【よく噛んで食べましょう】
昨日、謎の手紙からの招待をすっとぼけた俺だったが、そんな事は気にせず学校に向かった。
教室に入ると、木下コトネの周りには相変わらず人だかりができていた。
俺はそれを無視して自分の机に向かう。席についてスマホをいじっていると1限の先生が来た。
その日の授業は滞りなく進んだ。ある一点、木下コトネが俺を終始睨んでいるという点を除けば、だが。
授業中ずっとこちらを睨んでいるのだ。勘違いかとおもったがどの授業でもそうなので間違いない。そんな事をしているので、
「な、なぁ木下さん俺の事見つめてた気がするんだけど……」
「ばっかお前それ俺の方見つめてたんだよ」
こんな風に俺の付近の男子達は見事に勘違いしていた。
そんなに睨んでくるのだから授業の間の休み時間にでも何か言ってくるのかと思ったが、いかんせん彼女は人気者ゆえに周りの人だかりが邪魔で行動できないらしい。
ふっ、これは俺の完全勝利というやつか。
そんな風に考えていたら昼休み、彼女は遂に動き出した。
「ちょっと来てもらえる?」
木下コトネは一緒にご飯を食べようとしてくるクラスメイト達の誘いを断り、ポニーテールを揺らしながら俺の席の方へ歩いてくるとそう言ったのだった。
「え? お、俺すか!」
一緒にご飯を食べていたコウジが興奮してそう言った。いいぞコウジ、そのまま連れて行かれろ。
すると彼女は少し苛立った様子でこう言った。
「あんたじゃないわ。そっちよ。上杉君、ちょっと来てもらえる?」
上杉という俺の名前が出た事で教室内がどよめき始めた。
「イ、イッキ。お前木下さんに何かしたのか?」
コウジが恐る恐るといった感じに俺に訊いてくる。
何もしてないぞコウジ、というか俺は何もしたくないぞコウジ。
「いやちょ、今俺ご飯食べてるんで後ででいいですか」
というわけで俺はそう言って断った。すると彼女は少し悩んだ後、
「……いいわ。但し食べ終わったら私の元にきてよね」
そう言って自分の机に戻っていった。案の定彼女は戻った瞬間クラスメイト達に俺との関係をきかれまくっていたが何も言ってない様子だ。
俺はというと、焦っておらず、俺ではなくコウジが焦りまくっていた。
「イッキ、お前木下さんと知り合いだったのか?」
「いや、別に……」
「いやでもなんかおかしくね?」
コウジの疑問を全て曖昧に返し、弁当を食べる俺。うーむ、今日も我が妹の料理は美味い。
そうこう少しすると木下コトネがまたやってきた。
「私は食べ終わったわよ」
「そうか、俺はまだだ。もう少し待ってくれ」
「む……食べるの遅いのね。いいわ、けど早くしてちょうだい」
俺は再び弁当に手をつける。
おぉ、このたこさんウインナー可愛いな。
そんな風に料理を鑑賞して時間を潰しているとまた木下コトネがきた。
「ちょっと!」
「なんだよ」
「あなたさっきから全然お弁当食べてないじゃない! これじゃいつまで経っても食べ終わらないわ!」
「俺はこうやって食べ物を1つ1つ確かめてその命に感謝しつつ食べるんだ」
「そうなの……それは偉いわね。じゃあ仕方ないけどもう少し早めなさい!」
「いや俺イッキがそんなのやってるの初めてみ――痛っ」
コウジが余計な事を言いそうだったので脛を蹴って黙らせといた。
しかしこんな適当な嘘が通じるとは、案外彼女は天然のかもしれない。
俺はその後も適当に弁当を遅く食べて昼休みが終わった。
「昼休み、終わっちゃったじゃない!」
というそのまんまの指摘を彼女から受けたがそれが狙いなのだから成功だ。
「うん、じゃあ仕方ないよ。その話はまた今度ね」
「嫌よっ、今日の放課後にするわ。絶対帰っちゃだめよ」
そう言って彼女は自分の席に戻っていった。周りの目が痛い。お前は木下コトネとどういう関係なんだ? という視線をひしひしと感じる。
俺はそんな周りの視線に耐えながら授業を受けた。
そして放課後になった。授業が終わり、皆帰宅か部活に行くはずなのだが……何故か今日は誰も行かない。
まるで何かを待っているかのように皆席に張り付いている。
「さぁ、上杉君。約束通り来てもらうわよ」
木下コトネがそう言って俺の席にきた。瞬間、周りの目が俺に向いたのを感じる。そう、彼らは俺らの行動を待っていたのだ。
