表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
flappers 0  作者: さわきゆい
hunter's smile
2/25

hunter's smile 1

「突然お電話差し上げて申し訳ありません。」

電話の向こうの相手はスラスラと話しだした。自衛隊にいた頃の上司の名前を出し、紹介してもらったのだという。

「未登録翼保有者対策室、というのをご存知でしょうか?絵州市に拠点を置いているのですが。こちらで職員を募集しておりまして、興味がおありでしたら、一度お話をどうかと。」

未登録翼保有者対策室、厚生労働省の管轄だが、翼保有者といえば国際翼保有者登録機関(IROW:アイロウ)で登録、管理がなされているのだからそんな国際組織とも関わっているということだ。

胡散臭い感じは拭えない。あの上司があんな事件を起こして退職した自分にそんな職場を斡旋してくれるなど、あるだろうか。

しかし、生活するためにはとにかく早く仕事を探さねばならない。わずかな退職金は借金の返済と相手方への治療費や見舞金の支払いであらかたなくなっている。

ひとまず会って話を聞いてみようと決めた。ヤバそうな相手には鼻が効く方だし、ちょっとくらいヤバい仕事でもこの際構わない、という捨て鉢な気持ちもある。

念のため、元上司に連絡を入れてみるが繋がらなかった。訓練中だと数日連絡がつかないこともある。

(ま、なるようになるか)

投げやりな気持ちでごろりと横になる。目に映る、窓の外の冬空はどんよりとしていた。


絵洲市は東京から新幹線で1時間ちょっとで着ける地方都市だ。地方都市とは言っても人口100万人を超える大都市で、有名大学や企業の本社も多い。

この街が翼保有者、通称『ウィンガー』に関連する話題で初めて注目されたのは9年前のことだった。

ウィンガーの発現率は100万人に1人程度。現在、国内での登録者数は40人に満たない。

年間の出生数が95万人を下回るのではないかと言われているこの頃だから、一年間に生まれた子供のうち、1人が発現するどうかという確率だ。

日本を含むアジア地方での発現率はもともと欧米と比べて低いと言われてきた通り、それまでは年に2人以上のウィンガーが保護されたことはなかった。

だが、9年前、絵洲市内の小学校、五年生の同じクラスから同じ日に2人の翼発現が認められた。世界的にも稀なケースで、ニュースでも大きく取り上げられた。様々な分野の専門家と言われる人々がそれぞれに推論をのべ、有識者と言われる人々が様々なメディアを通して意見を出した。

だがもちろん、結論も新しい知見も得られなかった。翼保有者、ウィンガーが現れてから50年近く経つが、彼らの翼についてわかっていることは少ない。


この時の騒ぎは数ヶ月で沈静化し、マスコミで取り上げられることもなくなった。しかし、その二年後に、この事件は再び蒸し返される。同じクラスの出身で、中学一年生になっていた女子が1人、翼を発現したのだ。さらにその次の年に同じ小学校の六年生の男子が翼を発現。問題のクラスに在籍していた男子生徒の弟だった。


ウィンガーが確認された場合、公表されるのはおおよその場所と年齢、性別くらいで、学校名や誰かの血縁なんて情報は公にならないことになっている。ただ、実際には周囲の友人、知人、親戚などにはあっという間に広がる話だし、SNSなどで情報が漏れれば当事者はもちろん、家族までも好奇の目に晒されるのはいうまでもない。

翼を発現した子供達がいずれも問題のクラスに関わっているとニュースは、少々オカルトじみた憶測なども呼びながら、あっという間にSNSで拡散し、再びメディアに取り上げられることとなった。

だが、この騒ぎは最初の2人が発現した時よりもずっと早く収束した。どこからか強い圧力がかかったという噂もあったが、同じ時期に20歳以上のウィンガーが連続して保護され、関心がそちらへ向いたことが大きいと思われる。

彼らはいずれも外国籍の出稼ぎ労働者だったが、翼の発現から数年の間、そのことを隠して生活していた。

母国でのウィンガーの非人道的な扱いを訴え、日本での管理・生活を希望した彼らだが、全員『国際規定』に基づいて保護から数日以内に母国へ送り返されている。

この頃から、ウィンガーの発現者数として、公式に出されるデータから発現場所、年齢等の記載がなくなり、国内全体での年間発現者数のみの公表となった。

これを問題視し、ネットや週刊誌で話題にするものもあったが、盛り上がりは見せていない。

ただ、以降のウィンガー保護の舞台が絵洲市に大きく偏っていることは多くの人の知るところだ。

密かにウィンガーの"聖地"などと呼ばれるようになり、一時期は絵洲市の観光業は大きな影響を受けた。


その絵洲市に『未登録翼保有者対策室』が設置されたのは4年前。積極的に外国人労働者を受け入れている絵洲市や、その周辺都市に「翼の発現を隠して入国しているウィンガーが少なからずいると思われる。市民生活の安全のために、未登録の翼保有者の実態の把握と迅速な登録、処置が必要である」

