1話 Another
始まりました新シリーズ。
学園系のお話を書きたいと思ってペンを取り数ヶ月、ついぞ何も構想が出来上がらなかったので、以前より設定だけを作っていたこっちを執筆しようかと思い始めました。
前作を知っている方なら私がドキドキハラハラする話が苦手なのは知っていると思いますので、その要素はほぼ皆無だと思って下さい。
サクサク進むのが好きな方にはお楽しみ頂けるかも……?
皆さんは「劣等感」と言うものを感じた事があるだろうか。
もちろん、その答えはイエスだと思う。
勉強で、運動で、はたまたちょっとしたゲームでふとそれを感じる瞬間があっただろう。
もし無いのだとすれば、それは完璧超人か、もしくは自分の短所や他人の長所をそうだと決めて諦めている人間だ。
別にそう言う人が悪いとか、そう言う事ではないし、今の論点をそこに合わせたいとも思っていない。
要は、劣等感と言うものを感じた事がある人が大多数である、という事を言いたかっただけなんだ。
あいつの方が遥かに速く走れて羨ましい。
あいつはいつも俺よりテストの点数が高くて俺は劣等生なのだろうか。
そんな感情が劣等感なのだが、この例に挙げた二つではある程度その劣等感を緩和する事が可能である。
走りの練習をすれば必ずしもそのあいつとやらに勝てるとはいないが、「遥かに」速いのが「結構」速いぐらいに思える程度になるかも知れない。
自分が今よりもっと勉強すれば、あいつとやらにテストの点数でいずれ勝てるかも知れない。
そう、これらは努力によってある程度どうにかなる問題なのだ。
そんな事よりここで言いたいのは、そちらでは無い方、つまり努力でどうにもならない方である。
もちろんチーターより速く走りたいだとか、コンピュータより演算能力が高くなりたいだとかは不可能なのでそんな議論はしない。
議論したいのはそうーー先天的なものである。
例えば、生まれつき足を片方失っている人が居るとしよう。その人は義足無しで健常者より速く走れるだろうか?
100%不可能だと断言する事は難しいが、それに近しい確率だと皆が口を揃えて言うだろう。
………そんな重い話では無いのだが、彼「眠たいタイコ]も先天的に、劣等感になり得る種を持って生み出されてしまっていた。
どこぞの天才が生み出したVR技術、VRBDES[通称バーブダス]。
本来は五感の欠損した人の欠損部を補正する目的で作られた脳波に直接干渉する、仮想脳操作式体験システムだったが、その技術の安全性と万能性に目をつけた一人の天才がそれをゲームに使用した。
バーブダス技術、当時の世界最新の医療技術をたかが一ゲームに全力で組み込んだそのゲームは、爆発的な人気を博す事になる。
十年経った今は伝説として語り継がれる、世界最高峰のゲーム「Another」。
「本当のvirtual reality」や「もう一つの現実」と題して作られたそのゲーム内の世界は、特殊な解像システムと現実離れしたその世界観から、ゲームとしてではなくただ景色を眺めるだけの為に購入する人も数多存在した程である。
RPGのジャンルには属するがシナリオは存在せず、プレイヤーはAnotherの世界で「生きる」事となる。
このAnotherと言うゲームは特殊なのだ。
魔法や魔物、神なども存在するし、レベルやスキルだって存在する。ただこのゲームの最終目標として「世界に散らばった七つの財宝を見つける」と言うのがあるのだが、それを達成しなくとも良いのだ。
逆にそれらを見つけたところでゲームクリアにならない、と言えば話は分かりやすいだろうか。
そう、このゲームのプレイヤーは、この世界で「生きる」を事を目的として、この世界自体を作っていくと言うのがコンセプトなのだ。
つまり、自分のしたい事をすれば良いと言うのがコンセプトなのである。
これだけなら言っている事が理解しにくいと思うだろうから、少し説明を付け足そう。
このゲームを開発した運営は、ゲーム発売時にこう言ったのだ。「このゲームは全てのニーズに応えるべく開発されたゲームです」と。
この言葉を象徴する機能が、「問い合わせ」である。
Anotherはプレイヤーがプレイ中に欲しいと思った機能が次々と追加されていくのだ。
もちろん運営スタッフの議論が交わされた上ではあるが、その機能の追加数とこだわり、反映までの速さは他のゲームの追随を許さない。
例えばゲーム発売から程なくして鍛冶機能が欲しいと言う問い合わせがあった。その次の日にアップデートが行われ、鍛冶スキルや鍛冶用のアイテムなどが追加された。
そのスキルやアイテムの数、およそ1000。
………馬鹿げているとしか思えないだろうが、それをやってのけるのがこのAnotherと言うゲームだった。
