吸血鬼の娘2
私は、高価そうな調度品が設えられた応接間へと案内された。
用意された椅子の正面には、薄鈍色の髪をした20歳くらいに見える美男子がうっすらと笑みを浮かべて座っている。この人がこの地を治める領主、アルキロス・ハミング伯爵だ。
こう見えて、実際は100年の時を生きている。若く見えるのは吸血鬼が人間で言うと12歳~20歳くらいの見た目まで成長した辺りでピタリと成長が止まってしまうからだ。
「エメシー嬢、お久しぶりです。エメシー嬢が追放されたと聞いた時は私も肝が冷えましたが、こうして無事に我が領地を訪ねて下さったこと、心より感謝とお慶びを申し上げます」
ハミング伯爵は私に対して恭しくそう言った。
「ハミング伯爵、追放された私はもう公爵令嬢ではないので、敬語は不要ですわ」
この人の性格的に言っても無駄だろうけれど、一応身分について言及しておく。
「娘のことで大恩があるあなたを敬うのは当然の事です。身分がどうであるか等は関係ありません。そんな事よりも、私が送った旅の餞別はお役に立ちましたか?」
やっぱり、この方に身分について言っても無駄だったわね。それより、餞別って一体何の事かしら?
そうして私は少し思案する。
ここに来るまでに色々あったけれど、その始まりに一つ不自然な事件があったわね。それのことかしら。
「あのホワイトタイガーはもしや、ハミング伯爵の差し金でしたのね」
「その通りです。エメシー嬢が終滅の地へと追放されると聞いて、それを阻止するためにささやかながら部下に用意させました。あの程度の魔物なら見張りの兵士ではどうしようもないでしょうが、エメシー嬢の敵ではないでしょうから」
やっぱり、ホワイトタイガーの出現は作為的なものだったのね。魔力を全て消費して倒せる相手を敵ではないとは言えないから少し買い被られている気はするけれど、結果何とかなったのだからナイスアシストだったわね。
それに、罪人を逃がすように手配したというのが国にバレたら伯爵と言えどタダでは済まないわ。なのに、そのリスクを背負ってまで私に助け船を出してくれたのだから、この人は信用してもいいわね。
私は今日の本題をハミング伯爵に話しても問題ないと再確認した。
「やはり、ハミング伯爵は信頼できるお方ですわ。そこで、今日はハミング伯爵にお願いがあって参りましたのよ」
そう前置きをして、私はこれまでにあったことと私の復讐の計画をハミング伯爵に話し始めた。
・・・
「……というわけで、ハミング伯爵には国王に『英雄エメラルドが王子の婚約者であるルナ殿に会いたがっている』という旨の話を通して頂きたいのですわ」
一通り話すべきことを話し終え、ハミング伯爵の反応を待つ。ハミング伯爵は時折相槌を打ったり驚いたような表情をしていたけれど、最後まで話を聞いてくれた。
「ふむ……。英雄エメラルドの噂は小耳には挟んでおりましたが、その正体がまさかエメシー嬢だったとは……。その上魔王の力までエメシー嬢に宿っているとなると、話は重大ですね」
そう言って深く考え込むハミング伯爵。
まあ、こんな話を聞かされて二つ返事で了承するわけがないわよね。この話が通れば楽に事が運びそうなのだけれど、無理なら別の方法を探さなければいけないわね。
沈黙を続ける伯爵の様子を見て私はそんなこと考え始めていた。しかし、私が次の策を考え出すよりも前に、伯爵がゆっくりと口を開いた。
「……良いでしょう。国王へと言伝をする役目、この私が引き受けます」
「あら、よろしいのですわね?私の復讐が果たされれば、その時は私とルナの橋渡しを行ったハミング伯爵が疑われることになりますわよ」
引き受けてくれると言われホッとした一方、伯爵にとって全く利がない話を受け入れた理由が気になる。
「それは承知の上です。しかし、心配は無用です。今の話からしてエメシー嬢も感じている事が察せられますが、私も今の国王が国を動かしているのではどうせこの国は終わりだと思っているのですよ。それなら、今のうちに国の方から私を追放でもしてくれた方が楽になると思ったのです」
驚いた。大したことではないようにその口から語られたのは、国に仕える身分の者が言ってはいけない類の言葉だった。
これは伯爵もかなり腹を割って話してくれている証拠だわ。
それにしても、伯爵もこの国の国王に不信感を抱いていたのね。
言わずとも伯爵にはバレていたようだけれど、私が英雄の話を国王に直接届けるように言ったのは、国王が強欲で無能だと思っているからだ。そんな国王なら、一騎当千の力を持つともっぱら噂されている英雄エメラルドを戦力にするために抱き込もうとするはず。だから、そこに付け込んで私自身を餌にすれば容易に王城へと招かせることができる、という作戦だ。
いくらこの国に辟易しているからといって、伯爵がこんな危険な話をあっさり受け入れていいものだろうかとは思うわ。けれど、初めから私の為に危ない橋を渡ってくれていたのだから、今更なのかもしれないわね。
「あら、追放も楽ではございませんことよ?なんせ、道中でホワイトタイガーに襲われて、一人で戦わなければいけなくなるなんてこともございますわ」
「それは厄介ですね。しかし、私は吸血鬼の特性のお陰で空を飛べますから、それが助け船になるかもしれませんね」
お互いが抱いている国王への不信感を共有し合えて、私たちはそんなことを冗談めかして言い合った。
「それでは、この件はハミング伯爵にお任せしてもよろしいかしら?」
私は最後の確認をする。いくら良い雰囲気でも、最後まで気を抜いてはいけないのが貴族同士の交渉だ。
「はい、もちろんです。……と、言いたい所なのですが、その前にこちらからも一つだけお願いしたいことがございます。それが何かは察して頂けるかと存じますが……」
交渉成立かと思いきや、伯爵はその直前に新たな条件を示唆してきた。
やっぱりそう来たわね。まあ、これも想定内というか、初めからこの交渉に組み込まれていた条件と言ってもいいものだから問題ないわ。
「はい、分かっておりますわ。ノア嬢のことですわね。私も、心の準備はしてきていますから、早速ノア嬢の所へ案内してくださいませ……」
誤字報告ありがとうございます。
自力で見つけ出して投稿前に修正できるよう気を付けます。




