悪役令嬢の追放2
ガタンゴトンと馬車に揺られる追放の旅。食事は一応出されるけれど、寝るのはこの魔法を使えないように魔力の流れが乱される特殊空間となっている馬車の中だけ。仮にも公爵令嬢だった私がまさかこんな危険な魔物を運ぶかのような扱いを受けるだなんて……。
20日ほどで住み慣れた母国を出て、その西にある隣国のダイン王国へと入った。このダイン王国の森の道をまっすぐ抜ければそこはもう追放先である終滅の地だ。一度終滅の地に閉じ込められてしまえば、そこに充満する魔王の瘴気に精神を侵され、数分の内に狂死してしまうという。
あの田舎娘に唆されたとはいえ、まさかジェード様が私に死刑を命じられるなんて思っても居なかったわ。ジェード様は間違いなく私を愛して下さっていた。数多の婚約者候補の中から私をお選びになられたのだから、そこは疑いようがないわ。やはり、あの田舎娘が何か私の根も葉もないような噂を吹き込んだに違いないわ。
私がそうやって私から全てを奪った女、ルナへの憎しみを募らせていると、御者兼監視役の兵士二人の会話が聞こえてきた。
「全く、ジェード様の性癖には困らされたもんだよなあ。こんな美人を婚約者にしといて、新しいおもちゃを見つけたらあっさり捨てちまうなんてな」
「同感だな。流石は公爵令嬢と言うべきか、こんな綺麗な黒髪の女は国中探しても他に見つからねえだろうってのに」
「だよなあ。それで思うんだが、いっそのこと俺らで食っちまうってのもありなんじゃねえか?」
「俺も同じことを考えてたよ。どうせこの後死ぬんなら、俺たちが何したところでバレることはないだろうぜ」
なんて低俗な会話なのかしら。ジェード様を貶めた上に、一介の兵士如きがこの私を慰み者にしようっていうの?
そんな憤りを覚えつつも、別の考えが私の頭によぎった。
この二人なら私のことを愛してくれないかしら?と。
もう私の側には私を愛してくれるジェード様は居ないのだから、せめて死ぬ前に誰かに愛してもらいたい。
この二人は少なくとも私の容姿のことは絶賛してくれている。上手く取り入ることができれば、3人で愛の逃避行なんてことも……。
痛んだ私の心はそんな下らない妄想を巡らせる。しかし、突如兵士二人が上げた叫び声にその妄想は中断させられた。
「何か地響きが聞こえるぞ?一度馬車を止めろ!」
「おい、あの木の向こうに見えるのって、Aランクの魔物のホワイトタイガーじゃねえか!?何でこんなところに居るんだよ!」
ホワイトタイガー?馬車の中からでは見えないけれど、そんな魔物が現れたっていうの?
ホワイトタイガーは必要警戒度がS、A、B、C、Dの5段階評価で上から2番目に高い魔物だ。危険な魔物だけれど、高ランクの魔物ほどその出現に濃い瘴気が必要になる。終滅の地に着いたならまだしも、それなりに距離があるこの地でAランクの魔物が出るなんてどういうこと?
