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DECEMBER  作者: 竜月
二日目 天使
31/63

二日目 (21) 特異な月


「……続きをお話してよろしいでしょうか」

「あ、ごめん。どうぞ」


 梓がぬっと会話に顔を出した。彼女は相変わらずの無表情ながらも、何処となく不機嫌そうな声色だった。ちなみに楓はもう興味なさげでぶらぶらとうろつきながら、夜空を見上げて唄を口ずさんでいる。変わった姉妹だ。


「……ではお姉様のことですが、お姉様は私と違い契約者ではありません。と言うよりも、私たちの前に大天使ラファエルが現れて、私とお姉様どちらが契約するかと言う選択をすることになり、私が契約を申し出て、お姉様はサポートに回りました」

「とりあえず、敵ではないんだね?」

「……ええ。むしろ味方と言ってもいいでしょう」


 ほっと胸を撫で下ろした。とりあえず戦わなくても良いと解かった安心と、幼い彼女たちとは言え、味方と言う言葉が僕にはとても心強かった。

 梓と眼が合う。その冷静な瞳にちょっと恥ずかしくなって、喜びをひっこめた。


「……何か、言うことがあるんではないですか?」

「え?」

「……私たちに何か言うことがあるんではないですか? と言っているんです」


 頑なに主張する。

 そう言われても、一体何のことやら全く思い浮かばない。

 考え込む表情に気付かれたのか、梓の眉がほんの少しきりりとつり上がった。


「……まさか、解からないとでも?」

「え、えっと」

「……ほんの数分前の恩を忘れるとは、貴方はある意味見上げた人間ですね。御先祖は鶏ですか?」


 良く解からないけれど、絶対馬鹿にされている気がする。かなり年下の女の子に。

 数分前の恩……。

 ――理解できない真っ赤な感情が溢れた、死の瀬戸際を思い出した。


「あ、もしかして助けてくれたこと?」

「…………」


 梓は何も言わないけれど、


「どうもその節は、命を助けてくれてありがとう」

「……ええ。どういたしまして礼には及びません」


 どうやら正解だったみたい。

 思いっきり礼を求めた癖によく言う、とは間違っても口に出さない。そんなトラブルメーカー発言は願い下げだ。

 ただ一つだけ安心したことがあった。

眼の前の子、九条梓は何だか随分と大人びた無口な子どもだと思っていたけれど、意外と年相応、わがままでお喋りなのかもしれなかった。謎めいた彼女に感じた初めての手応えだ。勿論、それも言わないけれど。

 今までラファエルと話していたミカエルが、興味津々でこちらにやってきた。


「ねえ、あれはなんだったの? あの攻撃。急に地面に穴が開いたけど」

「……まあいいでしょう。お教えします。序盤で見つけられた同じ天使側の契約者と言うことで、これから先の戦い、協力体制を組むことになるでしょうからね。拷問されても喋らないでください」


 ぶ、物騒な。

 梓が左手を前に突き出す。和服の袖から顕わになった細い手首には、ホワイトゴールドのチェーンに手の親指の爪先ほどの蒼い宝石が煌めく、美しいブレスレットがついていた。


「……この宝石はブルーサファイア。ラファエルとの“誓約の宝玉”。ラファエル、入ってください」

「はい」


 ラファエルの姿が消えたと同時に、ブルーサファイアが強く煌めいた。


超弓ラファエル


 その言葉に呼応して、それは顕れた。

 僕の身長よりもずっと長い、彼女が持つにはきっと長すぎる弓。石で出来ているようだけど、ぐにぐにと撓りもする、不思議な素材だ。ピンと張った弦となだらかな曲線を描く弓が、僕の見上げる先で夜を突いていた。


