【放課後、体育館裏で待っていますって言われたことある人いるんだろうか】
靴を履き玄関から出ようとすると、後ろから部屋の電気を消した妹がやってきた。
「じゃあ行きますか、兄さん」
俺の2つ下の妹、上杉アリサ。アリサは髪を肩ほどまで伸ばしていて顔は少しキリッとしているが何より可愛い。うちの妹は世界一可愛い。間違いないだろう。
ただ最近はあまり俺がべったりすると少し嫌がるので程々にしている。
「んー、行こう」
そうして俺達は家を出る。
「こうして2人で登校するのも久しぶりですね」
「そうだな。うるさい幼馴染も今寝込んでるし……早く元気になれっての」
「ふふ。兄さん、体はもう平気ですか?」
「ああ、全然問題ないよ。むしろ元気」
ちなみに今の俺達の話は、俺が春休み中入院してたという事実が起因する。
俺はトラックに跳ねられて異世界に行ったわけなんだが、こっちに戻ってきたら病院で目を覚ました。
俺はトラックにはねられたものの、体は無傷だったらしい。しかし2週間もの間、俺は意識がなかったようだ。
俺の記憶では車に轢かれたあの時、俺は体中血塗れで死んでた筈だから、こっちに俺が戻る際に女神様が何かしたんだろうな。
「あの時は本当兄さんがもう戻ってこないかと……」
「はは、お前ずっと泣いてたらしいな」
「うぅ……だって仕方ないじゃないですか」
アリサは照れたように俯いてしまった。
はっはっは、可愛い奴め。
そんなこんなで異世界から帰還し、こちらで目を覚ましたってのがつい7日前の話だ。
ファンタジーだらけの異世界から帰ってたった数日で昨日みたいな超常現象に遭うとは思わなかったが……。
と、そんな事を考えていると高校についた。
別段紹介する必要もない普通の高校だ。あ、中高一貫である事は少し特殊か。アリサもここの中等部である。
「では兄さん、また」
「おお、またな」
アリサと別れて俺は人だかりができているところに向かった。掲示板に新しいクラスが張り出されてるのだ。
「やった、同じクラスじゃん」
「うええ、あいつと同じかよぉ」
「武田様と一緒だぁぁあああおあぁわをわをわわ!」
各々新しいクラスを見て一喜一憂している。最後の奴はテンション高すぎだろ。
俺はというと新しくなったクラス表を見て、ああこんな奴らと一緒になったのかと軽く思いを馳せた後、そのクラスへと向かった。
クラスの扉を開け、自分の席を見つけてカバンを置くと、1人の男がやってきた。
「よぉ、イッキ。お前もう学校来れるのか」
「おかげさまでな。もう平気だ」
話しかけてきた男は小早川コウジ。小学校からの幼馴染だ。髪は短く、筋肉質なバリバリの体育会系である。
「また、イッキと同じクラスか」
「これも腐れ縁ってやつだろ。ユイも同じだったし」
俺が意識不明の入院中に、心やさしき友達が俺のお見舞いに沢山来てくれたらしい。コウジもその1人だ。しかも何かと世話してくれたらしい。感謝しかない。
「いやぁそれにしてもよくお前トラックにはねられて無傷だったよな」
「まぁ女神様が上手くやってくれたんだろ」
「はぇ、いるんかねぇ女神様って」
「いるさ、天国の一歩手前で会ってきた。割と可愛かったぜ」
「まじかよ、俺もはねられればよかった」
「はは、アホか」
面白い奴だな相変わらず。
「そういえば、ユイは?」
「あいつなら俺の看病を寝ずにやり続けたせいで今ぶっ倒れて家で寝てるぞ」
「ははは、ユイらしいな」
ユイとは俺とコウジのもう1人の幼馴染である北条ユイである。家で寝てるため今日は学校に来ていない。
俺のために、ごめんなユイ。
その後も去年同じクラスメイトだった奴らが、俺の身を案じて何人か話しかけてくれた。俺はそれに感謝を感じつつ答えていた。
そうこうしていると担任の先生が入ってきた。今回は女の先生だ。見たところ20代か?
