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戦国異聞 池田さん  作者: べくのすけ
激戦と慟哭編
243/243

新時代の籠城戦術

 近江国坂本。

 池田恒興は自身の兵を纏めて坂本を出立した。池田家親衛隊500、犬山三河衆500、犬山前田衆500で1500人となる。

 この戦力で恒興は朝倉軍2万に対抗するつもりだ。宇佐山城と組み合わせれば、勝機は十分あると計算している。はっきり言えば『質』で圧倒しているからだ。

 池田家親衛隊は全員が侍で構成されている。超武闘派しかいない。

 犬山三河衆も全員が侍。雑兵が農地を捨てて犬山に来る訳がないからだ。そして超頑固者しかいない。

 犬山前田衆は最大1000人近い雑兵が居るのだが、どうやら前田慶は使える(戦いに飢えている)ヤツしか連れて来なかった様だ。恒興が見た感じ、どいつもこいつも戦いと武功を求める餓狼の様な顔付きをしている。農民から侍になりたいヤツは若者に多いという事だ。

 つまり現在の恒興軍団に数合わせの『雑兵』など居ないのである。全員が『戦う者』の覚悟があると言える。親衛隊や三河衆ならともかく、前田衆までこの質なのは恒興も驚きだ。単に前田慶が戦えない者や士気の低い者は連れて来なかっただけかも知れないが、今回は正解である。

 それに対して朝倉軍は大半が雑兵の筈だ。強者と言える者は3000人くらいと予想される。だから恒興は十分に渡り合えると考えている。

 冷静に分析する恒興のところに、加藤教明が報告に来る。


「殿!」


「教明か。ニャにかあったか?」


「明智秀満殿から報せが。朝倉軍、南下を開始したとの事。その数、2万強!」


 朝倉軍南下の報せは明智秀満の伝令により伝えられた。この事を犬山三河衆の隊長である加藤教明が恒興に報告した。朝倉軍は2万を超える、と。


(2万強か。ほぼ全力出撃と見ていいニャ。という事は、加賀国から攻撃は無い、という約定が有る筈だ。やはり動くか、本願寺派は)


 2万強という数は越前国のほぼ全軍であると計算される。という事は、越前国防衛の為の戦力は最低限になっている筈だ。隣に加賀国という厄介者が居る朝倉家が全力出撃出来ない理由でもある。

 ならば、朝倉家が加賀国以外に全力出撃するには、加賀一向一揆との同盟ないし停戦約定が必須となる。だから朝倉家と本願寺派が手を結んだ事が、容易に想像出来る訳だ。


(ニャーはこの日の為に計略を積み上げてきた。宗珊とも相談してきた。上手くやってくれると信じるしかないニャ。まずは直近の局面を乗り切る!)


 しかし恒興はまったく動じない。予想の範囲内だ。織田家と本願寺派が仲良くするなど、現時点では不可能である。その最たる例が『長島』という火薬庫だ。ここは本願寺派が現地民と深く結び付いており、織田信長にまったく靡かない。だから信長は木曽三川の川並衆と結び、桑名を占領、志摩水軍を傘下とした。これにより長島の川並衆を物流から除外したのだ。それまで高額な通行料をせしめていた彼等は、日に日に干上がっていく様になる。

 これで諦めて交渉を持つなりしてくれれば御の字だったのだが、彼等はより強硬となり、今度は海賊紛いの行為に走る様になった。これに商人達が苦情入れ、信長がキレている状況だ。同様に本願寺派も我慢の限界だろう。

 最早、爆発する事が約束されている。なら、タイミングは今だろうと予測出来る。


「現在位置は何処だニャ?」


「近江国境を越えた辺りです」


「2万なら早くて3日か。準備の時間くらいは有るかニャ。高島家、朽木家の反応は?」


「兵を集めて籠城の構えです。おそらく打って出る事は無いかと」


「だろうニャ。そこは朝倉義景が脅しているだろうし」


 朝倉軍は越前国金ヶ崎から近江国に南下する道を進む。そこから琵琶湖西岸路に入るルートとなる。それ以外で京の都へ行けるルートは存在しない。軍隊が通るとなると尚更だ。

 なので朝倉軍が通るのは琵琶湖北部及び西部となる。琵琶湖北部には高島家の領地があり、北西部には朽木家の領地がある。そこを通る事になるので、朝倉義景は外交を入れているだろう。「逆らうなら潰してやる」か「義挙の上洛だから邪魔するな」といったところか。


