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DECEMBER  作者: 竜月
二日目 天使
37/63

二日目 (27) ひとときの休息


「……さて、話はこれくらいでしょうか」


 梓はベンチから立ち上がる。

 僕も立ち上がったのを見て、話にすっかり飽きて、うろうろと興味深げに街並みを眺めていたミカエルが戻って来た。

 ちなみに、楓はとっくにラファエルの背中で眠っていた。

 再び歩き出そうとして、一旦止まる。


「そう言えば梓たちは家どこなの? さっきから僕の家に帰る方向で歩いてたけど」


 そう言って彼女たちの顔を見ると、ラファエルは困ったような苦笑を浮かべて、楓はぐっすりなので除外、梓はとても不思議そうな顔で首を傾げた。おかしいな、僕はそんなに変なことを聞いただろうか。

 梓が言った。


「……何を仰っているのですか? 私は貴方の家に案内してください、と言っているんです」

「まだ話があるの? でももう夜遅いし、一度家に帰った方が」

「……ですから、貴方の家に案内してくださいと言っているんでしょう」


 話が噛み合わない。

 頭の中で整理する。僕は夜も遅いから家に帰った方が良いと主張して、彼女はだからこそ僕の家に来ると言っている。

 ……あれ?


「もしかして、僕の家に来る、ってことなの?」

「……もしもではなくそうなんです。私はそのように述べたつもりでしたが?」


 ああ成程ね、そこで食い違っていたのか。

 やっと話が繋がった。

 つまり大問題だ。


「ム、ムリムリムリだって! そんないきなり言われても」

「……無理とは言わせませんし、いきなりでもありません。私は言いましたよ? 『天使の契約者になって、悪魔を討つ為にやってきた』と。私たちの一家は遠方にあり、この地での拠点を必要としています。私が貴方に協力を申し出たのは、こう言う協力も含まれていたからですが」

「だからと言ってこの人数は……」


 金髪の女性二人に、幼い美少女二人を家に連れて行く自分を想像する。

 ガチャ。

 ただいまー。

 おかえりなさいおにいちゃ――はい終わった。


「五秒持たずか……」


 最悪そうなる。例え運良く二階の部屋に通せたとしても、これから暫くの間この彷徨娘(ミカエルと楓のことだ)たちをバレないように管理しなければならないのだ。

 ……そっちもムリだ。絶対途中でバレる。しかも途中でバレたらきっと余計に怒る……。


「あの、忍さん?」


 想像から覚めて顔を上げると、心配そうに眉を顰めたラファエルが僕を見ていた。


「なんでしたら私とミカエルは“誓約の宝玉”に入っていることも出来ますし、数に入れなくて大丈夫ですよ?」

「ええー! せっかく地上にきたのに、宝玉のなか? わたしもっと景色が見たいのに」

「こら、ミカエル!」


 言い合いを始める二人と、むーっと厳しい顔で僕を睨んでいる梓を見る。

 ああ、もうどうしようか。

 確かに頭を悩ませる問題だけど、実はもうあんまり思考が回っていない。

 今日一日、色々なことがありすぎて、心にも躯にも強烈な重力を感じる。

 落ちて沈んで、動けなくなってしまいそうだった。


「解かりました。僕の家に行きましょう」


 もう今日はそれで良い。薫さんと小夜もこの時間ならもういないだろう。

 やった、と跳ねたミカエルが抱きついてこようとするのを避ける。大人のなりで無邪気な振る舞いをしないで欲しい。ドキドキしてしまうから。

 ミカエルは不満そうだった。


「その代わり家に入る時だけは、ミカエルとラファエルさんは宝玉の中でお願いします」


 念のためだ。誰が見てるか解かったもんじゃない。

 これから暫く家に居るってことは、とりあえず九条姉妹の二人を隠し通すのは不可能そうだ。もう明日辺り早めに紹介してしまおうと思う。ミカエルとラファエルは……、ああもう、明日野となれ山となれだ。

 ラファエルは当然了承、むしろ僕を心配する素振りさえ見せてくれたが、ミカエルは渋い顔をした。そのくらいは予想してたので即時却下。部屋に入ったら好きにして良いと言うと、「まあそれならいっか」と納得してくれた。


「よし、帰る!」


 大声で宣言。でないと萎えそうだから。

 良い言い訳を考えながら、気持ちゆっくりと家路を辿った。




 結論から言おう。

 家には誰もいなかった。

 正確にはいたけれど、僕があまりに遅いので薫さんが小夜を引っ張って帰ったらしい。そう書置きが残してあったし、気付かなかったけれど携帯にもメールと不在着信があった。

 予想通りで良かった。

 普段なら道場は七時過ぎには終わり、八時過ぎには家に帰って来ているのだが、家に着いて時計を見たらもう十一時を回っていた。そりゃ帰るだろう。

 思えば、あれだけ大変な出来事があったのだ。

 家に帰り、いつもの光景を見ると、何だか夢のようだ。

 僕の人生の中で最も長い一日だった。驚くほど時間が流れたと言うより、ミカエルと会ったあの時から時間の流れそのものを感じていなかった。

 それはきっと、僕がどれだけ今日と言う日を濃密に生きたか、その証明だ。

 とにかく、もう、疲れた。

 楓と梓を両親の寝室(だったらしいが思い出はない)に通して、ベッドに新しいシーツを敷いて掛け布団を出してベッドメイク。その後ラファエルとミカエルを僕の部屋に入れて、僕自身は毛布だけ抱えてリビングに降りて炬燵に入り込んで――そこで限界を迎えた。

 もう動けない。

 傷だらけの躯と制服で、ぐったりと横たわる。

 意識しないようにしていたけれど躯中が痛い。

 襟刳りから覗くYシャツが血に染まっている。

 閉じかけた瞼で見た景色だから気のせいかも。

 そうだったらいいな。

 血とか痛いのとか嫌だな。

 ベッドメイクの時点でもう殆ど限界を迎えて、ラファエルとミカエルにはろくな説明もなく部屋に放り込んでしまったけれど、大丈夫だろうか?

 解からない。

 て言うかもう無理。

 天使。悪魔。戦争。竜。魔術師。魔術。魔法。聖剣。水斧。超弓。九条楓。九条梓。小鳥遊真人。エトセトラエトセトラ。

 色々なことを考えなきゃいけない。

 色々なことをしなきゃいけない。

 けれど、それは明日に回そう。


 今日はもう意識を手放して。

 沈むように、おやすみなさい。




      ☨

 

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