眼鏡をかけていてかなり美人だ。男子達が一瞬で湧き始めた。
「今日からあなた達の担任を努めます、南方レイコです。レイコ先生と呼んでね。よろしくねっ」
笑顔で先生はそう言った。どうやら悪い先生ではないようだ。
「何か質問はありますか?」
「はいはーいっ。レイコ先生、彼氏いますか!」
「セクハラですよ、その質問は。ちなみにいません」
レイコ先生は悪乗りした男子達からの質問攻めを華麗にかわし、事務的な話を淡々とすると、本題に入った。
「――というわけで今日は転校生が来ています」
一瞬でクラスがどよめき始める。
やれ男か女か、可愛いか格好いいかなどなど。こんな風に言われたら転校生も入って来づらいだろうに。
「では入って来てください。木下さん」
「はい――」
そう言って入ってきたのは女だった。髪を後ろでポニーテールにしていて少し強気そうだが綺麗な顔。
それは、昨日出会った今現在の俺的関わりたくないランキング第1位の木下コトネその人だった。
瞬間、俺は全神経を集中させ、机に突っ伏した。頭を完全に机につけ、擬態魔法さながらに俺は机と化したのだ。俺は机だ、俺は机だ。
「木下コトネと言います。親の都合でこちらに来ました。よろしくお願いします」
彼女が笑顔でそう言うと、男子達がさらにどよめき出した。
「やべぇ可愛くね?」
「ふむ……あれは即“美女四天王”入りだな」
「しかし武田様には敵うまいて。武田様こそが、神!」
「然に非ず。競う方向が違う。比べる事がおかしいのだ」
「貴様、武田様に逆らう気か? 不敬である!」
そんな事を言っているようだ。お前らどこの戦国大名だよ。ていうかうちのクラスにもいたのかよ武田信者。
机に伏せながら俺はそんな事を思っていた。
「じゃあ木下さんは席に着いて。あそこね」
最初の席は名前順だから俺の席とは離れているはずだ。机に突っ伏してるからわかんないけど。
俺の思い通り彼女は俺の席とは少し離れた位置に着席したようだ。よかった。とりあえず表立って面倒にはならなそうだ。
俺は、異世界に行く前は別にこんな消極的じゃなかった。というか今でも別に消極的ではないけど。ただ異世界で面倒事に巻き込まれ続けた為、今は休息が欲しいのだ。ただの高校生がしたいんだ俺は。
昨日、なんとなく興味本位で黒服なんて追ったのが運の尽きだったな。面倒事を避けるならあれは無視すればよかった。
けどそうなると木下コトネはどうなってたかわからないし、結局あの行動は正解だったという事だが。
もう絶対変な人見てもついていきません!
俺は小学生のような目標を心の中で立てた。
朝のホームルームが終わり、授業が始まる。やはりというかなんというか、1限が終わると見世物に人が集まるようにクラスメイト達が木下コトネの元へ集まっていた。
「木下さん、なんでこの学校来たの?」
「木下さん、彼氏いる?」
「木下さん、学校案内してあげるよ」
等々、マシンガンのように奴らは質問をしたり、下心満載の誘いをしたりしていた。
当の本人は、困った様子でそれらに返答していた。
俺はといえば、自分の机から遠巻きにその光景を見ているだけだ。
「凄え人気だな、木下さん」
紙パックの野菜ジュースを飲みながら、コウジは俺に言ってきた。
「そうだなぁ。コウジは、質問行かないのか?」
「馬鹿、ああいうのは今行ったらうざがられるだけだろ。そのうちみんなが飽きた頃にじっくり訊きゃいいんだよ」
「お前、恋愛上級者感出してるけど彼女いた事ねーじゃん」
「うっ、うるせーよ。それならイッキだってそうだろうが」
非モテの男子2人によるこんな感じの不毛なやり取りはいったいこの地球上で何億回繰り返されてきたんだろうか。そしてこの先もずっと繰り返されてくんだろうな。
「そうなんだけども……俺は木下コトネはあまり関わりたくないな」
「ぷっ、ばーか。格好つけんなよ。関われねぇの間違いだろ」
「まぁそれならそれで……いいんだけど」
そう、本来ならあんな可愛い子と俺が関わったりしない筈だ。本来なら。
だけど、やはりそんな都合良くはいかないらしい。
4限が終わり昼休みになった。俺は弁当をコウジと食べて、食事後トイレに行った。そして自分の席に戻って5限の準備でもしておくかと机の中に手を突っ込むと、見覚えのない紙切れが一枚入っていた。
そこには、
『放課後、体育館裏に来て』
と書かれていた。
名前も何も書かれていない。一見すると、告白でもされそうなシチュエーションだが俺にはわかる。これは確実に面倒事だ。
十中八九、木下コトネからの手紙と見て間違いない。体育館裏という事は人目のつかないところで何か俺に話す気だろう。
その後、5限と6限が終わり放課後になった。コウジは部活の野球があったので部活に行ったが俺は帰宅部だ。
俺は再び手紙に目を通す。既に教室には木下コトネはいなかった。何人かが一緒に帰ろうと誘っていたが全部断っている様子だった。
体育館裏、か……。
俺は神妙な面持ちで教室を出て歩き出す。廊下を歩き階段を降りた。下駄箱から靴を取り出して校舎を出る。そのまま駐輪場の横を通って、校門から出た。歩道を黙々と歩き10分、俺の家が見えてきた。俺は家の玄関を開けた。
「ただいまー」
体育館裏なんて、行くわけがない!
そんなもうフラグビンビンのイベントに片足突っ込んだら最後、どこまで引っ張られるかわかったもんじゃないからな!
はっはっは、木下コトネ、敗れたり!
「お帰りなさい、兄さん。今日はシチューにしようと思います」
「お、やったぜ」