というのが設立理由だった。だが、設置後の活動実態はよく分からない。対策室の名前をニュースなどで見るようになったのは、半年ほど前からだろうか。その頃から急に対策室でウィンガーを保護したとか、警察にウィンガーが関わっている事件について情報提供しているとかいう話を聞くようになった。

いずれにしろ、電話をしてきた相手に会う前に集めた情報では、対策室が具体的にどんな仕事をしているのかはよく分からなかった。


「公表は控えられていますが、絵洲市ではここ数年、年に5〜6人ずつウィンガーが保護されてきました。去年はとうとう、一年で10人の保護を達成してます。過去10年の統計を見ても、国内のウィンガーの九割は絵洲市で保護されているんですよ。実際のところは、アイロウから非常事態宣言を出されてもおかしくないくらいの数字です」

"話を聞きに"訪れた相手はあっさりとそんな風に話を切り出した。

スーツ姿の細身の男。思っていたより若そうだ。せいぜい30歳くらいだろう。いかにも営業マンらしい、人当たりのいい話し方だが、内容が内容だ。

「大きな問題として取り上げられていないのは、報道規制がなされていることと、発現者の大部分が外国籍で、保護と同時に自国に強制送還されていることが理由です。というか、それを理由に政府筋も国内の発現者が増えているわけではない、として報道規制をかけている訳です。下手に不安を煽って絵洲市にパニックを起こしてはいけませんから」

それはまだ仕事に就くかどうかもわからない相手に、簡単に口外していい内容とは思えなかった。明らかに怪しすぎる。

そうそうに話を切り上げようと考えた矢先、相手は話題を変えてきた。

こちらの事情を知りすぎるくらいに知っており、早急に金策が必要な点をいやらしく突いてきたのだ。

「研修期間の1ヶ月も給料はでます。引越し費用と準備費用は前払いでお渡ししましょう。それで当面、首は回るんじゃないでしょうか?」

にこやかに相手が提示してきた金額は確かに急場をしのぐのに足りる金額だった。

「こちらは今日来ていただいた分の交通費です。すぐに雇用契約書を書いていただけるなら、研修施設までの交通費ということで、その倍額お渡ししますが、どうしますか?」

差し出された封筒の中を確認する。交通費にしてはゼロが1つ多い。この倍の金額をすぐにもらえるというのは、もちろん、有難いのだが…

「あなたが選ばれた理由についてですか。正直、私には分かりません。上の意図としか申し上げられません」

肝心なところは答えをはぐらかしてくるのがまた、不信感を募らせる。

相手はニヤッと笑いながら、目を覗き込んできた。

「まあ、わかる部分もあります。翼を発現させているウィンガー、つまり自我を失って暴走している状態の彼らを確保するとなると、それなりの訓練を受けた特殊部隊か自衛官でもなければ対処できません」

なるほど、それが大きな理由なのはわかる。基本、ウィンガーは傷つけずに保護することが優先される。貴重な研究対象でもある彼らは、例え凶悪な犯罪を起こしていたとしても確保時に死亡させることなど、あってはならない。銃での狙撃などもってのほかだ。

「実際のところ、ウィンガーに対峙するのに最も適した相手はウィンガーなんですがね。同等の身体能力を持って、しかもその能力をきちんとコントロールできる登録者が対応できれば一番です。ただ、現在の国内でウィンガー保護に関わる仕事についているウィンガーは片手で数えられる程度なもので。どうにも人手が欲しいのです」

にこやかな表情は変わらない。変わらなさすぎて、仮面でも見ているようだった。

「危険な任務もありますので、報酬はお話しした通りです。あなたの経済状況からしても、いいお話だと思うのですが、どうでしょう?ただし、余裕ができたからと言っても、趣味にお金を使いすぎるのは避けていただきたいですが」