めんどくさいことになったな。こうなったら、さっさと済ませてしまおう。
「いいよ。じゃあ……急ごう!」
「きゃっ!?」
俺は素早くバッグを背負うと木下コトネの手を掴み、ダッシュで教室から飛び出した。
「おい! ターゲットが逃げたぞ! 追え!」
教室からそんな声が聞こえる。誰がターゲットだ。
ていうか今の声コウジの声だったぞ。あいついつの間にみんなを取りまとめてたんだ。
俺はそのまま走って走って、校舎を抜け出しなおも走り、そのまま追っ手から逃げ切って自分の家に来た。
「はぁはぁはぁ……ここは?」
木下コトネが俺にそうきいてくる。
「はぁはぁ……俺んちだ。追っ手が来てるしさっさと入るぞ」
「えっ、ちょ」
「ただいまーっ」
鍵を開けて家に入ると、中にはまだ誰もいなかった。妹のアリサはまだ帰ってないらしい。好都合だ、さっさと用事を済ましてしまおう。
「ほら、早く上がれよ」
「え、ええ」
俺は階段を上がり自分の部屋へと案内する。部屋に小さい丸テーブルと座布団を置き、そこに彼女を座らせた。
「こ、これが男の子の部屋……」
木下コトネが何事が呟いているが聞こえなかった。
「お茶でいいよな? 持ってくるわ」
「あ、ええ。あ、ありがとう」
そう言って俺は一階に降りて冷蔵庫を開けてお茶の用意をする。
それにしてもなんであいつは、あんなにぎこちないんだ? 別に俺の部屋に珍しいものなんてないだろうに。あ、でも女子からしたら珍しいものがあるのかな?
……あれ? 女子?
「あれ? 俺もしかして今人生で初めて女の子を部屋にあげてね?」
とんでもないことに気づいてしまった。待て、そういうことかよ。俺今すげー普通に女の子部屋にあげちゃったけどこれ大丈夫なのか。
お茶を持つ手が震える。
え、ちょっとちょっと。これからどうすればいいの? どんな感じで二階にお茶を持っていけばいいのこれ。
あれか? 恋愛上級者感出して部屋に女の子いるなんて当たり前だぜ、的なノリを出した方がいいのか? いや無理無理無理。
幼馴染のユイなら入れたことあるけどあれはもう妹と同じみたいなものだしな……。
異世界では女の子なんていっぱいいたけどあれはやっぱり現実感なくて俺じゃなくて『異世界の俺』だからカッコつけられたけど、現実では無理。まじ無理。
そんなことしてもどうせバレるし恥ずかしいだけだ。俺は俺だ。そうだ、もう自然体で行くしかない。よし頑張れイッキ。お前ならできる。
木下コトネにはさっさと用事を済ませてもらおう。そう思って俺はお茶をお盆に乗せ、部屋のドアノブを回す。
「お、おおおう。お、おおお茶持ってきましたぞ」
無理だった。自然体なんて無理だ。語尾もわけわからんことになった。恥ずかしい、死にたい。
「あ、ありがとう」
「い、いえいえ。このくらいのことお構いなくでございますぞ」
「なんか、口調変よ……?」
秒でバレた。
「そ、そうかな……? それより話って?」
「あなたならわかってるでしょう? なんで私の誘いを断った挙句に無視するのよ!」
「さ、誘いってあの“異能探偵”とかいうやつ?」
「そうよ。あなたには是非、異能探偵として私と一緒に活動して欲しいの」
真剣な顔をして異能探偵だなんていう非現実的なワードをのたまうこの女を見て、俺は若干落ち着きを取り戻した。
俺は深呼吸して気を引き締める。
「あのさ、普通誘うんなら、その異能探偵についてもうちょっと説明するもんじゃね?」
「え? だってあなたもその界隈ならわかるでしょう? そのつもりで私の事助けてくれたんじゃないの?」
「何を言っているのかさっぱりわからんぞ。いいか? まず異能ってなんだ? 俺は異能だの探偵だのそんなものこれまでの人生で一回も関わったことはない。この前のあれが初めてだ。今でも夢だったんじゃないかと思ってるくらいだ」
俺が淡々とそう言い切ると、木下コトネは目を見開いて驚いた。そして黙ったまま目に見えるようにあたふたとし始めると、突然立ち上がった。そのまま綺麗に腰を直角に曲げると、
「ごめんっ、今までのやつ全部忘れてっ」
そう言ったのだった。
「よし、お前、帰れ」
俺はとりあえずそう返しておいた。