「……これが私の契約武器。超弓です。天より授けられし、魔と地の底を穿つ権能」


 梓は先ず左足を前に踏み出し、そこにくっつけるように移動させた右足を地面スレスレを滑らせて後ろへ持って行って、肩幅より少し広いスタンスを取った。

 僕は静かに息を呑む。幼くて小さかった少女が、何物にも揺らがずどっしりと、まるで据わった大木のように見えた。


「……そして今からお見せするのが熾天使ミカエルの疑問のお答え。超弓に宿りし“特異魔法”。――【半月】」


 梓は何も番えないまま弦に指をかけ、半身で斜め上の夜空へと視線をやる。頭上へ掲げた弓を、弦を引き絞りながら額の辺りまで下げて止めた。その途中の形状がまるで半月のようで、僕は奇妙な思いに囚われる。

 ――今夜はこれで三つ目の月だ。

 ピィン、と清廉に鳴弦した。

 その音が聞こえてから――僕は梓が弦を解き放ったことに気が付いた。

 存在しない矢の軌跡を追うように、夜空へ視線を送る。

 そこで不思議なものを見た。

 夜空には戦いの残滓か細かい塵や破片が舞い上がり、薄い煙となって一帯を覆っていた。

 その煙が弾けた。

 拳大程の穴が穿たれて渦を巻くように棚引いた煙の向こうに、曇りのなくなった綺麗な空が現れる。

 まるで視えない何かが通過したような。

 視えない、矢?


「……これが常時型特異魔法【半月】の能力。不可視の風矢です。流れる風を掴まえて留め、矢として射出することが出来ます」

「すごい! ホントに見えなかった」

「……戦闘時は、お姉様が魔術で風を呼び、その風を使って矢を創ります。威力は格段に上がりますし、射出後のコントロールをお姉様が行うことで、どれだけ離れた場所でも百発百中の精度で射抜くことが出来ます。……私の持つ弓の技術と、特異魔法に合致したお姉様の魔術。まさに私たちの為の契約武器が、この『超弓』なのです」

「おお!」


 ぱちぱち、と拍手するミカエルをよそに、僕は首を傾げっぱなしだった。

 特異魔法? なんだそれ?

 弓が消えて、代わりにラファエルが出てくる。

 梓は人形みたいに白い顔をこっちに向けて、


「……さて、それでは貴方の特異魔法を聞きましょうか」

「は?」

「……私の特異魔法を教えたんです。貴方のも教えるのが筋でしょう。頼りないとは言え、戦力は正確に把握していたいですし」


 と言われても。僕はまだそんなものの説明を受けちゃいない。だから今の一連の話も意味不明だったのに。

 ミカエルを見たが、何故か彼女まで「どんなのどんなの?」と言いたげなキラキラした眼で僕を見ていた。なんでよ。

 梓の顔色がさっと変わる。


「……まさか、教えないつもりですか?」

「い、いやいや。そうじゃなくて」

「……成程。相手の情報を聞き出して、自分の情報を巧みに隠す。貴方がそんな小細工を出来るようなタイプではないと見越したからこそお教えしたのですが。……私の判断が間違っておりました。なので貴方に責任はありません。ええ、ありませんとも。私が間違えたのですからね。……では、もっと直接的な別の方法で聞くことに致しましょう」

