魔王の甘言1
「魔王さん?あなたねえ……。あんなにいかにもな雰囲気を作っておいて乗っ取りに失敗しましたって、魔王としてどうなのよ?私も何だか一瞬人生への反省モードに入ってしまったじゃない!」
『うぐぐぅ……。我だってそんなつもりじゃなかったのに……』
魔王に体を乗っ取られたはずの私は、何故かピンピンとしている。
何でも魔王曰く、勇者の力に阻まれた、らしい。
そのせいで私の体を乗っ取ることはできず、私の魂の一部に中途半端に閉じ込められる形になってしまったようだ。
『勇者に倒されて悔しい思いをした後、折角こうして復活の機会を得たと思ったら、まさかまたも勇者に邪魔をされるとは……』
「それはあなたが勝手に私の錬金術に割り込んだのが悪いんでしょう!魂の一部を貸してあげてるだけでも感謝して欲しいわ」
さっきから思念でうるさく愚痴を言ってくる。
けれど、これに関しては私には何の非もないのだから堂々と突っぱねた。
「エメシーが乗っ取られなくて本当に良かったっキュ。それにしても、魔王は運が悪かったっキュね。精霊に祈りを捧げればもしかしたらツキが回ってくるかもしれないっキュよ?」
『何、それは本当か!?』
「い、いや、冗談っキュ。さすがに魔王の祈りに反応するような精霊はいないと思うっキュ」
魔王の思念は私の魂を通じてシロミンにも届いているらしい。
それによって、魔王が精霊に縋るというなんともシュールな会話が成立してしまっているのだけれど……。
「魔王さん、あなたって実は馬鹿なんでしょう?」
これまでのやり取りを見て、私は直球の疑問を魔王に投げかける。
『なっ!?我を愚弄するとは、お前はただでは置かんぞ!』
ただでは置かないって、私の中で思念を飛ばすのがやっとの癖に一体何ができるのかしら?
「だってねえ……。私、疑問に思っていたことがあるの。魔王は世界征服を目論んでいるって話だけれど、世界征服って具体的にはどうなれば成し遂げたことになるのかしら?そして、その後はどうするつもりなの?」
『ぐ、具体的?その後?……えっと、その……』
私の質問に魔王がとても動揺しているのが心の揺れで伝わってくる。
「やっぱり、何も考えてないのね。何となくで世界征服しようとしてるんじゃないわよ!」
『う、うるさい!考えはあるが、答えてやる義理がないだけだ!』
「いや、絶対考えてなかったっキュよね」
はあ……と私は心の中でため息を吐く。
魔王に乗っ取られると危惧した後にこの間の抜けた会話をしたせいで、とてつもなく気が抜けてしまった。
今は村へと引き返しているところだけれど、魔王の威圧のお陰で魔物は近づいてこない。それも相まって、行きのやる気はどこかへ飛んでいってしまったみたい。
まあ、別に無駄に気を張る必要もないのだし、こういう時は気楽な話をしましょうか。
「何にせよ、これからは私の中に魔王が居着くわけよね。それならずっと魔王って呼ぶのもアレだし、あだ名を決めましょう。本名は確かグラトシュルトって言ってたわね?」
自分で初めに魔王さんとか呼んでおいてなんだけれど、自分の魂に住み着いている人?をそんな風に呼ぶのはよそよそしすぎると感じた。
『気安く我が名を呼ぶでない!あだ名などもってのほかだ。呼び方なら威厳がある魔王とか魔王様で良かろう!』
「今のあなたの状況でよく威厳とか言えたものね……。私的にはグラトとか、グーちゃんとかが良いと思うのだけれど」
「グラト、なかなかかっこいいじゃないっキュか。グーちゃんは可愛い感じがして、個人的には悪くないっキュがちょっとかわいそうっキュ」
「そうかしら。ならグラトで決定でいいわね」
『勝手に話を進めるな!グラトは馴れ馴れしすぎるぞ!』
「それならやっぱりグーちゃんが良いっキュか?」
『それはもっとないわ!いい加減にしろ!』
そんな感じでギャーギャー言い合ったけれど、いくら魔王といえどこの状況では多勢に無勢で、グラトと呼ぶということで決着がついた。
そして、呼び名談義をしている内に、村の近くまで無事に辿り着くことができた。
「魔物を寄せ付けないために魔王の威圧感を出していたけれど、このまま村に入るのは駄目よね。だから抑えてっと……」
村人が威圧を感知できるのかは分からないけれど、念のために抑えておいた。
すると、シロミンが目をまん丸にしながら聞いてきた。
「エメシー、どうして魔王の力をそんな簡単に操れているっキュ?」
「え?そういえば何故か自然と出来てしまったわ。魔王と魂で結びついてしまっているせいかしらね?どんな力が使えるか、とかも何となく分かるのよ」
『我の力をそんなに簡単に扱われてはますます我の立場が無くなって困るぞ……。もしや、お前は魔王の適性があるのではないか?』
魔王の適性?そんな物騒なもの持ち合わせていないわよ。と言おうと思ったけれど、そういえば私は悪役令嬢だったわね……。悪い人って意味では私も魔王に近しい存在なのかしら。
「まあそれならそれでいいわ。折角魔王の力を使えるようになったのだから、適性があるならそれに越したことはないわよね」
「いやいや、流石に魔法少女に魔王の適性があるのは不味いっキュよ!」
魔王の適性を受け入れようと思ったら、シロミンが騒ぎ出した。
そういえば、魔法少女の力は人を助けるために使う物だものね。世界征服を目論んでいた魔王の力とは真逆だからそれも仕方ないわね。
けれど、私は使えるものは何でも使って、今度こそ愛を手にするのよ。そこはもう私の中で揺るぎないことだから、誰が何と言おうと関係がないわ。
誤字報告をして頂いた方、ありがとうございました。大変助かります。