魔王の甘言3
「見えてきたわ。あれが目的の町よ」
森を抜け、平原をひたすらに歩き続けて、野宿なんかも経験した。錬金術のお陰で寝床や食料を作れたし、さほど大変には感じなかった。なんで元とはいえ公爵令嬢の私がこんなことをっていう精神面での苦痛はあったけれど。
まあ、そんな細かな不平を気にしている場合ではない。
私は町の近くにあった岩場に身を寄せて様子を窺う。
ここはダイン王国の最東端に位置する町で、防壁が全く無く町が剥き出しになっている。防衛機構は申し訳程度に見張り台が設置されているのみだ。
こんな脆い作りになっているのは、200年ほど前の戦争の結果だ。ダイン王国は現在コーライン王国の属国となっていて、従属の証として境界となるこの町の防壁を取り壊すことを要求されたのだ。
この辺りは魔物も全く出ないし、戦争での被害を無くせるのだからその要求を受け入れることは間違いではないと思うけれど、お陰で今の私の格好の的になってしまっている。
これならやりたいことが簡単にできそうね。
『何をこそこそしている?町には入らないのか?』
グラトが私の行動に疑念を抱いたのか、聞いてくる。
「中だと誰かに見られるかもしれないし、外から仕掛けるつもりなのよ」
そう答えて、私は側にある大岩に目をやる。
これなら問題なくアレが作れそうね。
そう考えて、私はその大岩に魔法を使った。
『錬金術:ストーンゴーレム』
すると、先ほどまでは何をしても動かなさそうだった大岩が、高さが8メートルはある巨大な人型になり、ゴゴゴゴゴ、と轟音を放ちながら動き出した。
『なんと、錬金術とはこんな物まで作れてしまうのか。凄まじいな』
「これくらい朝飯前よ。ま、動くとなるとそれなりに価値が必要なのだけれど。さて、それでは早速始めましょうか。ストーンゴーレムよ、町を破壊しなさい」
私が指示すると同時にストーンゴーレムは町へ向けてゆっくりと動き出した。
そして、地鳴りを聞いて異変に気付いた町の人たちが、その巨大な石の塊の接近を目の当たりにして泣き叫ぶ。町へと辿り着いたストーンゴーレムは、そのまま建物の破壊へと取り掛かった。
「ああ、なんてことっキュ……。魔法少女が人間を殺戮するなんて、そんなことがあってはいけないっキュのに……」
破壊の限りを尽くされる町を見て、シロミンが悲嘆に暮れている。
けれど、少し誤解されている部分があるのが気になる。
「シロミン、言っておくけど、私は人を殺すつもりなんてないわよ?その為にあんな派手なゴーレムに攻撃させているんだから。ゴーレムは破壊力こそあれど、動きが緩慢で音もすごいから、家が潰されるより前に人は逃げられるわよ」
「そ、そうなんっキュか?エメシーは魔王に魂を壊されて、人の心を無くしてしまったのかと思ったっキュが、ギリギリまだ人の心が残っていたんっキュね……」
シロミンは暗闇に一筋の光を見出したかのようにそう言う。
「全く、私のことを一体何だと思っているのよ。私はちゃんと考えて行動しているんだから、無意味に殺戮なんかするわけないでしょう。人を殺してしまったらその分、負の感情が得られなくなってしまうじゃない」
「そんな計算があったっキュか……。その理屈だと、負の感情が得られるなら人殺しもしそうっキュね」
「失礼なことを言うわね。実際は殺したら得られないんだから、そんな仮定の話をしても仕方ないでしょう?」
私だって、意味なく人を殺したいとは思わない。グラトみたいに馬鹿だったならともかく。
そんなことを考えていると、そのグラトから思わぬ指摘が入った。
『人間が死ねばその人間から得られる負の感情が0になる、その考えは間違っていない。だが、人間が多数いるこの状況では少し変わってくるぞ?』
「え?それは一体どういうこと?」
私の推測は間違っていなかったみたいだけれど、それを踏まえた上でまだ何かあるようね。
『クククク、簡単なことよ。死というのは本人にとっては一瞬の出来事だが、それを見ている周りの者にとってはそうではない。目の前で人が殺されれば、その対象が次は自分かもしれないという恐怖に支配されるのだ。だから、人間の数が多いときは、見せしめに何人か殺すのが効率的な瘴魔力の集め方になるぞ』
な、なるほど……、確かにその方が理に適っているわね。その発想は私にはなかったわ。グラト、馬鹿なのかと思っていたけれど、実はそうでもないのかしら?
