吸血鬼の娘3
私は城の地下へと案内された。地下と言えば普通は真っ暗だけれど、ここは魔法で作られた疑似的な太陽光で満たされており、地下とは思えないほどに眩しい。
吸血鬼は太陽光を浴びると弱体化する。そんな吸血鬼が住む城の地下が太陽光で満たされているというのは、異質としか言いようがない。
「ここから先は私一人で大丈夫ですわ」
「分かりました。それでは娘のことは頼みます。このままでは、ハミング家は潰れてしまいますから、物理的に」
私がハミング伯爵に一言断りを入れると、アルキロス殿はそう言って引き下がった。
一人になった私は、地下道を進む。すると、すぐに重厚な鉄製の扉に行き当たった。
そして、扉の横にある穴にハミング伯爵から受け取っていた鍵を嵌めると、鉄製の扉がガチャリと開き、地下道を満たしていた光が弱まった。
私はその中へと入ろうとしたけれど、その前に中から少女の声が聞こえてきた。
「結界が消えた、ってことはやっとボクをここから出してくれるんだね!またボクをこんな明るい所に閉じ込めるなんて、もうパパのこと許さないよ!……って、エメシー!?ボクに会いに来てくれたんだね!!」
憤りの声を上げながら扉から勢いよく出てきた少女は、私の顔を見るや否やさっきの憤りが嘘のような喜びを露にした。
この少女はアルキロス殿の一人娘である、ノア・ハミングという名前の少女だ。明るい空色の髪は肩の高さくらいで短く切りまとめられている。背は子供かと思えるくらい低いけれど、これでも私より20年以上長い時を生きている。
しかし、ノアはとても気性が荒く、こうして疑似日光と結界で力を抑えなければ、吸血鬼の強大な力で周りにあるあらゆる物を破壊してしまうという一面があった。
けれど、そんなノアの凶暴性を、私は抑えることができる。その方法はというと……。
「ま、ノアに会いに来たというか、別の要件であなたの父親に頼みごとをしに来たのだけれどね」
「またまた~。そんなこと言って、本当はボクに吸われたがってるんでしょ?ボクが退学になってからすっかりご無沙汰になっちゃってるし。というか、もういいよね?ボクも我慢の限界なんだ……」
ノアの顔が少し上気している。吸うというのは、吸血鬼なのでもちろん血を吸うということ。ノアは私の血が大好物なのだ。恐らく、ノアには300年前の勇者の仲間だった女吸血鬼の性質が色濃く遺伝子に現れていて、私に流れる勇者の血に惹かれているのだろうと思う。
そして、私の血を吸うと、ノアの気性はかなり大人しくなるのだ。
「もう……。仕方ないわね。私も心の準備はしてきてるから、さっさとどうぞ」
私は左の首筋をノアに向けて差し出した。するとノアは、待ってましたと言わんばかりに私の首筋に、はむっ、と牙をあてがう。
牙が徐々に食い込んでいき、ジクリと私の首筋に痛みが走った。そして、私の血の流れが変わって、少しずつノアの牙へと流れていっているのが感覚で分かる。
「ん…………。ひぅ…………」
血を吸われると、いつも思わず変な声を漏らしてしまう。
ちぅちぅ、というノアの唇から漏れる微かな音と共に、ゾクリゾクリと私の神経が疼いている。
何度味わっても、この感覚には慣れないわ……。
けれど、痛いし血を奪われている嫌な状況のはずなのに、不思議と嫌いにはなれない。というか、あまり認めたくはないけれど、この変な感覚が癖になってしまっている自分がいる。
それに、私の首筋に甘えるようにむしゃぶりつくノアは、とても可愛らしく見えてしまう。もっとも、ノアはいつも上目遣いで私の顔を確認しながら、血を吸う力を強くしたり弱くしたりして私の反応を見て楽しんでくるから、あまりノアの様子を見る余裕がないのだけれど。
そう考えると、今はやけにノアが大人しい。ノアが血を吸う様子を私がじっくりと観察できているのが何よりの証拠だ。
ていうか、いつもよりも長く吸っていない?久しぶりとはいえ、いつもなら数十秒ほどで終わる吸血が、今は一分以上続いているように感じるわ。
「ちょっと、ノア。いくらなんでも吸いすぎよ。これ以上吸われると私が辛いわ」
若干寒気を感じ始めて、私はノアに吸血を止めるように促す。しかし、ノアの返事はなく、吸血を止める気配もない。
「……」
無言でひたすらに私から血を吸い続けるノアを見て、私はようやく危機感を覚えた。
このままじゃ、失血で死んでしまうわ!どうにかしないといけないけれど、無理やり引き剥がすと食い込んだ牙が首筋を引き裂いてしまうわよね……。
落ち着いて、落ち着いて考えるのよ。どうしてしまったのかは分からないけれど、ノアには私を殺そうとなんて思っていないはず。多分何かで気を失ってしまっているのよ。それなら、ノアには正気に戻ってもらわないと……。
そこまで考えて、私は私の頬を伝う汗に気が付いた。
これを使えば何とかなるかもしれないわ……!
『錬金術:水』
私は思い付いたことをすぐさま実行した。汗を錬金術で大量の水に変化させる。そしてその水はノアの頭上に滝となって降り注いた。
「ひゃんっ!?」
気を取り戻したのか、ノアは驚いたような声を上げて私から牙を抜いた。
良かったわ……。吸血鬼が流水に弱いってことを咄嗟に思い出せて。
そして、血が抜かれてクラクラする頭をどうにかしっかりさせる為に気を強く持とうとしていると、ノアが抗議の声を上げた。
「ちょっとエメシー、何すんのさ!いきなり水をかけるだなんて酷いよ!」
「酷いのはそっちよ!一体どれだけ血を吸うつもりだったの!私は危うく死ぬところだったのよ!」
緊急事態だったことに気が付いていないノアに、私は強く言い返す。その様子を見てノアも状況が普通ではないと悟ったようだ。
「あれ、そういえば血を吸っている間の記憶がほとんど無いような……。何だか、前よりもエメシーの血が味わい深くて、つい夢中になって吸っちゃった気がしてきた。エメシー、もしかして血の味変えた?」
ノアはそんなすっとぼけたことを言い出した。
「そんな、香水変えた?みたいな感じで言わないでよ。そんな急に血の味なんて変わるわけ……」
変わるわけない、って言おうと思ったけれど、少し思い当たる節があり途中で言うのを止めてしまった。
そういえば、今の私には魔法少女の力とか魔王の力が宿っているのだから、もしかしたらその影響で血の味も変わったのではないかしら?
「どーしたの?やっぱり血の味を変えたの?」
言い淀んだ私を不思議に思ったのか、ノアが私に説明を求めて顔を覗き込んでくる。
まあいい機会だし、ノアには全て話してしまいましょうか。
「そうね。これが血の味に直接関係しているかは分からないけれど、ノアには追放後に私の身に起こった事について話しておくわ」
そうして、魔法少女の力の事や魔王の魂を復活させてしまった事などを、ノアに簡単に説明したのだった。