最後の一言が決定打だった。選択の余地はない。こちらは首根っこを押さえつけられているのだった。


4年ほど前、『未登録翼保有者対策室』が設立されるより少し前の話。

しばらく前から、絵洲市ではウィンガーが関連していると思われる暴力事件が続いていた。ちょうどその頃、半年の間に2人の子供がウィンガーとして保護されており、以前に翼を発現した子供達と同級生だ、兄弟だ、との情報が出回って拡散していた。

小、中学校、高校などでも、また発現者が出るのではないかと噂が飛び交う中、次のウィンガーが保護、というか取り押さえられたのは夜の歓楽街だった。

店をひとつ、壊滅的なまでに破壊した末にやっと翼が消え(といっても暴れていたのは10分にも満たないのだが)茫然自失状態の男は駆けつけた警察官4人に押さえつけられた。

26歳、東南アジア出身の外国人労働者。

翼の発現を10年近く隠して生活しており、もちろん、ウィンガーとしての許可を得ずに海外渡航していたため、強制送還となった。その後、彼と一緒に来日していた友人や職場の同僚にも未登録のウィンガーがいることが判明する。

イモズル式に次々と彼らが拘束され、翼の発現を隠して入国している人間が予想以上に多いことがわかってきたものの、対応できるアイロウ職員も不足しており、日本支部はアメリカにある本部へ応援を依頼した。

本部からはまず、視察隊が派遣されることになり、この受け入れを前に、事前調査のために日本支部所属のウィンガーが1人、絵洲市入りした。

だが、彼は翌日、変わり果てた姿で見つかる。

犯行にはウィンガーが関わっている可能性が高く、アイロウ日本支部は大騒ぎになった。

この事件が、きっかけとなって、慎重に報道規制していたウィンガーの連続発現がマスコミに取り上げられてしまう。

未登録のまま、翼を隠しているウィンガーを『隠れ天使』と呼び、治安を脅かす存在として非難し、同時に、政府やアイロウが何も対策を取らないとを糾弾した。

アイロウの日本支部は対応を取っていることをアピールするため、ほとんど成り行き任せで、対策室を作ることを発表した。

つまり、当初は世間へのアピール目的で作られた、名ばかりの組織だった。

設置されてから3年間の活動実績に、ウィンガーの発見、保護の数値はない。見つかったウィンガーのトレーニングセンターへの送致手続きや、自国へ強制送還するための引き渡し事務手続きの数字ばかりが記録されている。


一ヶ月間の研修は、そんな『未登録翼保有者対策室』の設立経緯から始まった。当初は名ばかりの組織だったと講義担当者が断言したのには驚いたが、要するに、今は違うということを力説したかったらしい。

「去年の夏から今年にかけて体制が見直され、職員も総入れ替えされた状態です。といっても、もともと室長の下に調査係が1人と事務員2人しかいなかったわけですが。室長も四月に交代します」

つまり、新しい室長と同期入職するというわけか。時期を同じくして職員も増員されるらしい。そのため、今借りているオフィスビルから移転の予定もあることが、余談として教えられた。どうも、新規オープンする店舗に配属されるような感覚がする。


「いずれわかることですし、知っておいた方が仕事をしやすいと思いますから」

と、前置きして講義担当者の初老の男は続けた。

「対策室の最初の室長になったのは、亡くなったウィンガーに現地調査を命じた上司でした。危険のある任務にウィンガーを1人で派遣するなど、考えられないことです。」

その口調には腹ただしさと侮蔑が入り混じっていた。

「貴重な人材を殺人という形で失った責任を取るべく、対策室長に任ぜられたのですが、にもかかわらず、これといった結果は出せませんでした」

要するに、左遷人事だったのだろう。

「それどころか、ろくな対策も打たなかったために、隠れ天使は増加の傾向にあったのです。これを問題視し、対策室に志願したのが現在調査チームのリーダーを務めている須藤氏です」

目の前の男が、対策室の室長を毛嫌いしていることは間違いなかった。たしかに話を聞く限り、有能な人物とも思えない。そんな人間が国家公務員として、名ばかりの組織とはいえトップの地位にいるというのは嘆かわしい話だ。

