聖女の癒し4
手に流れ込んでくる温かな力を感じながら、私は自分の人生を思い返す。
全てを思い出したのだ。私の人生を蝕んでいた痛み、苦しみを。
けれど、ルナが全てを癒してくれたから、それらはもう私にとって苦痛ではない。
「ありがとう、ルナ。お陰で冷静になれたわ。危うく復讐相手を見誤るところだったなんて、私はなんて愚かなのかしら」
「エメシー様は何も悪くありません。全てはジェード王子の悪辣な策謀のせいなのですから。ですが、もしやエメシー様は王子への復讐をお考えなのですか?」
不安げにルナは私を上目遣いで見上げてくる。
「当り前よ。私の人生を狂わせた罪は必ず償ってもらうわ。癒しの力でジェード様の性格をあなたが変えられるというのならそっちでもいいのだけれど」
ジェード様も私みたいに何かどうしようもない理由があって道を誤っている可能性がある。それを考えての発言だった。
「何度か試してみましたが、それは無理でした。私の力はあくまで癒しの力。王子のあの性格は心の疲れではなく彼自身の欲望なので、私の力が及ばないのだと思います」
「なるほどね。それは納得だわ。私もトラウマになっていた記憶は癒されたけれど、根の性分には変わりがないみたいだし。ジェード様はこの手で殺したいし、やっぱり私はあまり性格が良くないみたいだわ」
未だに私の復讐心は衰えていないわ。私の人生を狂わせた相手を許すつもりなんて微塵も湧かないのだから、私も根からの性悪人間だったってことよね。
けれど、ルナは何故か少し頬を朱に染めて、頓珍漢なことを言い出した。
「本当にそうでしょうか?私は王子の暴力に晒されるようになってから、こう考えるようになったのです。エメシー様は王子から私を守るため、遠ざけるために私への嫌がらせを行っていたのではないかと。そうだとしたら、エメシー様は心の奥に優しさを秘めた素敵な方だと思いますよ」
「な、何を馬鹿な事を言っているのよ。あなたは頭が良いんだから、あれが優しさの範疇に留まるものではないと考えたら分かるでしょう?あなたも随分とジェード様に精神を侵されているみたいだし、自分で自分を癒したらどう?それともそれは無理なの?」
心の深い傷が急に癒されて逆に不安定になっているのか、私は突然優しいと言われて心が動揺してしまっているのを感じる。
私に優しさなんてあるわけがないのに、これはきっと新手の嫌がらせね。
病み上がりなんだから、もっと丁重に扱ってくれないかしら。なんてわがまますぎて言えたものではないけれど。
「ふふっ。エメシー様に対する私の気持ちは一種の欲望なので、癒しの力は通用しません。私はエメシー様と出会った4年前のあの時から、こんなに気高くて強い女性と仲良くなれたらな、なんて考えていたんですよ」
時間はかかったもののその願いが叶って良かった、とでも言いたげな満たされた笑みでルナは私を見つめる。そんな彼女を見て、私は呆れざるを得ない。
私に酷い目に遭わされてきたくせに、どこまでお人好しなのかしら。力を持っているだけではなく、性格からして聖女だわ、この子は。
けれど、私も今はルナへの敵対心など全くなく、むしろ仲良くなれるならばそれが好ましいとさえ思ってしまっている。
学園での4年間、何かがズレていれば私達は最初から心を許し合えたのかもしれない。けれど、それは仕組まれた障害により現実とはならなかった。そう思うとますます新たな復讐心が燃え上がる。
「そうね。少し遅れたけれど、これから私たちは仲良くなれる気がするわ。その為にさっさと障害を取り除かないといけないわね」
「障害、というとやはりジェード王子のことですよね?しかし、この城は既に王子の手に堕ちていて、末端の兵士やメイドから騎士団長に至るまでが王子の意のままに動きます。いくら勇者の力があるとはいえ、エメシー様一人で王子を相手にするのは無謀すぎます」
あくまで私の為に意見をくれるルナ。
ジェード様の支配が、まさかこの城全体に及んでいるとは思わなかったわ。それなら確かに私一人の力ではどうにもできないでしょうね。
けれど、それは追放前の私だったらの話よ。