発売から半年間は毎日アップデートを繰り返し、それだけで追加された機能は二百にも及んだ。
十年経った今ではもう幾度アップデートが繰り返され、どんな機能が追加されているかなど誰も分かっていないだろう。
Anotherはそうして自分の欲しいと思った機能が次々追加され、プレイヤーの欲求を満たしてきた。
だが、このゲームには一つだけ欠陥と言うか何と言うか、不具合や不満点は大方解消されるのに一つだけ解消されない問題があったのだ。
たった一つ、しかしその一つで何千人、何万人もの人々がこのゲームの運営にブーイングを送り、一時は機械に精通した過激な人達の運営へのサイバーテロ攻撃で数日間サーバーがダウンしてしまう状況に陥ったほどである。
その欠陥と言うのが、一度作ったキャラは変えられないと言うものだった。
一つのハードウェアに一つのキャラしか登録出来ず、そのキャラでそのゲーム機は固定となるのだ。そしてそのキャラの特性や能力値の偏りも、変更が出来ない。
これを受けてハードウェアをいくつも購入する人が何人もいたらしいが、そもそもハードウェアはかなり高価でいくつも購入出来る人は限られていた為、ブーイングが殺到したのである。
そして運営側がその問い合わせの回答として送った言葉は、「生まれた状態をやり直す事は出来ません。Anotherでは現実と同様、一度きりの人生を楽しんで頂きたいのです」である。
まぁその後のパッチやアップデートによって能力値の格差は一般人程度にはある程度どうにかなるようになったので、苦情は減っていった。
世界観を大事にしたいゲームと言うのは何処にでもある為、プレイヤーも納得した(諦めた)のだろう。
が、しかし、それは一般人の話である。
何処のゲームにでも居るゲームの攻略を目的とするゲーマー達にとっては到底許容できるものでは無かった。
この俺を含めて。
俺は録に注意書や説明書も読まずにAnotherを購入し、ゲームのキャラを作成した後その事実に気付いた時は驚いたものだ。
俺のキャラの特性が魔法特化型だったのだから。
このゲームの売りはその多様なシステムと細かく決められた様々な職業であり、故に色んな遊び方が楽しめる所にある。
つまり、全体的に程よくステータスがばらけている方が面白い、と言うのが大部分の総意だった。
それに、次々追加される機能により戦闘においても色んな手段を取れたり、ゲーマーが言う所の壊れた性能の手法が生み出された時に柔軟に対応できる万能型の方が良いとされた。
実際、ゲームが始まって数年は万能型による多様な手段の対抗策を練るのが難しく、万能型以外のプレイヤーは次第にPvPをしなくなっていた。
魔法特化型に出来る事は、魔法を使い空いてを攻撃する、自分を防御する、ゴーレムやスライムと言った様々な魔法生物を生み出す事ぐらいだったのだから。
が、しかし、俺は諦めきれなかった。
先ほども言った通り、俺はゲーマーである。
異世界探索系RPGのこのAnotherに於いて、 PvPをせずして何になろうか。
俺は、戦闘における魔法特化型の長所を突き詰め、ひたすら魔法の腕を磨き続けた。
万能型同士の戦いを一週間以上遠くからひたすら眺め続け、対策を練っていた事もあった。
が、度重なるアップデートにより万能型の攻撃手段は増える一方だったのだ。
………そう、開始から数年までは。
ゲーム開始から数年ほど経つと、開始直後はほぼ毎日と言ってもいい程行われていたアップデート、パッチが落ち着いてくる。
戦闘に関しての機能は大方最初の方に出尽くし、戦いの手法は確立されつつあった。
数年間キャラの特性に振り回され続けていた俺は、ここで漸く陽の目を見ることになる。
今までゲームをやって来た人達なら分かると思うが、万能型のキャラは器用貧乏な事が多いのだ。
中盤以降や終盤において万能型は「そつなく何でもこなす」から「全てにおいて中途半端」と言う評価に変わる事が多い。
某ファンタジーRPGでも、赤色の魔導師は黒や白に比べて後半に腐る事が多いのだから。
そう、万能型はゲーム開始から数年経ったその時には、全てのステータスがそこそこで特化した俺のステータスと比べれば天と地程の差が存在していたのだ。
もちろん戦闘では万能型同士しか戦わないので、その時彼らは自分達のステータスが低いなどとは思っていなかったのだろうが。
そして、アップデートが少なくなって来た事と戦闘の手法が確立されて来た事により、彼らは持ち前のバラエティに富んだ予測不可能な戦闘と言う利点を消し去っていたのだ。
そこから俺の逆襲劇が始まる。
その時の俺のレベルは203、Anotherの世界は200レベルから500への上限値解放アップデートを終えたばかりだった。
