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DECEMBER  作者: 竜月
二日目 天使
29/63

二日目 (19) ほどける


 暫く、小鳥遊の姿が目視出来なくなってから数十秒経っても、僕は緊張状態で夢遊状態だった。聖剣を握る手が、緩まない。空に視線が縫いつけられている。


『シノブ。ねえ、シノブ!』

「――あっ……」


頭の中でミカエルに何度も呼びかけられて、僕はようやく現実に回帰した。

途端に力が抜けて、重い西洋剣を持っていられなくなる。手から零れ落ちてしまった聖剣は地面に迫って、


「っ!」


 僕は反射的に眼を閉じたが、いつまで経っても想像していた音は鳴らなかった。

 代わりに、ふわりと柔らかい感触が僕の両頬を包む。

 驚いて眼を開けると、そこには眼にも眩しい空色の、天使ミカエルが立っていた。

 距離が、近い。

 吐息を感じる程の。

 僕たちの身長は同じくらいだから。

 まるで――キスするみたいで。


「シノブ?」

「ミカエル……」


 くだらない妄想も、きっと戦いの余韻の忘我状態だったからだろう。

 触れる手のひらと直に耳に聞こえたその言葉で、僕は改めて安堵に包まれて、気が付いたらその場にへたりこんでしまった。


「きゃっ、大丈夫!?」

「だ、大丈夫だよ。――あ痛ぅ! いったいな……」


 冷たいアスファルトに寝転がる。避け切れず斬られた傷と無茶をさせてしまった筋肉が痛かった。痛む場所を把握しようとして――すぐに止めた。右腕のように特別に痛い箇所はあっても、痛まない箇所は存在しなかったから。体中を、脈打つ痛みと鈍い疲労が包んでいる。

 ふわりと頭が暖かいものに包まれた。


「え……?」

「ありがとう。がんばってくれて」


 ミカエルの顔が視界の中で逆さに映る。

 つむじがほんわり温かい。

 どうやら僕は初めての膝枕と言うものをされているらしい。

 いつもの僕だったら、恥ずかしがって抵抗するとかむずがるとかしたかもしれない。けれどミカエルの慈愛の表情と声に、先程以上の安堵が湧き上がるのを感じて、僕は溶けるように身を委ねた。


「ミカエル」

「うん」

「疲れたよ。体中痛い」

「うん」

「血とか出てるし」

「でてるね」

「なんなんだよアイツ。天使とか悪魔とか殺すとかさ。すごい怖かった」

「うん」

「でも……」

「?」

「止められなくて……ごめん」

「……バカ」

「いてっ」


 軽くおでこを叩かれる。

 全然痛くないおでこを押さえながら、僕とミカエルは小さく笑い合った。

 ――嗚呼、僕は生きている。

 温もりも、安堵も、痛くないおでこも、全部生きているからこそ味わえる。考えようによってはこの痛みだって。

 そう、僕は生きてるんだ。

 ……だからさ、今頃になって震えないでくれよ、僕の躯。

 ミカエルもすぐに気が付いた。


「シノブ」

「大丈夫。大丈夫だから。すぐに止まるさ。ちくしょう、恥ずかしいな」

 

 ミカエルの視線から逃げるように顔を逸らす。

 もう戦いは終わったって言うのに、突然始まった右手の震えが止まらなかった。僕は躯を起こして小さく丸まって、手に白い吐息を吹きかける。温かいけれど、震えは止まらない。


「くそ、止まれよ止まれ――」

「いいのよ」


 不意にミカエルに後ろから抱きしめられた。首に巻き付くように腕が回って、頬に彼女の吐息を感じる。そして背中も目一杯温かくて柔らかい……うわっ!


「ちょ、ちょっとミカエル!」

「こーら、暴れないの」


 逃げようとした僕をミカエルは窘めて、押さえるために更に腕に力を籠める。ぎゅっと巻き付く腕の拘束が強まって、結果的にさっきよりもっと密着度が増してしまった。

 温かいわ柔らかいわいい匂いはするわ、しかも力は相当強いわで、抵抗出来ない。僕は彼女の吐息が当たるのとは別の頬の火照りを感じていた。


「ミ、ミカエル、はなして」

「んー? まだダメー」


 ミカエルは何が楽しいのか、僕を抱きしめたままフンフンと鼻歌を歌っている。声と吐息が耳元で混じってくすぐったい。けれどそれで身を捩ろうとすると、また彼女の腕に力が入って密着度と温かさが増すので動けなかった。

 まな板の上の鯉の境地で、為すがまま。そんな思いが伝わったのか、少しだけ拘束が緩んで柔らかくなった。


「どう?」


 うあ、耳元で喋らないで!


「震えは止まった?」


 はたと気が付く。

 そう言えば震えは、もう随分前から止まっていた。


「もう。どうして隠そうとするのよ」

「だって……」


 恥ずかしいじゃないか。そう言うことも恥ずかしい。

 ミカエルが頬笑みを浮かべたのが、息づかいで解かった。


「震えたって、怖がったって、泣いたっていいの。それもぜんぶ生きている感動よ? 恥じることなんてなんにもないわ。めいっぱい出しちゃえばいいんだから」


 生きている感動。

 この気持ちが、生きていること。

 ミカエルから伝わる温かさも、それに当たるのだろうか。


「……それにね」

「?」

「貴方がその感情を隠してしまったら、わたしはどうやって慰めればいいの?」

「え、いやそんな」

「慰めさせてよ。それが貴方を戦わせてしまった、巻きこんでしまったわたしの責任。天使っぽいでしょ? そのくらいさせて」

「…………」

「――そ、れ、にー、不安そうなシノブってちょっと可愛いんだから」

「…………ッ!」

「こらこらー、暴れないの」



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