「心配はいらないわ。私はね、追放された後に二つの力を手に入れたの。一つは私が英雄と謳われるようになった所以の魔法少女の力。そして、もう一つは人々を絶望に陥れる魔王の力よ」
『フハハハハ!いよいよ我が力の出番という訳だな。予定は変わったようだが、復讐相手が誰だろうと我には何の関係もない。この溢れんばかりにまで溜まった瘴魔力を使って、この世界を混沌で満たしてしまえ!』
完全に人任せなのにやたらと偉そうなグラトのことは放っておく。なんだか勝手に世界を相手にしようとしているし。
「魔法少女……?聞いたことがない言葉ですね。それに、魔王の力を手に入れたってどういうことですか?魔王は300年前に勇者によって討たれたはずですが」
「そうね……。説明してあげたいところだけれど、簡単に済むものではないからまた追々話しましょう。とりあえず、強力な力を手に入れてこの城を相手にすることくらい簡単だからなの。それよりも、今はあなたをここから逃がすことが先よ。そうしないとあなたを巻き込んでしまうわ」
「ええと、確かに魔王の力ともなれば国すらも相手にできそうですが……。それに、私を逃がすと言っても、見張りも居ますしそう簡単な話ではないかと」
ルナは不安そうにしているけれど、心配は要らない。私は黙って手を天井へ向けてかざし、魔王の魔法の一つである灼熱の炎を最小の威力で放った。一瞬だけれど、炎は城の天井を焼き貫いて暗い空で高々と煌めいた。
これは外で待機しているノアへの合図だ。
ルナの目の前で彼女の村を焼くために彼女を村まで運ぶ役割をノアには頼んでいたけれど、そのための合図がルナを助ける目的で使われることになるとは思わなかったわ。
「上手くいったんだね、エメシー。後は僕がルナを村まで運べばいいんだね?」
合図を見たノアがすぐに窓から入ってきた。
「ノア様!?エメシー様は既にノア様とも合流していたのですか」
「ノア、作戦は変更よ。ルナをここから連れ出すことには変わりはないけれど、あなたにはルナを守っていてもらうわ」
「ええー、どういうこと!?やっとルナへの復讐ができると思っていたのに、どうして守ることになってるのさ!」
突然の作戦変更に、ノアは不平を垂らす。
ノアもルナへの敵愾心を募らせていたし、怒るのも仕方がないわね。
「色々と状況が変わったのだから仕方ないのよ。間違ってもルナに手を出してはダメだからね?」
私がそう釘を刺すと、連れていくとうるさいだろうからとノアに預けていたシロミンがノアの背後から顔を出した。
「エメシー、ギリギリで改心したんっキュね!復讐なんて不毛なこと、止めて正解っキュ!」
シロミンはとても嬉しそうにしているけれど、残念ながら誤解している。
「あら、私は復讐を止めるなんて一言も言ってないわよ?」
「え、でもルナには手を出さないんっキュよね?一体どういうことっキュか?」
「あの、その白くてかわいらしい生き物は何なのでしょう?」
シロミンと、シロミンを見たルナから同時に質問を受けてしまった。
「気になるところがあるのは仕方がないけれど、今はそんなことをいちいち説明している場合ではないのよね。復讐は私一人で十分だから、その間に情報共有を済ませておいて」
私はそう言って安全な場所に避難するように促す。
「うー、よく分からないけど、エメシーがそう言うんだったら従うよ。ルナ、どういうことなのかちゃんと説明してよね!」
「えっ、そんな、窓から何て危ないです!ああでも、私がここに居ると迷惑ですし……。と、とにかく、エメシー様、無理はなさらず、身の危険を感じたらすぐにお逃げください!」
理解が早いというか、私の指示にはすぐに従ってくれるノアが、さっとルナを脇に抱え込んで窓から出て行った。
乱暴な扱いでルナには悪いけれど、これが彼女を守るためにも最善なのだから我慢して欲しいわ。
標的は変わったけれど、心の歪みが解消されてより研ぎ澄まされた私の復讐。私が始めたこの復讐を全て私の手で終わらせるのよ。他の話はそれが済んでからゆっくりと進めればいいの。
そう考えながら、私は真の復讐相手の元へと向かうため、部屋の扉をガチャリと開き颯爽と飛び出したのだった。