万能型の戦闘方法を研究し極めていた俺は、対策に対策を重ね、遂に自分が魔法で作り出した数多の魔法生物と共に当時世界最高ギルドの一つである[深き森の木霊]に一人で戦争を吹っかけた。
構成員はギルドとして最大の百人。
その内78人がその時の防衛に当たっており、彼らのレベルが俺とそう変わらなかったにも拘らず、俺は二時間の激闘の末勝利した。
この出来事により俺は一躍有名人となり、俺に引き摺られる形で後続の色んな特化型のプレイヤーが誕生していく事となる。
その後も俺は数々のギルドを一人で滅ぼした事から、歩く災害と呼ばれるようになっていった……………
あれから七年。
最近アップデートがあったのはいつだったか、二年前だったか、それとも三年前だったか。
運営の一番偉い人が代替わりしたとか言う訳のわからない理由で、Anotherのアップデートは途切れてしまった。
それからの衰退は早かった。
十年間遊び続けた古参メンバーはアップデートがなくなるならとドンドン辞めて行き、後発進のプレイヤーも余りの機能の多さに馴染めず続かなかったのだ。
多くの機能によりほぼ現実と変わらないような様相を呈していたこのゲームに、途中から参加するのはどうも敷居が高かったようだ。
つまり、プレイヤーは激減する。
一日の最高ログイン数が千万超を超えたAnotherも、今では毎日のログインが百人前後、悪い時は数十人までになっていた。
「はぁ…………」
気付けば、ため息をついていた。
自らが陥れられた不利な条件を打開しようと模索する日々は既に跡形もなく、また自分が倒すべく防御や防衛の数々を張ってくれるプレイヤーもいない。
「そろそろ切り時、ですか?」
隣からそんな言葉が飛んでくる。
そちらを何とは無しに見ると、頭に大きな日本のツノを生やした、黒い肌の巨漢がいた。
目は血走っているのか赤々と光を反射しており、その巨躯を真っ黒で硬質な鎧が覆っている。
「リリさん……………そうですね、このゲームももう遊び尽くしましたから……」
彼の名前は[リリリーRE]。
七年前に俺が設立したギルド[BI]Biasing Incompetence の副ギルドマスターである。
そんな巨漢に対して、横に立つ少年の見た目は全く釣り合わない。
どことなく冴えない雰囲気と少し気弱そうな瞳、それと多少跳ね上がった寝癖がチャーミングな11.2歳の少年の容姿の外装なのだ。
「今日は発売記念日ですか。数年前までは何周年だとかで大きなイベントもありましたよね。私は今から仕事なので[万夜の集い]には参加出来そうにありません、すいません」
「いえ、あのイベントももう死にイベントですので構いませんよ。私一人で行ってギルドボーナスだけ貰って来ます」
「そうですか、それでは。……………ネムさんも程々にして寝ないとまた体調崩しますよ」
「はは、気をつけます」
「では、《ログアウト》」
ヒュンッ、と言う幾度となく聞いたログアウト音と共にリリさんは居なくなる。
「そろそろ切り時…………か」
先ほどリリが言っていた言葉を反芻しながら、いつものようにデータテキストを見ていた。
ワールドチャットも最近は全く動かなくなって来ているし、ギルド同士の戦いログは愚か、中ボス以上の討伐ログさえ全く見なくなった。
そして何とは無しにAnotherのプレイヤーテキストを確認した。
「なっ………………」
俺は目を見開く。
次いで、こんな言葉が口をついて出た。
「はは、もうそこまで………来てたのか」
そこにはこう書かれていたのだ。
[現在の総プレイヤー数 1 ]と。
それは即ち、今このAnotherをプレイしている人間が[眠たいタイコ]ただ一人であると言う事実である。
過疎化に次ぐ過疎化により、俺は遂にAnotherの広大なフィールドを独占するまでになってしまったらしい。
確かに最近はプレイヤーを見ないとは思っていたが、まさか俺一人にまでなっていたとは。
まぁ時間が時間なだけかも知れないが。
俺はちらりと時計を確認する。
時計は昼の11時59分を示していた。
夜ならば人は幾人かいるのだろう。
だが、昼からゲームをする奴なんてそうはいないと言う事か。
さてと、俺も夜の[万夜の集い]まで家でゆっくりするか。
「………《ログアウト》」
そう言って俺は、いつものコマンドと共に見慣れた白い光に包まれた。
基本的に21時に毎日投稿致しますので、寝る前などに確認して暇つぶしがてら読んで頂ければ幸いです。
ちなみに筆者は書き溜めが嫌いなのでその日書き上げた分を20時に投稿予約しますので、文章の長短には大きな差が御座います。
予めご了承くださいませ。