魔法少女の誕生2
私とシロミンは今、終滅の地がある北西へと向かって進んでいる。別に終滅の地に用があるわけではなく、本来今日の夜を過ごす予定だった村がこの先に有るのでそこで明日の朝を待とうと思ったのだ。
道すがら、私は気になることをシロミンに聞いてみた。
「それで、私が魔法少女とやらになれるのは分かったけれど、どうしてシロミンは魔法少女なんていう存在を作ろうとしたの?精霊獣とか言われてもそんなの知らないし、そもそも精霊自体が実在するのを初めて知ったから分からないことだらけなのよ」
「そうっキュね、それならまず精霊について説明した方が良いっキュね。精霊というのは、人間が感じている幸福をエネルギーとして活動する生命体なんだっキュ。だから、精霊はできるだけ多くの幸福を人間が感じられるように地上に干渉したいんだっキュ」
あら、随分と単純な理由なのね。人間の幸福をエネルギーにするなんて、魔物と比べてかなりお利口ね。引っ掛かる点が無いわけではないけれど。
「へえー、そうなのね。けれど、それなら精霊はもっと人間に力を貸してくれてもいいんじゃないかしら?私、精霊が人間に利益をもたらしたなんて話、全然聞いたことが無いわよ」
「それは、精霊がこの地上とは異なる次元に存在する精霊界に住んでいる、実体を持たない生命体だからっキュ。異次元の存在の上に実体を持たないっキュから、地上に直接的に干渉するためには莫大なエネルギーが必要になるっキュ。自分のエネルギーが欲しいのに、その為に得られる以上のエネルギーを使ってしまったら意味がないっキュから、余程のことがない限りは精霊が地上へとやってくることは無いっキュ。基本的に精霊は、精霊界から地上の人間の巡り合わせを良くする祈りをするだけっキュね」
「なーんだ、人間の為に地上に干渉するといっても、大したことはできないのね。その巡り合わせを良くする祈りっていうのはどれくらいの効果があるの?」
「それは祈りの対象の数次第っキュ。精霊は地上の様子を見ることができて、気に入った人間が居たらその人間の為に祈ることが多いっキュ。対象が一人ならかなりの効果が現れて、その場合は不治の病が治ったり、寿命以外での死が無くなったりするレベルになるっキュね。一つの集団に対して祈ることもできるっキュが、そうなると集団に所属する人数に応じて効果は薄れるっキュ」
あら、大したことないのかと思ったら、精霊の興味さえ引くことができればかなりのご利益があるのね。まあ、どれだけ善行を積んだところで精霊に見てもらえていなければ意味が無いのならほとんど運だけれど。
精霊についてはそれでいいとして、今の説明を聞く限りだと、このシロミンっていう生き物の存在が謎になるわね。
「精霊が地上に来るのは難しいっていうのは分かったわ。でも、シロミンはこうして地上で難なく活動できているわよね?シロミンは自分のことを精霊獣だって言っていたけれど、精霊と精霊獣は一体何が違うの?」
「それは簡単な話っキュ。精霊獣というのは、精霊が地上への干渉力を強めるために作り出した、精霊と地上生物の融合体みたいなものなんだっキュ。地上でも活動できる精霊獣を通して人間との協力関係を結び多くの幸福を生み出す、というのが精霊獣が生み出された意図っキュね」
精霊と地上生物の融合体……。そんなものまで作るだなんて、よほど精霊は人間の幸福からエネルギーを得たいのかしら。
「じゃあ、私が協力関係を結ぶ人間として選ばれたということなのね。どうして私なのかは分からないけれど……。言っておくけれど、私はあまり他人に優しいタイプではないわよ?」
「そ、それは薄々感じてはいたっキュ。でも、偶然エメシーが条件に重なったから僕が来ることになったみたいっキュね。魔法少女の適性があるならきっとエメシーは本当は心優しい女の子なのかもしれないっキュ!」
こ、心優しい!?そんな部分が私の中に一欠片でもあったなら、今こうして追放なんてされてないわよ!
「そんなことはないわよ、変に動揺させないで!私は人に嫌がらせをしてたせいでこうやって追放されることになったんだから、私に優しさなんてあるわけないでしょう!」
「い、嫌がらせなんてしてたっキュか!?そういえばまだエメシーのことを全然聞いてないっキュ。どうしてエメシーが追放されることになったのか、説明を求めるっキュ!」
ちょっと、人が思い出したくもないような過去を引っ掻きまわすだなんて、このウサギ、実は鬼畜なんじゃない?