その疑問に答えが出る間もなく、馬車を止めた兵士達が私を馬車から引きずり下ろした。そして、とんでもないことを言い放つ。
「おい、お前が囮になれ!その間に俺達は道を引き返す!」
「はぁ!?私を終滅の地まで送り届けるのがあなたたちの役目でしょう!?兵士ならちゃんと役目を果たしなさいよ!」
「知らん!俺達はお前に死んでくれさえすればいい。どうせ死ぬなら終滅の地だろうとAランクの魔物だろうと変わらんさ。ほら、武器はやるから後はこれでなんとかしてくれ!」
兵士は私を地面の放り出して急いで御者台に座り直すと、素早い方向転換の後、来た道をトップスピードで戻っていった。
この場に残されたのは私とホワイトタイガー、そして兵士が投げ捨てていったひと振りの剣。
こんな状況で女性を放っておいて逃げるだなんて、あの兵士たちは男としてありえないわ!顔で人を評価している時点で察するべきだったわね。
でも、今はそんなことよりも、目の前の今にも凶悪な爪と牙で襲い掛かってきそうなホワイトタイガーを何とかしなければ。Aランクの魔物は本来、熟練冒険者が4人以上集まってやっと倒せるかどうかという強さだ。
私は一応勇者の血を引く公爵令嬢として戦闘訓練もそれなりに積んできてはいる。が、そもそも魔王が討たれて以降は世界各地の瘴気が著しく減少していて魔物の数も少なくなっている。そのせいで魔物への危機意識が減退しているので、私の戦闘訓練は本当にそれなり程度にしかされなかった。兵士達もそのことを加味して、少しでも私に時間を稼いでもらえれば御の字、時間稼ぎにならなくても死んでくれさえすればいいと思っているのだろう。
しかし、彼らには一つ大きな見落としがあった。それは、戦闘訓練によらない私の強さのことだ。
勇者の血を引く者にはチート能力と呼ばれる強大な力が宿る。そして、その力はもちろん私にもある。
私が持つチート能力は、錬金術。能力の内容は、魔力を物質に宿る価値へと変換し物質の価値を増大させ、それと等価交換する形で別の物質を生み出すものだ。有機体を作り出すためには生物由来の物が元でなければいけなかったり、固体と液体間で等価交換はできなかったり等の制約はあるけれど、今はお誂え向きにも目の前に剣が転がっている。罪人の護送を任されるだけあって、それなりに価値の高い剣を持っていたようだ。
これなら私の魔力を注ぎ込むことでアレを作り出すことができるだろう。私は剣を拾い手にしっかりと握る。
「虎さん、悪いけれど、あなたには私の憤りの捌け口になってもらうわ」
私が武器を手にしているのを見て少し警戒している様子のホワイトタイガーを私は睨みつける。そして、気を集中して手に持つ剣に全ての魔力を注ぎ込みながら唱える。
『錬金術:聖剣ムーンライト』
その途端、剣は激しい閃光を放ち、剣身は美しい弧を描き月光のような怪しい輝きを纏う形へと変化した。
これは300年前に異世界から転生してきた勇者が女神から託されたという聖剣…のレプリカだ。レプリカでも、本物の聖剣に準ずる性能を持つことは確認済みだ。
突然姿を変えた剣から放たれる強大な力に怯えているのか、ホワイトタイガーは低く唸り声を上げて後ずさりしている。
「ごめんなさいね。さっきの兵士たちにかましてあげたい攻撃だけれど、彼らは逃げてしまってもう間に合わないわ。どうしてこんなところに居たのかは知らないけれど、今度はもっといい場所に生まれるといいわね。それじゃあね。『聖剣奥義:クレセント・ホーリーレイ』!」
Aランクの魔物にすら怯えられるとは思っておらず、少しかわいそうな気がしてしまったけれど、目の前にこんな危険な魔物が居て放っておくことはできない。私は勇者の伝承にあった、勇者が魔王を討った時に使ったという聖剣の奥義をホワイトタイガーへと放った。剣身と同じく美しい弧を描いた閃光が一瞬でホワイトタイガーの大岩のような巨体を真っ二つに斬り裂き、それでも止まらずに後ろにあった木をもなぎ倒した。
本当にえげつない威力ね……。この技は本来は聖女の祈りの力と合わさって初めて本当の威力を発揮するらしいけれど、それがなくてもAランクのモンスターなら一撃で倒せるなんて末恐ろしいわ。
そして聖剣はというと、錬金術で無理やり作り出した偽物であるためか、奥義を一発放っただけで私の手から光の粒となって消えてしまった。
何とか危機は乗り切れたけれど、武器も無くして魔力も使い切ってしまった。気疲れもして私はその場にへたり込んでしまった。
私はこれからどうすればいいのかしら……。愛してくれる人も居なく、帰る国も無く、死に場所すらも失ってしまったわ。
私は誰かに愛してもらえさえすれば良かったのに、どうしてこんな目に遭わなくてはいけないの?
私にとってジェード様との愛はたった一つの真実の愛だった。
それを守るために邪魔者を排除しようとした結果がこれだなんて、私の人生は一体何だったの?
様々な思いが込み上げてきて、私は大粒の涙をいくつも冷たい地面へとこぼしてしまった。そして、止まらない思いと涙と共に、口からも声にならないような声が絞り出された。
「誰か……私を愛してよ……」
いくら悲嘆に暮れようと、誰も居ない道の真ん中で、掠れたその声が誰かに届くはずがない。そのはずだった。
しかし、どこからともなく私に向けて声が発せられる。
「僕と契約して、魔法少女になるっキュ!」