魔法少女の誕生5
「ふぅ……。これで低ランクの魔物は50体くらい倒したかしら」
「そうっキュね。魔法少女の初仕事でここまでやるとは思っていなかったっキュ!」
3時間ほどひたすら終滅の地の方向へ走って、魔物を見つけては剣で切り伏せた。これくらい魔物を倒せば村の士気が上がって聖魔力もそれなりに得られるだろう。
自分の仕事ぶりに満足感を覚えながらも、ふと周囲の異変に気が付いた。いつの間にか私たちは森を抜けて荒れ果てた大地へとやってきてしまったらしい。それに、なんだか少し肌がピリピリするような……。
「……って、ここってもしかして終滅の地!?まだ端っこの方だろうから瘴気は薄いけれど、瘴気が肌に刺さるしあまりいい気分ではないわ……」
「ほんとっキュ。明らかに空気が淀んているっキュね。ここがエメシーが言っていた終滅の地っキュか……」
シロミンも気が付いたらしく、周囲の様子の異様さを気味悪がっている。
「終滅の地に入っているのに気が付かないなんて、お互いどうかしていたわね。こんなところさっさとっ……!!!」
こんなところさっさと出ましょうと言おうとしたけれど、それは何かがズドーンという音と共に目の前に降ってきたことにより遮られてしまった。
土煙が上がりそれが何かが確認できない。しかし、それは土煙の中から私に向かって何かを発射してきた。危険を感じた私は咄嗟に飛んできたものを剣で防ごうとする。しかし、防げはしたものの、飛んできたものに触れた剣は半分以上が溶けてしまった。
「やられた……!噂には聞いたことがあるけれど、相手にするのは初めてだから判断を間違えたわ。これはBランクの魔物、アシッドフロッグね!」
アシッドフロッグは高い跳躍力を持ち、鉄をも溶かす強力な酸を吐き出す危険な魔物。酸の再充填に時間がかかることと、その間が無防備になることからBランク扱いではあるけれど、不意打ちでの殺傷能力はホワイトタイガーをも上回る。
こんな危険な魔物が居るところまで入り込んでしまっただなんて、大変な過ちを犯してしまったわね……。
「エメシー、大丈夫っキュか!?」
「ええ、何とか。シロミンこそ酸には当たっていないみたいで何よりだわ」
今はゆっくりと会話をしている暇はない。酸の再充填が終わる前に、私はアシッドフロッグへと接近し、その腹に溶けて短くなってしまった剣を突き刺す。
ちゃんと急所に刺さったみたいで、アシッドフロッグは一撃でその場に崩れ落ちた。
「これで何とか危機は去ったわね……」
「ナ、ナイスっキュ。でも、武器が使い物にならなくなってしまったっキュね……。このまま動き回るのは危険じゃないっキュか?」
ひとまずは落ち着きつつも、シロミンのもっともな指摘に私は思案する。この剣はもう使えないし、錬金術でまた作ろうにも、今残っている魔力では大した武器を作ることはできない。
こうなったら、勿体ないけれどアレを使うしかないわね……。
そう結論付けた私はまたも髪飾りに手を伸ばす。そして、今度は銀ではなく、七色に変化する美しい小さな球状の物体を手に取った。
「エメシー、それは何っキュ?」
私が取り出した奇妙な玉が不思議なのか、シロミンが尋ねてきた。
「これはね、宝玉っていうの。とても希少なものでほとんど手に入らないものなのだけれど、その分強い力を秘めているわ。これに錬金術を使うと、どんなものにでも変えることができるのよ」
強い力を秘めた謎の玉、宝玉。どうやって手に入れるのかも不明だけれど、お母様は3つの宝玉を髪飾りに仕込んでくれていた。
できれば大切にしたい物だけれど、お母様も「あなたに危険が差し迫った時には躊躇わずに使いなさい」とおっしゃっていた。だから、今使わせてもらいます、お母様。
「そんな物まで持っているなんて、すごいっキュね。それで強力な武器を作るんっキュね?」
「ええそうよ。これならレプリカではない本物の聖剣すらも作れてしまうかもしれないわ」
試したことはないけれど、宝玉に秘められたエネルギーならできる。そう思って私は宝玉を聖剣に変えるために錬金術を使った。
『錬金術:聖剣ムーンライト』
すると、宝玉は怪しい光を放ち、姿を変えようとする。
良かった、上手くいったみたいね。
そう安堵しかけたが、よく見ると宝玉の様子が何やらおかしい。剣に形を変えるはずなのに、何故か周囲の瘴気をどんどん取り込んでいっているように見える。
「これ……、何かまずいんじゃないっキュか?」
「そ、そんなこと言われても私にも何が何だか分からないのよ!今まで錬金術で指定した物に変化しなかったことなんてないから!」
そんなやり取りをしている間にも宝玉を包み込む黒い瘴気の塊は大きくなっていく。
というか、段々と人の形になってきているような?
そう思ったとき、その瘴気の塊から声、というか思念のようなものが聞こえた。
『フフフ……。我の魂を呼び起こすとは、どんな愚か者かと思えばまさかこんな小娘だとはな。我が名はグラトシュルト。この世界を手中に収めんとする、魔王だ』
頭の中に重厚でくぐもった声が響き、頭がクラクラする。しかし、そんな状態でも思念で伝わってきた重要な情報は聞き逃さなかった。
「魔王……って言ったの……?私はそんなもの呼んだ覚えはないわよ……!」
朦朧とする意識の中で私は魔王を名乗る瘴気の塊に言い返す。
しかし、手違いでした、で帰ってくれるような相手ではなかった。
『お前が呼んだかどうかは我にとっては重要ではない。しかし、我も魂のままでは活動し辛いのでな。お前の体を依り代として存分に使わせてもらおうではないか!』
そう言うなり、魔王の魂が私の体へと吸い込まれるように入ってきた。
「クァッ、ハ!?」
「エメシー!?しっかりするっキュ!」
荒れ狂う邪悪なエネルギーが私の体の中を暴れまわり、私の自由を奪っていく。何とか抗おうと気を強く持ってみても、そのエネルギーは余りにも強力過ぎた。もはや私の力でどうこうできるものではない。
まさか……、私の最期が復活させてしまった魔王に体を乗っ取られることで迎えられることになるだなんて……。
自分の人生の愚かさを悔いるような暇もなく、私の意識は暗い闇に圧し潰されてしまうことになった。