「説明したって、楽しい話ではないわよ。それでもいいのなら話すけれど」
「もちろんそれは分かってるっキュ。でも、これから魔法少女に付き添う身としては知っておかなきゃいけないことっキュ。エメシーが辛くない範囲で良いから説明をして欲しいっキュ」
一応配慮はしてくれるのね。確かに、ずっと一緒に行動するならある程度私のことも話さないと話が噛み合わなくなるし、避けては通れない道ね。
「そこまで言うなら仕方がないわね。なら、話すわ。どうして私が追放される身となったかを……」
「……ということがあって、私は閉じ込められれば死を免れられない終滅の地へと追放されることになったのよ」
私は自分の身の上に起こったことを話した。
「公爵令嬢、王子、妨害工作に婚約破棄……。思っていたよりも大きな話で驚いたっキュ。でも今の話を聞く限り、エメシーは悪役令嬢っぽいっキュね」
「悪役令嬢?何なのそれは?聞いたことがないけれど何だか嫌な響きね……」
「悪役令嬢っていうのは、その名の通り物語の中で悪役を演じる令嬢のことっキュ」
そんな、まさか私みたいな境遇の人物が出てくる物語が、悪役令嬢って普遍的な名前が付くくらい数多くあるって言うの?
「私はそんな物語は知らないわ。一体シロミンはどこからそんな知識を手に入れたのよ」
「僕はとある特定の人間の元に送られることを想定して色々な知識を詰め込まれているっキュ。でも、その人物の所には送られないまま何百年も僕は眠ったままの状態でいて、やっと送られたのがエメシーの所だったみたいっキュ。だから、僕の知識はエメシーにとって馴染みのないものになってしまっているっキュね」
私ではない、シロミンが送られるはずだった別の人物がいるのね。そして、その人の周りにはその悪役令嬢っていうのが出てくる物語がたくさんあると。それがさっき言っていた偶然私が重なった条件っていうのと関係があるのかしら。
けれど、今はそれよりも気になることがあるわね。
「えっと、何百年も経ってるってことは、その特定の人間っていうのはもう亡くなっているわよね?あなたは今、当初の目的が果たせなくなっていることが分かっていて、私と魔法少女の契約をしたの?」
「まあ、そうなるっキュね。でも心配はいらないっキュ。元々その人間の所に行ける確率はとてつもなく低かったっキュから。そもそも精霊獣が人間の元まで辿り着いた例が僕が知る限りでは僕だけなくらいっキュからね。僕の生みの親も、あわよくばその人物に届いてくれればいいとしか思ってなかったっキュ」
淡々と語るシロミン。けれど、精霊獣というのはかなり過酷な運命を背負っているというのは伝わったわ。
「あなたも大変だったのね。そしてやっと自分の役目を果たせると思ったら自分の契約相手があなたの言う悪役令嬢だったなんて更についてないわね……」
私は魔法少女の力を利用しようとして契約に応じたけれど、なんだか悪い気がしてしまうわ。
しかし、シロミンがそのことを否定する。
「そんなことはないっキュ!物語での悪役令嬢なんていうのは名ばかりで、実際は婚約相手だったり恋のライバルだったりが本当の悪役だった、なんてものはざらにあるっキュ。僕が悪役令嬢だなんて言っておいてなんだっキュけど、エメシーも自分が悪役だとは思い込まずに、他の人間が悪いって可能性も考えた方が良いっキュ!」
「そういうものなの?それなら、悪いのはやっぱりあのルナっていう泥棒猫ね!ジェード様の心を惑わして私から奪っていったんだもの。絶対に目にもの見せてやるわ!」
「そ、その意気っキュ……?でも、それなら僕は惑わされた王子の方が女癖の悪い嫌な男に思えるっキュが……」
「ジェード様の悪口は許さないわ!いつか必ずジェード様の愛を取り戻して見せるんだから、次にまたジェード様の悪口を言ったらその綺麗な羽をもぎ取ってペンにでも加工するわよ!」
「ひっ、ひぇ。悪かったっキュ。謝るっキュからそんな恐ろしい事を言うのは止めて欲しいっキュ……」
不敬なことを言うシロミンを私がたしなめる。ちょっと脅しすぎたかもしれないけれど、腹が立ったから強めに言わせてもらったわ。