二日目 (13) その名は聖剣
「……――ハハ、ハハハハハッ! よかったよかった」
「…………」
「武器も持ってない奴を殺したって、面白くもなんともないもんなあ!」
巨大な水斧の刃は、虚空で止まっていた。
止めたのは、剣。
僕の持つ、剣。
黄金の刀身と、白い柄と蒼い鍔を持った、西洋剣。
鋼を打ちあわせて、僕は後ろに飛んで距離を取った。と、何故か躯が驚くほど軽くて、浮かぶように十メートルほども飛び退ってしまう。びっくりして少しよろけた。
僕は改めて手の中の武器を眺めた。
細い両刃の剣だ。黄金の刀身には一点の曇りもない。濃い蒼色の鍔には小さな宝石が無数に輝いていて、白い柄は段々の渦のような握りになっていた。
不思議だ。まるで長年扱ってきた武器のように、しっくりと手に馴染む。
「これは――」
『貴方の武器よ、シノブ』
声が聞こえた。ミカエルの声。僕は指輪を見る。
「僕の、武器?」
『そう。言ったじゃない。天使の力を貸し与えるって。そのときに武器もだすって』
そう言えば、そんなことを言っていた気がする。入って来る情報が多すぎて忘れていた。
「じゃあこれが、天使ミカエルの力なの?」
『いいえちがうわ。契約であらわれる武器は天使と契約者のマッチングで変化する。だから、それはまぎれもなくシノブの武器、オリジナルよ』
「僕の武器……」
その言葉になんだか心が熱くなる。争いごとは嫌いだけれど、美しい武器に心昂るのは男の性だ。
いるじゃないか、眼の前に。そんな感情の塊みたいな奴が――。
小鳥遊は確かに子どもみたいな裏のない笑顔を浮かべた。
「いやあ、安心したぜ。これで楽しく美味しくお前を喰らえる」
「……ずいぶんと余裕だね」
「あん?」
「君の言う通り、僕はこうして武器を手に入れた。もう喰われるだけじゃ終わらないぞ」
これは虚勢だ。
眼の前の少年は、どんな武術を修めているのか知らないけれど、明らかに僕よりも上の実力を持っていると僕自身が感じている。
喰われるだけじゃ終わらない――それは死ぬ間際に窮鼠の一噛みくらいは出来るかもしれないけれど、所詮その程度しか出来ないと言うことだった。
そこまで考えて、改めて身の毛がよだつ。
なんだよ「死ぬ」って。そんなもの、身近に置いておくものじゃないだろう。
しかし、
「嗚呼、最高だ! 久々に俺にそんな口をきく奴と会った。悪魔と契約してマジでよかったぜ」
彼は、「死」を抱きしめて尚笑った。何故だ。何故その年齢で、何故人間でありながら、そんな境地へ。
そんな彼に一層の恐怖を抱く。
――くそ、スイッチの切り換えが上手くいかない。
「話はおしまいだ」
はっと顔を上げた。
視界いっぱいに、弾けるように迫る小鳥遊。振りかぶられた水斧が僕目掛けて真横に薙がれる。
「ぐうっ――うわあ!」
聖剣で受け止めたけれど、その一撃は容易に僕の足を地面から浮かせて吹き飛ばした。
「がッ!?」
倒壊した工場とは反対側の工場のシャッターに、強かに背中を打ち付けて座り込む。耳触りな音を立てて、シャッターはぐにゃりと曲がった。呼吸が詰まる。けれど躯は痛んでいないようだ。これが身体の強化と言う奴だろうか。
『シノブ前!』
言葉に従い前を見る。
さっきと同じように再び飛んでくる小鳥遊の姿。
危険だ。一時的に止まった酸素が四肢の反応を鈍くしている。動けこの馬鹿足! 動かなきゃ死ぬぞ!
「うおおおりゃあああ!」
咆哮が迫る。
「――羽よ!」
振り抜いた水斧と、咆哮の勢いそのままに工場に突っ込んでいった小鳥遊。
破壊。破壊。破壊。
なんとたったその一撃で、さっきまで自立していた工場は斜めに傾いで、砕けた破片が空を舞い、竜巻に呑みこまれたかのような半壊状態になってしまった。
「……狂ってるなアイツ」
無残な姿の工場と立ち上る砂煙と埃を、僕は上から眺めながら一人ごちる。
僕の背中には三対の白翼が空を掴んで揺れていた。
小鳥遊に蹂躙される直前、僕は咄嗟に羽を顕現させて空に飛び上がった。まだ二度目の異物感だったけれど、思ったより上手くいった。
『怖い子ね。あんなに小さいのに』
指輪から聞こえるミカエルの声も驚きに満ちている。ただ気持ちは解かるけれど、とりあえずその『小さい』って言葉はホントに小さい奴にとって禁句であることがままあるから、小鳥遊の前で言うのは止めて欲しい。あれ以上切れられたら堪らない。
「それにしてもあんな攻撃を続けられたらそう何度も持たないよ。どうすればいい?」
『…………』
「ミカエル?」
『……わたしは正解を知ってるわ』
「教えてよ」
『――殺すの』
…………。
もうもうと巻き上がる埃で、小鳥遊の姿は、まだ、見えない。