目の前に若い男性の写真が添付された、タブレットの画面が差し出された。

男性目線から見ても、相当なイケメンだ。

一瞬、モデルか俳優の宣材写真かと思ったが、その脇に添えられた簡単なプロフィールをを見て、これがさっき名前の出た須藤氏だと気付いた。

驚かされたのはその顔立ちばかりではない。

ー18歳、高校3年時に翼を発現。

略歴には確かにそう書かれていた。

「彼があなたの直属の上司になります。彼を中心とする調査チームで隠れ天使の発見、保護を行うのがあなたの仕事です」



「正式採用とは言っても、表向きはセキュリティ会社の営業という身分で、様々な調査や内偵をすることになります。」

研修を終え、四月から『未登録翼保有者対策室』に正式採用が決まった日、最初に面談したあの男が現れた。

研修施設に来てからもちょくちょく様子を伺いに来ていたのは知っている。

笠松と名乗るその男は青いプラスチックケースを差し出した。

「名刺です。今後はその名前で活動してもらうことになります。」

ケースを開けると、

ー有限会社 エル・プロテクト

営業 桜木隼也

とある。

隼也、は本名にまあ近い。桜木は母親の旧姓だ。多少馴染みのある名字を選んでくれたということか。だが、それだけ身辺調査をされているということでもある。

「アパートも用意できています。部屋代は職場持ちですが、光熱費は自己負担になります。手続きに必要な書類はここに。」

この施設に来た時からそうだが、至れり尽くせり過ぎてやや背筋が寒くなる。

「明日か明後日には絵州市に向かって下さい。なるべく早く対策室の方へ顔を出して、あとはあちらの指示に従ってもらうことになります」

流れるような説明に口を挟む隙もない。いつもにこやかで、柔らかい話し方をするのだが、こちらに余計な質問を許さない、氷のような空気をまとっている。

鈍い人間なら外見の穏やかさに任せてあれこれ聞いたりもするのだろうが、こちらはそれを感じ取ってしまうのだからしょうがない。

ただ、黙って頷くしかなかった。


ワンコール目で相手は笠松の電話に出た。

「ああ、例のガンマニアの、もと自衛隊くんね、無事研修終わったよ。明日には絵洲市に向かうそうだ。なかなか使えそうだよ…うん、頭も良さそうだし、余計な詮索もしない方がいいとわかってるみたいだし」

そこで笠松は相手の言葉に口元を歪めて笑った。

「なぁ、須藤、俺は人を脅したりなんかしないよ。相手の弱点を指摘して交渉しただけだ…まぁ、あとはお前がうまく使えれば、それでいい…」


桜木隼也の上司になる須藤誠次はさわやかな笑顔を見せていた。隼也より3つ年上の28歳だという。

写真で見た通りの整った顔立ちと耳触りのいい声をしている。実物の方が写真よりも品の良さそうな雰囲気も醸し出し、普通に歩いていてもかなり目立ちそうだ。

惜しいのは、身長が160センチ代半ば程度と小柄な点か。

隼也も顔にはそれなりに自信があったのだが、須藤を前にするとかなわないな、と正直思う。向き合った時に、180センチの隼也からは見下ろす感じになるのがせめてもの慰めだ。

それに、須藤はウィンガーだという。


2人がいるのは小さな会議室だった。6人ほどが座れるテーブルが置かれているだけで椅子はない。四月から職員が増員されることを機に、このオフィスビルに対策室は移転してきていた。まだフロア全体が雑然としていて、あちこちにダンボールが積まれているが、ここにはこの通りテーブルだけだ。

「天使を見たことは?」

月並みな自己紹介の後、須藤が聞いた。

天使、はもちろんウィンガーの通称だが、当事者達はあまり好まない。小馬鹿にされている感じがと言う者もあるし、人間として扱われていないように感じるという意見もある。宗教的要素もあるため、あまり表立って口に出さない方がいい呼称だが、当人が気にする風もなく使ってしまっている。

「いえ、映像で見たことしかないです。」

本当は、西アフリカの治安維持で派遣されていた時に一度見たことがある。だが、一応それは機密事項になっていた。

「じゃあ、一応見せておくね」

隼也が何か言う前に、須藤の背後に霧のような粒子が集まっていく。それは2、3度まばたきをする間に純白の翼と化した。

須藤のキレイな顔立ちと、その効果を自覚しているだろう取り澄ました表情と相まって、それは非現実的な光景を作りだしていた。

肩からせり上がった白く柔らかなラインは、彼の耳元付近から今度は下方へ優美なカーブを描き、膝の辺りまで伸びている。

(大きい・・)

隼也はゴクリと唾を飲み込んだ。心拍数が上がっているのが自分でも分かる。アフリカで見た少女の翼は広げても、隼也の片腕の長さに満たなかっただろう。資料映像の中でもこれほどの大きさの翼は見たことがない。

