聖女の癒し1
王城にて英雄エメラルドの来訪を待つ少女、ルナ。彼女にはなぜ巷で噂になっている英雄が自分に会いたがっているのか、しかもどうしてそれが1対1での対談なのかが分からなかった。しかし国王からの直々に、英雄をうまく話に乗せて我が国の手駒として扱えるように取り込め、と頼まれたのでは断りようがない。
不安ではあるが、人々を助けて回っている英雄なのだからきっと悪い話ではないだろうという希望的観測でもって、ざわつく心を静めようとしていた。
そもそもの話、彼女はここ最近の自分の人生の目まぐるしさについていけていなかった。
彼女は元々はコーライン王国の南西にあるモスパ村という貧しい村でごく普通の娘として暮らしていた。貧しいながらも村人同士で助け合い、彼女自身も親の仕事の手伝いをする等してそれなりに充足感のある生活を続けていた。
そんな彼女に転機が訪れたのは、ジェード王子が視察でこの村にやってきた時だった。
気立てが良く、評判の娘へと育っていた彼女は、ジェードと同い年ということもあり、村の案内を任された。
その役目をそつなくこなし、夜に催された宴会では、王子とのダンスも行った。
その直後だった。ジェードが彼女を王都の学園に共に通うことを求めてきたのは。
「君は優れた知性を持っているようだし、王都で学べば更にその知性に磨きがかかるだろう。そうなれば、この村の発展にもより貢献ができるようになる」
私を育ててくれた親や村の為に自分の力を生かせる、それはルナにとって何物にも代えがたい至上の誘惑だった。この誘いを断れば、恩返しの機会を自ら投げ捨てた親不孝者になってしまう。そう考えたルナはジェードのその言葉に動かされ、王都での学園生活を始めることを決意する。それが地獄への入り口であるとも知らずに。
王都での学園生活は、ジェードの支援により不自由のない快適なものであった。
しかし、入学してからしばらくすると、一人の少女に絡まれることになった。その少女の名は、エメシー・ゴ・コヤマ。公爵令嬢でありジェードの婚約者でもある少女だ。
エメシーは婚約者であるジェードの側にいつもルナが居ることが気に食わないらしく、嫌みや叱責を繰り返した。
ジェードに色目使う気などなかったルナは、エメシーの逆鱗に触れないようにジェードから距離を置こうとする。しかし、ルナがエメシーに絡まれている時には、決まってジェードが間に割って入ってエメシーを咎める、という展開になってしまう。
その展開を繰り返していくうちに、次第にエメシーの行動もエスカレートしていき、ルナのありもしない悪い噂を流したり、倉庫に閉じ込めたりなどするようになった。
魔法薬の実験の際には毒薬をルナに盛ろうとしたり、遠征しての対魔物戦の実習では凶悪な魔物をルナに仕向けたりもした。
それらもジェードが解決し断罪が行われ、エメシーが終滅の地へと追放される結末を迎えたのだが。
本当の地獄が始まるのがそこからだとはその時のルナには思いも寄らないことだった。
「英雄様なら、こんな愚かな私のことも助けて下さるかしら……」
ルナは誰にも届かぬ声で、暗がり行く黄昏の空へと部屋の窓越しにポツリとそう呟いた。
・・・
目の前にそびえる雄大な城。私が8歳の時に王子と婚約をしてから追放されるまでの間はずっとここで暮らしていた。
私はもうここに戻ることは許されないわ。それどころか、私は死んだことになっているはずだし、私を知る者に見つかれば殺されることになるでしょうね。
けれど、それは元公爵令嬢エメシー・ゴ・コヤマの話よ。
今の私はエメシーではなく英雄エメラルド。嫉妬で身を滅ぼした悪役令嬢ではなく、数々の町を救い危険な終滅の地をも浄化した人類の救世主なの。
門兵に話しかけると、私はすぐに城の中へと通された。
向こうは私を他国に奪われるわけにはいかず、ここで機嫌を損ねないように必死なのでしょうね。国王が私の思い通りに動いてくれて本当に助かったわ。
それにしても、次期国王の婚約者と面会するというのに、武器の携帯すら調べられないというのはさすがにどうなのかしら。これも魔法少女の力?それとも、ルナが意外と軽視されているのかしらね。あの田舎娘には私の代わりに婚約者になるだなんて荷が重いでしょうし。
仕方がないから、今すぐその荷を解いてあげるわ。
そんなことを考えながら歩いている間、見知った顔の使用人達と何度か擦れ違った。私とよく関わっていた者も居るけれど、誰一人として私の正体に気付く者は居なかった。
彼らもまさか、私がこうして悠々と城を闊歩しているとは思わないでしょうね。
そして、問題なく面会をするルナの部屋の前へとやってくることができた。
扉の向こうで待つルナに早く会いたい。そんな恋焦がれる少女のような気持ちで、入室の合図をする復讐相手の声を待つのだった。




