魔法少女の誕生1
私は驚いてその声がした方へと目を向ける。そこに居たのは羽の生えた小さな白いウサギのような形をした……魔物?こんな魔物が居るなんて聞いたことがないし、あまり強そうには見えないけれど、言葉を操る魔物はそれだけで警戒すべきだ。
けれど、考えようによっては、魔力がない今現れたのが対話で交渉可能な魔物だったと考えるとそれほど不運ではないのかもしれない。
「一体あなたは何者なの?喋ることができるってことは、相当厄介な魔物みたいだけれど、もしかしたらこの近辺の主みたいな感じかしら?だったら私はすぐにここを去るから見逃してもらえたら嬉しいわね。ホワイトタイガーは一匹殺してしまったけれど……」
「僕を魔物と一緒にしないで欲しいっキュ!……って、君は一人でこの凶悪そうな魔物を倒したっキュか!?ただの女の子かと思ったら、只者ではないみたいっキュね……。これは期待が持てそうっキュ」
喋るウサギが魔物じゃなければ一体何なのよ、と突っ込みたい。けれど、下手に刺激すると危険かもしれないから、話を合わせてみようかしら。
「失礼、魔物ではないのね。それで、そんなあなたが私になんの御用なのかしら?」
「そうっキュ、僕は魔物じゃなくて精霊獣のシロミン。君の愛を求める声と悲しみの涙に呼ばれてここに来たっキュ。要件はさっきも言った通り、僕と契約して魔法少女になって欲しいってことっキュ!」
精霊獣?精霊という存在は勇者の伝承の中で謡われているのが確認されているし精霊信仰なんてのも一部の地域ではあるみたいだけれど、精霊獣というのは聞いたことがないわ。契約っていうのも怪しいし、私を騙そうとしているんじゃないかしら?
「色々と怪しいし、いきなり魔法少女になってと言われてもそれが何なのか分からないのよ。あなたが私の敵ではないというのなら、その辺りをしっかりと説明をしてもらえる?」
「それもそうっキュね。うっかりしていたっキュ。それじゃあ魔法少女について説明するっキュ。魔法少女というのは、悪を挫いて人々を笑顔にする、正体不明の正義のヒロイン!っキュ。要は困っている人を助けて、時には悪者を対峙するのが仕事の職業だと思ってもらえればいいっキュ。ね、簡単っキュ?」
ニコニコとしながら私に同意を求めてくるシロミンと名乗る生き物。
可愛らしいけれど、それが却って怪しさを増しているわね……。巷では顔の良さを売りに利用して人の警戒を解く詐欺が流行していると聞くし、まだまだ警戒が必要ね。
「そうね、人助けをすればいいだなんて単純で分かりやすいわね。それで、仕事って言ったけれど、その報酬は誰がどのような形で支払ってくれるのかしら?その辺りを明示して欲しいわね」
「ほ、報酬!?そんな話をされるとは思ってなかったっキュ……。精霊たちは、『魔法少女は純粋な子がなるものだから、人助けができるなら報酬はいらないはずだよ』って言ってたっキュ。だから、報酬なんて言われると困るっキュ……」
そんなことを言ってシロミンは面食らったように顔をこわばらせているけれど、あまりに甘えた考えで驚きたいのはこっちよ。
「何よ、それってつまりボランティアってことじゃない!人助けができるなら報酬はいらないだなんて、精霊は人を馬鹿にしているのね!精霊というのは人間に幸福をもたらすものって伝承にあるから少し期待していたのに、がっかりだわ!」
「そ、そんなこと言わないで欲しいっキュ!そうだ、報酬ならあるっキュ!かわいい服を着られるとか、成果の分だけ聖魔力を溜められるとか!」
「そんなの話にならないわ!……って今なんて言ったの?」
話を突っぱねようとした私だったけれど、耳に少し気になる単語が聞こえてきた。
「あ、もしかしてかわいい服に興味があるっキュ?やっぱり、女の子なら気になるっキュよね!魔法少女になれば、もれなく限定一品の特殊機能付きの衣装が……」
「そっちじゃないわよ!私が気になったのは聖魔力って奴よ。それって、魔力の一種なのよね?どんなものなのか詳しく聞いてみたいわ」
