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DECEMBER  作者: 竜月
三日目 Bohemian Rhapsody
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三日目 (2) 和む


 僕がその事に気がついたのは、キッチンの惨状を見ながら、ラファエルの手伝いの申し出を丁重に断って、今度料理を教える約束をして、さあどこから片付けようかと考え始めた時だった。


「あ!」


 リビングに顔を出して時計を見る。

 時刻は六時八分。

 ――もうすぐ、いつもなら奈月がやってくる時間だ。

 居間には一人の外国の女性と二人の少女。

 そして僕。

 そして奈月。

 …………大変だ。

 キッチンの片付けを投げ出して二階へ走る。ラファエルは不思議そうにしていたが悪いけれど説明の時間はない。

 自分の部屋に入りカーテンを開けて、クローゼットから制服を取りだそうと思ったら、壁にハンガーで掛かっていた。そう言えば昨日は着たまま寝たはずだ。包帯を含め、着替えさせてくれたのもきっとラファエルだろう。後でちゃんとお礼を言わなきゃ。

 そんなことを考えつつも、超特急で服を脱ぎ捨てて制服に着替える。

 ワイシャツを着て、ズボンを履いて、ベルトとネクタイを締めて、上着に袖を通して、


「……げ」


 通した腕が肘から飛び出した。

 よくよく見ると、制服の至る所が小鳥遊から受けた切傷で大なり小なり裂けまくっていた。更には背中に二つ、羽が突き出したと思われる大穴が空いている。元々の布の黒色で解かり辛いけれど、内側には血も滲んでいるような気がする。

 ……ギリギリ、まだ服、だろうか。

 後で買うにしろ縫うにしろ、ワイシャツのように代えがない以上、今日はこれを着て行くしかない。

 黒のコートで傷を隠して、鞄を持ってさあ学校に、と思ったら今度は鞄がなかった。


「あれ?」


 見回すけれどどこにもない。

 腕組みで唸る。

 昨日のことを思い返して、


「ああっ!」


 そう言えば、昨日のいつからか鞄がない!

 どこだろう。ミカエルを助けた時だろうか。空を飛んだ時だろうか。小鳥遊と戦っている最中だろうか。

 なんにせよ、ない。


「うわー、マジか……」


 財布もノートも教科書も携帯電話もあの中だ。

 ノート教科書はどうにかなる。携帯電話もまあそれほど使わないから止めればよし。ただ……家にも分けて置いてあるとは言え生活費はどうしたものか。


「はあ」


 大きな溜め息を吐いてベッドに腰掛ける。


「むぎゅ」

「んん?」


 何やら変な音と妙な感触がした。

 立って布団を捲る。

 そこに、真白い天使が丸まっていた。


「むーんむーん」


 お腹辺りに座られたせいか、寝苦しそうに寝返りをうったミカエルだが、暫くするとまた「ふみゅ」と安息を取り戻して静かに眠り始めた。

 姿が見えないと思ったらこんなとこで眠っていたのか。

 そのあんまりに幸せそうな寝姿に、急いでいることも落ち込んでいることも忘れて和む。


「ずっと年上の筈なんだけどな」


 カーテンから射し込んでくる淡い光。

 白いシーツに包まれた白い彼女は、光暈を起こしているように目映い。

 まあゆっくり寝かしておいてやろう。

 さっき開けたカーテンを閉め直す。

 布と布の境目を閉じ切る直前。

 道路に奈月の姿が見えた。


「……やばッ!」


 部屋を飛び出して、階段を駆け降りる。


「忍さん。どうしたんですか?」

「ごめん、その扉閉めて!」


 不思議そうに居間の扉から顔を出したラファエルを片手で制して、居間の扉を閉じさせる。

 ほぼそれと同時に、勝手に鍵が回って玄関の扉が開いた。


「お邪魔するわよ……って何やってんの忍」


 今日も今日とてチェックのマフラーをぐるぐる巻いた奈月は、僕がいたことに驚き、そして変な格好で固まっている僕を見て眉を顰めた。


「あ、ああ。なんでもないよ、おはよう」

「おはよう。今日はもう起きてる……上に準備まで出来てるのね」

「うん」

「……一体どう言う風の吹き回し?」


 僕の格好を上から下まで見回した奈月は、明らかに何かあるんではないかと怪しんでいる態度だった。さすが鋭い。早起きしたってことなんだから普通に感心してくれたっていいのに、彼女はそうは受け取ってくれない。

 だから「昨日早くに寝たから」とか「たまにはこう言う日もあるよ」とか説明しても、きっと百%納得はしないだろう。微妙に心に引っかかったままになるはずだ。

 普段なら別に良いけれど……今は僅かなしこりが致命的だ。リビングに一歩でも立ち入られればアウトなんだから。

 だから、


「実はさ、」


 僕は用意してあった完璧な理由を騙る。


「昨日、道場の帰り道にどこかで鞄を落としちゃったみたいなんだよ。だから朝一で探そうと思って」

「はあ? 何やってんのよドジね」


 よし。疑われていない。

 当然だ。これは嘘じゃなくて、本当のことなんだから。

 嘘を語る時は真実を交えて話す。それが上手に騙す為のテクニックだ。


「一緒に探してくれる?」

「面倒ね」


 腕組みをしてしかめっ面で、本当に面倒くさそうな彼女だけど、それでも断らずに僕が靴を履くのを三和土で待ってくれている。

 やっぱり良い奴だなあ、と心から思った。



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