「待って待って! 待ってってば!」


 怖いことを呟く梓を両手を突き出して静止する。

 ミカエルはそんな僕を呆れ顔で見て、


「さっさと教えちゃえばいいじゃない。なんで隠すのよ?」

「だから待ってって! 僕まだ説明受けてないよ」

「は?」

「特異魔法なんて話まだ聞いてないって」

「……ええ?」


 疑問の声を上げたのはミカエルだったけれど、疑念の表情を浮かべたのは僕と話を聞いていない楓以外の全員だった。

 梓とラファエルは顔を見合せて、次いでラファエルはミカエルに視線を送るが、ミカエルは首を傾げるだけ。

 一体なんだろう。何か変なことを言っただろうか。

 どんな脳内会話がなされたのかは解からないけれど、三人の中でミカエルが代表して口を開いた。


「シノブ。ホントに特異魔法が解からないの?」

「うん。まだ説明されてなかった、と思うけど」

「違うの。そうじゃないの」

「?」

「特異魔法は契約者以外だれにも解からないのよ。逆に言うと、シノブにだけは解かるはずなの」

「僕にだけ……?」

「ええ。わたしと契約した時か、それとも初めて『聖剣』を出した時か、なにか感じたことはなかった?」


 言われて思い返しても、何か特別な知識、それこそ特異魔法だなんて事柄が流れ込んできたことはなかった。あの時感じていたのはただただ驚きと、そしてミカエルの温もりだけ。

 僕は首を横に振った。


「うーん? どうしてだろう。ラファエルはなにか解かる?」

「……それよりも私は気になっていることがあるのですけど、よろしいでしょうか?」


 その言葉はミカエルではなく、むしろ僕に向けられているようだったので、頷いた。


「忍さんは……あ、失礼」

「いいですよ忍で」

「ありがとうございます。忍さんは、一般の方なのですか?」

「……?」

「魔術や私たち天使のことを、予め御存知でいらっしゃったのか、と言うことです」


 ああ、成程。


「知りませんでしたよ。最初は、まあ今でもなんですけど、びっくりしました」


 ラファエルは「そうですか――」と言った後、振り向いて、ミカエルをキッと睨んだ。


「ミカエル!」

「な、なに?」

「貴女って人は……『一般の方を安易に巻き込まないようにしましょう』、と私が出掛けに忠告したのを聞いていなかったのですか!」

「え、でも、ラファエルは私じゃなくてウリエルに言ってたじゃない」

「そうですけど……聞いていたでしょう?」

「え」

「聞いてなかったのですか!?」


 ミカエルに詰め寄るラファエル。むっと怒った表情を浮かべているが、あまりそう言う表情に慣れていないようで、上品さがほどほどに薄れて何だか可愛らしい感じになってしまっていた。

 ミカエルが反論する。


「でも安易にじゃないわ! ちゃんと考えて契約したんですー」

「へえ? 何を考えたのか聞いてもいいですか?」


 ミカエルが僕を見た。

 何故かとても真剣な瞳に息を呑む。

 彼女は、何を言いたいのか。


「シノブは……――私の失くしたものを持っているから」


 そう、小さく呟いた。


「……そうですか」


 ラファエルは毒気を抜かれたかのように呟いた。

 今、彼女たちの間で何が交わされたのか。


「理由は一応解かりました。では、忍さんの了承はしっかり取った上で契約したのですよね?」

「当然。ね? そうだよねシノブ?」


 ミカエルとラファエルの視線がこちらを向く。

 本当のことなので、頷いた。

 我が意を得たりと胸を張るミカエルを見て、ラファエルは再び柳眉を逆立てる。


「ですが、忍さんは特異魔法のことや魔術のことも御存知なかったようですが、契約する前に御説明しなかったのですか?」

「う。そ、それは、ちょっと事情があって時間がなかったっていうか……でも! 代理戦争は説明したもの!」

「本当ですか? 忍さん」

「え? ええ、聞きました。……あれ? でも説明受けたのは確か契約した後だったような」


 ふと見ると、ミカエルが泣きそうな顔で僕を睨みつけていたが、それに気が付いた時にはもう最後まで言い切っていて、ラファエルが全てを聞き届けた後だった。


「……ちょっと来て下さい、ミカエル」

「ううううう」


 ミカエルは恨み節のような音を発しながら、ラファエルに手首を掴まれて十数メートル程離れた所へ連れていかれた。何が話されているのか詳細は解からないが、俯き加減のミカエルを見れば推測出来る。

 まあ少しくらい絞られた方がいいかな。どう考えても説明不足だったし。いきなり死ぬような目に遭った訳だし。……後一分お説教が続いたら助けてやろう。


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