「あっ、聖魔力の方だったっキュか。こっちは僕も苦し紛れに言ったというか、君にとっては報酬にはならないと思うっキュよ?聖魔力は、人の為になる行為にだけ使える魔力っキュ。だから、人を助けて聖魔力を溜めて、その聖魔力で更にまた人を助けるというループにしかならないっキュ」
苦し紛れだったことは認めるのね。まあ確かに今の説明を聞く限りでは私にとっては利が無いように思えるかもしれないし、実際に思っていたよりも使い道が限定的ね。
でも、私の錬金術の能力と合わせたら少し面白いことができるのではないかしら。
「なるほど、分かったわ。それでも構わないから、その魔法少女の契約とやらをやりましょう」
「え?どうして急にそんなに前向きになったっキュ?こっちとしてはありがたい話っキュけど」
「何よ、私も少しくらい人の為に何かしようかと思っただけよ。どうせこのまま一人で寂しく朽ち果てるくらいなら、最後に一暴れしてみるのも悪くないし」
「今、朽ち果てるとか、一暴れとか、物騒な言葉が聞こえたっキュが、どういうことっキュか?」
「こっちの話だから気にしないで。それよりも、早く契約を済ませてしまいましょう」
「わ、分かったっキュ。それじゃあ、このペンダントを首にかけるっキュ」
シロミンは私の言葉に不穏なものを感じたみたいだけれど、私が押し切って話を進めた。そして、私はシロミンが出現させた美しい緑色の宝石が取り付けられたペンダントを受け取り、言われた通りに首にかける。
「よし、かけたっキュね。後は契約のための文言を唱えるだけっキュけど、そういえばまだ君の名前を聞いていなかったっキュね。君はなんて名前っキュ?」
「私の名前ね。私はエメシーっていうのよ」
「エメシー、了解っキュ。それじゃあエメシーは今から僕が言うことを復唱して欲しいっキュ。『精霊ハーランの名の下に、精霊獣シロミンと人間エメシーは魔法少女の契約を結ばん』」
「長いわね……。えっと、『精霊ハーランの名の下に、精霊獣シロミンとエメシーは魔法少女の契約を結ばん』」
これで合っているかしらと若干不安に思ったけれど、復唱を終えた私はすぐに激しい光に包まれた。光の源は首にかけたペンダント。ペンダントは一瞬緑色の輝きを放ったが、それはすぐに収まった。
「よしよし、ちゃんと魔法少女の資格があると認められたみたいっキュね。今の輝きが契約完了の証っキュ。これで君は魔法少女の力を手に入れたっキュ!」
「そうなの?特に何も変わった気はしないけれど……」
シロミンが言っていたかわいい服も着てないし、やはり騙されてる?
「それはそうっキュ。本当に魔法少女の力を使えるようになるのは、変身をした後っキュからね。その辺も話しながら進むっキュ。……というか、ここは一体どこっキュか?何もない森の中みたいっキュけど」
なるほど、よく分からないけれど、変身というのが魔法少女の力を引き出すために必要なのね。胡散臭いけれど、今はそれを信じておきましょう。
それよりも、今居る場所のことを忘れていたわ。日も暮れるし、早く場所を移さないといけないわね。
「ここは終滅の地へ続いているの道なのよ。私は母国のコーライン王国を追放されて、死刑で終滅の地に死ぬまで閉じ込められる予定だったの。運良くというかなんというか、道中にホワイトタイガーが現れて私を監視していた兵士が逃げてしまったから、死ぬ運命は避けられたのだけれど」
「追放!?それに死刑とか、一体何をやったらそこまで酷い仕打ちをされるっキュか!?……泣いていたのも愛を求めていたのもその関係っキュか?」
変なところで勘が鋭いわね、このウサギ。
「……まあ、色々あるのよ。色々とね。私もシロミンには聞きたいことがまだまだあるし、そういったことを話しながら歩いていきましょうか」
私はそう言ってドレスに付いた土ぼこりを払い落とす。
自分の死を待つばかりだった私が、何故かシロミンと名乗る精霊獣の力によって魔法少女という謎の力を得てしまった。これが暗闇に差し込む一筋の光になるか、暗闇のままかは分からない。けれど、不思議と力は湧いてくる。
今はこの力を頼りに前に進んでみようかしら。