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DECEMBER  作者: 竜月
三日目 Bohemian Rhapsody
39/63

三日目 (1) 朝陽



      ☨


 変えられないモノ

 触れられないモノ

 逃げられないモノ

 あなたのモノ


      ☨



      3



 事件は朝から始まった。

 焼き目の香ばしい匂い。

 パチパチ油の跳ねる音。

 そんな馴染みのない気配で目覚めた僕は、馴染み深い天井を見上げて夢と現の狭間を漂った。

 ここはリビングか。

 温かい。

 床に沈んでいるみたいだ。

 躯に毛布が掛かっている。

 良い匂いがする。

 なんで僕はこんなところで寝ているんだろう。

 なんで……、


「―――あっ!」


 飛び起きた。

 けれど、


「痛っ!」


 支えた腕が痛くてまた倒れる。

 な、なんだ? 腕――特に右腕――が激しく痛んで、力が入れられない。脱力している状態でも、熱のような痛みが腕に残留していた。

 躯に眼をやる。

 気づく。眠った時と、服装が変わっていた。昨日はまるで倒れ力尽きるように眠ったので、学校へ行ったままの傷だらけの制服とYシャツだった筈なのだが、今はクローゼットにしまってあったトレーナーに変わっていた。

 襟刳りを引っ張って中を覗くと、白い包帯がぐるぐると巻かれている。血も滲んでいなかった。

 誰かが治療してくれたようだ。


「あ、起きたんですか?」


 ソプラノの声がかかった。

 無様に寝転がったままそちらを見上げると、ふわふわと白いベール衣装の上に僕のエプロンをつけたラファエルが木しゃもじ片手ににっこりと微笑んでいた。

 窓から射し込む冬の朝陽。

 透けて見える繊細な金髪。

 白いベール服にエプロン。

 それに木しゃもじ。

 何だか夢みたいな光景に言葉を失う。


「? どうしました?」

「あ、す、すいませ――痛あっ!」


 慌てて躯を起こそうとして、また腕が痛くて倒れた。解かった。この痛みは筋肉痛だ。


「だ、大丈夫ですか!?」


 ラファエルに支えられて躯を起こす。

 毛布の隙間から滑りこんできた冷気が背中を撫でて、震えとともに意識が覚醒に向かった。


「ありがとうございま、す……」


 ラファエルにお礼を述べようとした僕の言葉は、リビングの光景を視界に収めるに連れて尻すぼみに消えた。

 僕の向かいには、躯をすっぽりと炬燵に入れて顎をテーブルに置き、気持ち良さそうに口を緩めてスヤスヤと眠る楓がいた。

 朝のニュースを流しているTVの前には、そこにいられると他の人が見えないほどの近距離に座布団を置いて、綺麗な正座で画面にかぶりついている梓がいた。

 僕の傍には、心配そうな表情を浮かべる木しゃもじ片手のラファエルがいた。

 いったい此処はどこの異界だ。

 そう言いたくなるほど、慣れ親しんだリビングは違和感だらけだった。

 三人の姿を見て、はっきりと昨日のことを思い出す。

 天使。悪魔。代理戦争。魔術。

 ああ、やっぱり夢じゃない。夢だった方が良かったのか、それとも反対なのか、どっちなのかは解からないけれど、とにかく夢じゃないと思った。

 さて、違和感のどこから触れていくべきか。こっちに気付きもしない九条姉妹よりも、とりあえず傍のラファエルからにしよう。


「おはようございます、ラファエルさん」

「おはようございます。お体の具合は大丈夫ですか?」

「まだ腕は痛いですけど……、それ以外はなんとか大丈夫そうです。ラファエルさんが手当てしてくれたんですか?」

「ええ。勝手に包帯使ってしまってすみません」


 そう言って頭を下げる。

 いえいえ。僕は首を横に振りながら心中とても感動していた。丁寧に手当てをしてくれた上に、どう考えても親切故の勝手まで詫びるなんて。

 なんて慈愛に満ちた人なんだろう。

 まさに彼女みたいな存在が、人間が天使さまに持っている一般的なイメージだと思う。ラファエルが「私は天使です」と現れていたら、もしかしたらすぐに信じていたかもしれない。

 ……口を尖らせて拗ねるミカエルの姿が見えたような気がした。そういう仕草をするから天使っぽくないんだぞ、と自分のイメージに自分でツッコミをいれる。


「ありがとうございました」


 手当てのお礼を言って、さて次に気にかかるのはその似合っていない木しゃもじだ。

 僕の視線に気がついて、ラファエルは恥ずかしそうに後ろ手に隠した。


「あ、その、実は料理に挑戦をしてみたんですけれど……」

「ホントですか! 嬉しいです。お腹ぺこぺこなんで」


 思えば昨日の昼以来何も食べていなかった。食事どころではない事態の目白押しだったので気にならなかったのだが、料理と言う言葉を聞いた途端に猛烈な空腹感が押し寄せてきた。

 立ち上がる。脚は痛くない。


「実は天界にいた時から料理にとても興味があったんです」

「へえ。そうなんですか」


 嬉しそうなラファエルと一緒にキッチンへ向かう。

 移動に合わせてキッチンの様子が徐々に大きく視界に入ってきて、

 ――あれ? 興味があったって……。

 そして、キッチン。


「…………」

「初めてやったんですけど、料理って難しいですね。すぐ焦げちゃいますし、上手く色もつきませんし」

「…………」

「そういえば、火ってどこにあるんですか? キッチンには火が付き物だって聞いていたんですけどありませんでした。今回は梓さんに燃やして貰いましたけれど……魔術で燃やすんじゃないですよね?」

「…………」


 シンクには丸焦げになったフライパンや鍋。

 皿の上には丸焦げになった素材的なナニカ。

 壁や天井のそこかしこに薄っすらと焦げ跡。

 ああ。

 なるほど。

 ラファエルは天使だもんな。

 天界で料理なんてしないよね。

 いかに難しかったかを楽しげに語るラファエルに、僕が浮かべた笑顔はきっと引き攣っていた。




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