理想と現実 三秋縋『スターティング・オーヴァー』
前に書いた『三日間の幸福』と同じ作者の方です。
他にも、
『いたいのいたいの、とんでゆけ』
『恋する寄生虫』
『君が電話をかけていた場所』
『僕が電話をかけていた場所』
も全部読んでおもしろかったのですが、多分他の色んな方が書いてる感想以上のものは書けなさそうなので沈黙します。
さて、『スターティング・オーヴァー』のあらすじですが、何不自由ない”完璧”な人生を送った主人公は二十歳の日に十年前にタイムリープされる。主人公は出来るだけ一周目と同じ人生を送ろうとするのだが、些細な違いからどんどんレールを外れていく。さらに追い打ちをかけるように自分より完璧な人生を送る代役が現れ……
よく『敷かれたレールの上を歩く』みたいな言い回しがあるじゃないですか。例えば有名進学校に入って有名大学に入って大手企業に就職する、というような。ただそういう敷かれたレールというのはあくまで他人が敷いたものだし、そもそもあやふやなものだと思います。
ただこの主人公には”一周目の自分”という明確な敷かれたレールがあります。
もしくは『正しい青春』という価値観があるかもしれません。言うなれば、『スポーツをして汗を流す』『甘酸っぱい恋愛をする』という感じです。
もうちょっといいかえると、例えば私は観光名所みたいなところに行くと『私は他の人が感動出来てるほど感動出来ていないのではないか』と思います。他にも世間で『感動的なこと』とされてることで感動出来なかったり、世間で『いいこと』とされていることがいいと思えなかったりということが私は多々あります。
そう言った感想は私が漠然と抱いているものなのですが、今回の主人公は私が漠然と抱いている『正しさ』を一周目の自分という形で明確に実感しています。
要するに私なんかは『何となく理想の自分と自分は違うんだな』程度で済むのですが、この主人公は『自分の人生はどこがどう間違っているか』というのを知ってしまう訳です。きついですよね。
以下微ネタバレあり
そんな本作ですが、最終的に主人公は『今の自分を受け入れる』というところで終了します。前向きと言えば前向きですが、状況的にはバッドエンドのまま終わります。一つの『メリーバッドエンド』と呼ばれる形のようです。
悪い状況のままでも前向きになれるというのは希望的なメッセージに見えますし、一方でそこに幸せを見出してしまうのは『正しい幸せ』『理想の幸せ』を諦めることでもあります。個人的にはそれに対しての葛藤を失わずに生きていければなと思いました。