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DECEMBER  作者: 竜月
一日目 はじまりの日
3/63

一日目 (2) 学校


 道の先は、通称『大根坂』と呼ばれる急な坂道だ。僕らの学校はその坂の途上、随分と山の上にあるのだ。

 大きく息を吐き出して、校門に到着。

 

『N県立三葉高校』


 校門から向って左側には「授業棟」と呼ばれる、洋風で頂点に尖塔を持った四階建ての建物。中には各教室や職員室、会議室などが入っている。

 校門から向って右側には「専門棟」と呼ばれる、平たくて横に広い二階建ての建物。こちらには体育館や音楽室、調理室などが入っている。

 その二つの建物を硝子張りの渡り廊下が繋いでいた。

 比較的新しくて地元人気も高い準進学校、それが僕たちが通う学校だった。

 遠くから複数の人間のかけ声が聞こえた。たぶん運動部の朝練だ。

 下駄箱で靴を脱いで階段を上り、授業棟の二階「2―A」の教室に入る。

 教室にはまだ誰もいなかった。


「――――――」


 誰もいない教室の空気と言うものは独特だ。

 澄み切っていて、それでいて淀んでいる感じ。

 中に入ったその刹那だけ、何か這入ってはならないところに這入ってしまったような気持ちになる。

 まるで別のモノたちの世界のような。

 最もそれも一瞬だけで、すぐに教室はいつもの平凡な空気を取り戻して迎えてくれる。


 奈月は教室真ん中辺りの席に座って、僕は窓際一番後ろの席に座った。

 奈月は何をするのかな、と見ていると鞄から教科書とノートを取り出して勉強を始めた。

 あれが学年トップの成績を取るための知られざる努力なんだろう。

 僕はどうしようと考えながら空を見ていたら眠くなって、机に突っ伏して目を閉じた。

 すぐに意識は闇に包まれた。

 夢は見なかったと思う。



 がやがやと騒がしくなってきて、もそりと顔を上げた。

 教室には既に多くの生徒が来ていた。それぞれが雑談や読書に耽っている。

 その中で奈月は自分の席に集まった多くの女生徒たちと談笑していた。

 僕の前では、一人の男子生徒が机に伏して眠っていた。

 内心驚いて席を立つ。

 ……どうしてこんな時間に学校に来ているんだろう?

 その生徒の横に立つと、ド派手な金髪頭に――拳骨を落とした。


「あいたあっ!」


 後頭部を殴られ更にその衝撃で机に額をぶつけて、悠は大声をあげながら飛び起きた。キョロキョロと辺りを見回して、僕と目が合ってへたりと脱力する。


「……なんだよぉ忍。今ものすっごい眠いんだから少し寝させてくれよ」

「いや」

「イヤって……なんでよ」

「なんとなく」

「そんな曖昧な理由で堂々と胸を張るお前に乾杯っ!」


 呆れたように叫んで、悠はのそりと身を起こして大きく背筋を伸ばした。


 彼の名前は利根川悠。

 悠とは高校に入ってから知り合った。入学式のその日、初対面でいきなり「あの校長ヅラだよな絶対」と話しかけられて以来の友人だ。……改めて回想してもアホな話題だと思う。

 短く切ったド派手な金髪をツンツンに立たせ、左耳と左眉にはシルバーピアスをしている、外見だけ見ればちょっと近寄り難い男だ。現に一年経った今でも「あなたたちが友達として成立しているところを見ると、異国異文化交流なんて何でもないことに思えてくるわ」と奈月に言われる。

 だが、僕は思う。

 正反対だからこそ、友達でいれるんではないかと。

 それぞれが相手に、自分にない部分を見ているから。


「今日はどうしたの?」

「あ?」

「だから何で悠がHR始まる前から学校にいるのさ。珍しい。いつもだったら午後登校なのに。雪が降ったら悠のせいだぞ」

「なんか寝起きから散々に言われた!? てか雪降ってもこの時期なら妥当だし!」


 悠は「いやさー」と難しい顔をして頭を掻く。


「昨日の午前3時くらいかな、そろそろ寝るかーと思ったんだけど、目を瞑った瞬間に名曲のフレーズが舞い降りてきたような気がしてな。すぐにギター持って曲作り始めて……そのまま朝だよ。折角だから学校も来てみた」


 学校は折角、とかで来るものじゃないと思う。

 そう言ったら無駄に大声で笑い飛ばされた。何故だ。

 悠は学外の友人とロックバンドを組んでいる。彼がボーカルとギター、それに作詞作曲を担当していて、この界隈では少しずつ名前も知られてきているそうだ。「将来はビッグになるんだ!」といつも言っている、実に解かり易い夢追い人だ。

 それを聞いて莫迦にする人もいるけれど、僕は素直に羨ましいと感じる。

 僕にはまだ人生を懸けられるものが見つかっていないから。


「で、名曲は出来たの?」

「いやそれが、眠くて眠くて何書いてもララバイにしかならない」

「…………」


 それはそれは。


「じゃあ今は思う存分眠ってよ。誰もが眠たくなるような名ララバイが出来たら聴かせて。不眠に悩んだ時に聞くから」


 悠は机に突っ伏して、ひらひらと手を振った。机に戻る。

 教室の前の扉が開いた。


「アイタタタ、頭いた。おらー、全員速やかに席に着け。一番最後まで立ってた奴にはビール奢らせるぞ」


 いきなりとんでもないことを言って教室に入ってきたのは時任薫さん、このクラスの担任だ。赤い蔓の眼鏡に赤味がかったロングヘアー、更に赤系スーツの上から白衣を羽織ると言う壊滅的な組み合わせを何とさらりと着こなしている。ただ漂うお酒の匂いだけは頂けない。何故苦情がこないのか不思議だ。

 教卓の前に立ち、全員の着席を見届けてから出席簿を開く。


「それじゃあ出席を取るぞ……うぷ」


 うぷ?

 生徒の間に無駄な緊張が走る。

 僕は「またか」と頭に手をやった。

 薫さんは口元を押さえて俯く。


「……う、うううぷ。や、やばいっ。す、すまんがHRは委員長頼んだ!」


 大声で叫び、大股で教室を飛び出して行く薫さん。

 姿を現してから約十秒、薫さんは白衣を閃かせて再び退場した。


「あーあ、今日はダメだったねー」

「最速記録に近いよ」

「残念でごわす」


 教室に弛緩した空気が満ちる。

 こんな風に薫さんがHR途中で退場するのは珍しいことではない。

 原因は二日酔い。彼女は無類の酒好きで、「私にアルコールの入っていない時は死ぬ時だ」などと真剣な顔で言うほどの……まあ正直ダメ人間だ。

 とは言え、あんな人でも僕にとっては恩師であり同時に姉のような人だ。お酒はせめて控え目にして欲しいのだが、これまでのところ芳しい成果は得られていない。だから何故苦情がこないのか。


「では代わりにHRをやります」


 指名された奈月が教壇に向かう。弛緩した空気に合わせるかのような爽やかな笑みを浮かべて。

 ……あの笑顔の数パーセントでも僕に向けてくれたらありがたいのに。

 教卓から恐ろしい視線が飛んできた気がして、慌てて空に眼を逸らした。



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