「何ておぞましいやり方っキュか……。それって、グラトが考え付いたやり方っキュか?」
シロミンからすらも瘴魔力を集められそうなくらい、シロミンは絶望の表情を浮かべている。けれど、私が抱いたものと同じ疑問は抱いたようだ。
『うむ、そうだな。これは我が配下にして最も信頼していた者が教えてくれた事だ。我の配下なのだから、これはもう我が考えたと言っても過言ではあるまい』
「「……」」
あまりにも残念な発言に、私とシロミンは二人して沈黙する。こんな頭の中がお花畑な魔王を一瞬でもすごいと思いかけた自分に悲しくなってくる。
「……と、とにかく!絶対に人を殺す一線は越えた駄目っキュよ、エメシー!」
沈黙を破ってシロミンが私に言い募る。
うーん、どうしようかしら。魔王の言う通り、今の状態だと瘴魔力の集まりが悪いのよね。けれど、人を殺してまで瘴魔力を集めたいかというと……。あ、そうだわ、あの方法があるじゃない!
とある策を思いついた私は、鞄から以前回収したホワイトタイガーの牙を3つ取り出した。
これならAランクの魔物の牙だから相当希少で価値が高いはず。
「エメシー、聞いてるっキュか?ん?牙なんて取り出してどうするっキュ?」
「思いついたのよ、人を殺さずに、人を殺した時と同じだけの絶望を生み出す方法を」
そう言って、私は牙に錬金術を使う。
『錬金術:人間』
すると、3つの牙はそれぞれ中性的で成人の見た目をした人型に変わった。
「良かった、成功ね。この人間は意識も痛覚もない、ただの人形みたいなものよ。これなら見せしめに殺しても問題ないでしょう?血だけは多めに生成したから、派手な演出を見せてくれると思うわ」
「に、人間が現れた時はびっくりしたっキュ。でも、確かにそれなら問題ない……っキュか?うぅ、僕にはもう何が正しくて何が間違いか分からないっキュ」
『我にもよく分からんが、人間なんぞ普通に殺してしまえば良かったであろうに、随分と面倒なことをするのだな』
「何が正しいかとか、そんなことを考えても仕方がないのよ。私にとって重要なのは、私の心が許すかどうかなの。私の心が許せばそれは正しい行為、許さなければ間違った行為。それだけで十分よ」
シロミンはまだ何か言いた気だったけれど、こんなことをウダウダ議論しても意味はない。私は3体の人形に命令して暴れまわるストーンゴーレムの元へ走らせた。
意識無き人形達はあっさりとゴーレムの手に捕まる。
そしてゴーレムは容赦なく一体を地面に叩きつけ、一体を握り潰し、最後の一体は天高く放り投げた。
その瞬間、町の外からでも分かるほどに町から聞こえる悲鳴は大きくなり、私の中に多くの瘴魔力が流れ込んできたのが分かった。
「ふふっ、良いわねこれ。瘴魔力をたんまりと手に入れたわ。また別の町でやってみてもいいわね」
「できればもう止めて欲しいっキュ……。意識がなくても、人間が殺されるのを見るのは気分が悪いっキュ」
やっぱり、まだシロミンは異存があるみたいね。シロミンが言いたいことも分かるけれど、今私が果たすべき復讐という目標の前では些細な問題だわ。
「シロミン、元気を出して。ほら、今からシロミンが大好きな人助けをしに行くのよ。町が全壊してもおかしくないこの状況に正義の魔法少女が現れたら、きっとみんな大喜びよ」
そう言って私はシロミンを宥めてから町へ向けて駆け出した。
シロミンは流石にそんな言葉で立ち直るほど扱いやすくはなかったけれど、ちゃんと私に付いてきた。
町に入った私はゴーレムの前に立ち、逃げ惑う人々に言い放つ。
「ここは私が何とかするわ!あなたたちは早く逃げなさい!」