「研修で翼の大きさと、運動能力の上昇率の話は聞いたよね。」

翼の大きさに比例して、運動能力が上昇する傾向がある、というのは自衛隊時代の講習会でも聞いていた。ただ、この1ヶ月の研修で新たに知ったことも多い。

翼の大きさの呼称もそうだ。一般的にはあまり知られていないが、両腕と翼を広げた時に翼が肘まで届かない場合を"キューピッドクラス"それ以上の大きさの場合を"ミカエルクラス"または"マイケルクラス"と呼ぶのだそうだ。"マイケル"は最初に確認されたウィンガー、マイケル・オーウェンの翼がそのぐらいの大きさだったことに由来する。

須藤の翼は広ければ彼の腕の長さを優に超えるだろう。

「国内ではトップクラスの大きさだよ。筋力も動体視力なんかも200%以上アップしている」

そう言って笑う須藤の口調に得意げな響きは感じられなかった。事実を淡々と述べているに過ぎない感じだ。

何か言わなければと思ったが、言葉が出なかった。

「別に大きくても飛べるわけでなし、むしろキューピッドクラスの方が目立ちにくいという利点があったりするんだけど」

須藤は首をすくめてみせた。

「あの、それって・・その、翼とは成長するのですか?」

なんとか隼也は声を出した。何か質問してこの非現実的な時間をどうにかしたかった。動揺からか自衛官口調が出てしまう。

「あぁ、発現を繰り返すうちに大きくなるとは言われている。僕の場合は初めからこの大きさだけど」

須藤がふぅっと長めに息を吐くと翼は空気に溶けるかのように消え去った。

「大きさがこれでも、一回の発現時間は最長五分程度、回数は1日に3回くらいが限界なのは変わらない。一緒に活動する上で、そこら辺は認識しておいて欲しくてね」

まだ胸の鼓動は落ち着かない。手は汗ばんでいた。

人間ばなれした存在、というのを間近で見て、最初に感じたのは恐怖だった。憧れも羨望もそこにはなかった。

最初の天使が現れてから50年近く経っても、翼保有者が当たり前の存在として社会に受け入れられていない理由がボンヤリとわかった気がした。圧倒的に現実離れした空気がそこに流れるのだ。

アイドル顔負けの笑顔で、須藤は隼也の反応を楽しんでいるようだった。


コッコッと素早いノックが聞こえて、隼也は少しホッとした。

「どうぞ」

と須藤が答えるのとほぼ同時にドアが開く。

何かに挑むような大股の足取りで入ってきたのは目つきの鋭い痩せた男。痩せてはいるが、かなり鍛えた体つきをしている。無表情というか、いかつい顔つきは、近寄りがたい印象を与えた。

その後から入ってきたのは対照的に体格のいい、丸顔の男。髪は短く刈り上げ、両耳がギョウザのように変形しているのが見えた。部屋の雰囲気になにかを感じたのか、ソワソワと3人の顔を見渡している。

初見で隼也はふたりとも自分より年上だと思ったが、よく見れば丸顔の男は同じ歳か若いくらいだろう。

「これから同じチームで働くメンバーだよ。来週から入る桜木隼也くん、よろしくお願いするね」

そう紹介され、慌てて隼也は頭を下げた。まだ、この名前にはイマイチ慣れていない。

「よろしくお願いします。以前は…」

「おい、自分の素性はベラベラ喋らない方がいいぞ」

痩せた男にいきなり遮られて、隼也はビクリと固まった。言われてみれば、偽名を使って働くような職場だ。だが、職員同士がどれだけお互いのことを知っているのか、まだこちらは知るはずもない。

「ワタナベだ」

男は続けてそういうと、小さく首を動かした。会釈のつもりなのかもしれない。彼の自己紹介はそれだけだった。

「あ、アベ コウスケと言います。あの、ここでの通称ですが」

ワタナベがそれ以上喋る様子がないのを見て取って、体格のいい男が慌てて続けた。

「サクラギは本名か?」

ワタナベが隼也の方に顎をしゃくりながら、須藤に聞く。

「いいや、コードネームですよ。あまりありきたりの名前だけでもかえって不自然だという意見があったものでね」

茶化すような須藤の口調にワタナベはあからさまに眉をひそめ、不機嫌そうな表情には凄まじい苛立ちが見て取れた。

(大丈夫か?この職場…)

少なからず不安を覚えた隼也とアベの目が合った。

チラッと横目で隣のワタナベを見やってから、首をすくめてみせる。

いつものことですよ、と言いたげな苦笑が人のよさそうな顔に浮かんだ。

(こんなやり取り、しょっちゅう見なきゃならないのか)

隼也は慰められるより、どんよりした不安が増すのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