

 ぺたりと座り込んで、ラファエルに赤くなった顔を撫でられている楓は、涙目で梓を見て、そして無言で窓を指差した。

 う、恨めしそうだ。て言うか、さっきまであの窓に張り付いていたのになんでぶつかる。

 梓は大きな溜め息を吐いた。


「……何やってるんですか」

「だ、だって! 透明なのが悪いと思わない?」

「……まったく」


 梓は立ち上がって硝子に近付くと、そっと中心に手のひらを置いて、そして眼を閉じた。

 止め処なく、言葉が零れ出す。


「……いと貴き『九条』の名において六大に命じ、太虚に命ずる。『橙』もれ。『橙』もれ。『橙』もれ。『橙』もれ。『橙』もれ。『橙』もれ。『橙』もれ――」


 梓は同じ言葉を何度も何度も繰り返す。その言葉は狭い展望台でうわんうわんと反響して、やがて僕の耳に届く音は彼女の口元と合わなくなる。

 そして――何かが凍りつくような、それとも逆に砕けるような音が聞こえた。

 声が止まる。

 梓の手を中心に、硝子に一筋のヒビが入っていた。

 一本でも入ってしまったヒビはあっという間に全面に広がり、そして、


「……『橙』もれ」


 その一言を待っていたかのように、硝子は無残に砕け散った。

 崩れ去る甲高い音は、眼下へ落ちて行く硝子とともに小さくなっていった。


「…………」


 一片の欠片も残さず落ちて、ぽっかりと開いた四角い枠だけが残る。

 吹き込んだ寒風で、混乱は急速に冷めた。


「な、なにやってんの!?」


 梓はムッとした顔で振り返って、


「……そうやって無邪気に尋ねれば私が答えるとでもお思いですか? 先程も言ったように魔術的財産とは魔術一家にとって最重要な秘匿中の秘匿。例え命と引き換えにしてでも黙して語らぬ、と言うのが魔術社会の常識で――」

「そんなことじゃなくて! 窓、窓!」

「……はい?」


 梓は一度割れた窓を振り返り、そしてまた視線をこちらに戻す。


「……これが何か?」

「何かって」

「……お姉様の魔術行使の障害になりましたので除外しました。それだけですが」

「…………」


 梓の淡々とした口調と真っ直ぐな眼を見て、僕は後に続けようとした言葉を諦めた。

 彼女は硝子を割ったことなんて意にも介していない。疑問にも思っていなければ、罪悪感を持ってもいない。本当に、ただ邪魔だったから排除しただけだった。割ったことを問い詰める僕の言葉なんて、解かって貰えるわけがない。

 参った。これじゃまるっきり異文化コミュニケーションじゃないか。

 申し訳なさそうな苦笑を浮かべている天使のラファエルの方がよっぽど共通意識を持てる。隅っこで「さぶさぶ」と体操座りで丸まったミカエルは、若干近すぎるような気がするから微妙だ。


「……お姉様」

「よっしゃ、今度こそまかせろい!」


 楓は硝子のなくなった窓を身軽にひょいと飛び越える――って!


「あ、あぶ――」

「待つが良いにゃん」


 僕が思わず身を乗り出すのを解かっていたかのように、楓は僕を手で制して、淵に堂々と腰掛けた。


「ちっちっち。少年よ。心配には及ばにゃい。猫はこの程度の高さから落ちたってぜんぜん平気なのだ。あちしは猫じゃないから死んじゃうけどね」


 とぼけるだけとぼけて、楓はくるりと空を仰いだ。

 冷たい風が楓の癖っ毛をはらはらと揺らす。空は隙間なく雲が立ち込めて太陽光は滲んでいる。

 ――それなのに。

 楓が両手を淵について足をぶらぶらと揺すり、気持ち良さそうに眼を閉じている姿を見ていると、まるでそこだけは春の心地良い日溜まりであるかのような錯覚を覚えた。

 そして――歌が聞こえた。



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