少しでも希望を持たせる演出をして多くの聖魔力を得る、そういう思惑があってそうした。けれど、人々の反応は思わぬものであった。
「あ、あなた様はもしや、英雄エメラルド様ではありませんか!?」
町民の一人がそんなことを言い出した。
「おお、終滅の地から湧き出る魔物を一人で殲滅して村を救ったというあのエメラルド様か!」
「噂によると、ホワイトタイガーを一人で倒されたとか。魔法使いと聞いていましたが、剣も扱えるのですね!」
他の町民も次々とそんなことを口にする。
「え、ちょっと、私の噂ってもうそんなに広まっているの!?それは予想外すぎるわ……」
私が魔法少女エメラルドとして活動を始めたのはつい10日ほど前の話なのに、噂ってこんなに早く広まるのね……。
っと、そんなことに驚いている場合ではないわ。目の前のゴーレムは作り主の私を見て動きを止めているけれど、これだと却って怪しまれてしまうわね。
そう思って私は予め弱点に設定しておいた頭部に向けて跳躍し、剣を思いっきり叩きつけた。すると、ゴーレムの頭は粉々に砕け、全身はただの岩へと戻り崩れ落ちたのだった。
···
「いやー、突然ゴーレムが現れて、もうこの町は終わりだと思いましたが、まさかあの英雄エメラルド様に助けて頂けるとは。町は半壊しましたが死者は0。家を無くした者も急場をしのげる建物まで作って頂いて、感謝してもしきれません!」
ゴーレムを倒した私は、私の戦いを見ていた者に町長だという男の所へと案内された。
自分で考えても私はかなり怪しい人物のはずなのだけれど、魔法少女の認識阻害の力のお陰で、全く怪しまれずにひたすらに感謝され続けた。
それによって聖魔力も思っていたよりも多く稼げたので、ついでに簡易的な住居をいくつか錬金術で作ったのだけれど、それもまた大いに感謝されたのだった。
「感謝はしてもらえるだけしてもらって構わないのだけれど、そんなことよりも私の名が既にこの町まで届いていたことが驚きだったわ」
「まあ、平和なこのご時世、民達は娯楽としての噂話に飢えておりますからな。きっと今日の話もすぐに他の地へと伝わりますよ」
なるほど、そういうことだったのね。国同士の戦争が度々起こりはするけれど、今この国はどことも戦争はしていないし、魔物が居ないというだけで平和に感じるわよね。
それにしても、噂、ね。これってもしかしたら結構都合がいいのではないかしら?
コーラインの王都に戻ったとして、どうやって王城内でジェード様の婚約者としてのうのうと暮らしているであろうルナに近づくかが問題だったのよね。
城に入るのが難しいのなら城から出ているときを狙おうかと思っていた。けれど、戻る間に英雄としての名声を上げて、向こうから城に招かせるというのも有りな気がするわね。
「もしや、噂話を広められるのは迷惑ですか?」
私が考え事をしているのを見て、町長は噂を広められるのが迷惑なのではと勘繰ったらしい。
実際は全く逆のことを考えていたのだけれどね。
「いいえ、噂はどれだけ広めてもらっても構わないわ。けれど、一つ要望があるとすれば、コーラインの王都に向けて噂を広めていってほしいわね」
「コーラインの王都、ですか。分かりました。それではコーライン王国行きの商人らを中心にこの噂を広げるように手配します」
魔法少女の姿ならちょっとやそっとではボロが出ないことが分かり、私は大胆な提案をしてみた。そして案の定、町長は何の疑問も抱かずに私の提案を聞き入れてくれた。
ふふっ、良い感じに場作りが進んでいるわ。この調子でいけば、近いうちにあの泥棒猫の絶望する顔を拝める日が来そうね。
瘴魔力の収集だけでなく復讐の舞台設定にも思わぬ進展を得られて、私は機嫌を良くし更なる策を巡らせるのだった。