「教明、明智秀満にはこちらに合流せず瀬田に行けと伝えろニャ」


「瀬田、ですか?」


「ああ、明智衆を動かしていいのは明智光秀だけだニャ。アイツは今、関城から戻る途中だろうが安土だとすれ違う可能性がある。坂本での合流は難しいとなれば京の都に行くだろう。瀬田なら確実だ」


「はっ、伝令を出します」


「さて、宇佐山城に行くかニャ」


 恒興は明智秀満に瀬田に行くようにと命令を出した。明智光秀は現在、妻と叔母と共に斎藤利治の関城に居る筈だ。朝倉軍南下の報告を受けたかどうかのタイミングだろう。となると、彼が戻る頃には坂本に朝倉軍が到達している可能性がある。ならば光秀は次の目標として京の都に行こうとする筈だ。ならば京の都に入る時に必ず通る瀬田が適当となる。

 戦国時代の軍団には明確な指令系統が存在している。それは『兵士は直属の上司の命令しか聞かない』という常識だ。

 例えば、前田衆は恒興の軍団を構成する一部ではあるが、恒興の命令を聞く存在ではない。恒興は前田慶に命令を出し、前田慶が家臣に命令を出し、家臣が担当の兵士に伝える。という順序がはっきりと確立している。

 その理屈があるから、明智光秀しか明智衆を動かせないのである。これを立場だけで恒興が動かすと、かなりの反感を明智家臣から買うだろう。例外とするなら、敵が目の前に居る状況か、上司が戦死した状況くらいか。

 この指令系統は自然発生したに近い。この上司となる家臣は兵士の出身村の担当だ。村に最も恩恵を(もたら)す侍だから、村民である兵士も従うのである。その点で言えば、恒興は上司の上司に過ぎない。村に恩恵をくれるかどうかも分からない人物に従うのは損だと考える。この即物的思考が指令系統を整えたのである。戦国時代の武将達はこれを利用しているだけで、自ら育てた訳ではない。

 恒興は坂本を離れて宇佐山城に向かう。程なくして山の上に築かれた山砦が見えてくる。


「殿、見えてきましたな」


「おお、これが宇佐山城かニャー!」


 麓は深い森。そこから山肌を登るために『>』の字に設置された通路が出丸と本丸の下を通過し二の丸に到る。一目見ただけで、二の丸に殺到する敵兵が本丸と出丸から集中砲火を受ける構造だと理解出来る。攻め手は相当な被害を覚悟しなければならないだろう。


「見た感じですが、北側に出丸砦、南側に本丸と二の丸という感じでしょうか」


「六郎、あの出丸は敵が登れない様な崖の上にあるぞ。おそらく本丸からしか出入り出来ないんだろうな。こりゃすげえ城だ」


「登り口は東側の急坂。しかも出丸の下に道がある。道は狭いから攻め手は渋滞しますな。そこを出丸から一方的に攻撃する訳ですか」


「流石は三左殿だニャ。野戦築城させたら織田家随一の腕前。普通の築城でも見事だニャー」


 才蔵と六郎は宇佐山城の構造を話し合う。彼らは麓から見える宇佐山城の機能性について語っている。そこからは宇佐山城が山砦として如何に優れたものかを表している。恒興もその意見に同意する。

 しかし、恒興は同時に違う事も考えていた。


(前世のニャーは宇佐山城について思う事は無かった。しかし、今なら理解る。何故、三左殿は出撃したのか、が)


 興奮する二人を余所に、恒興は別の事を考える。それは前世の記憶。これ程の堅城を築いたのにも関わらず、何故、森三左衛門可成は出撃したのかだ。


(宇佐山城は一見して堅牢な山城だ。数千の軍勢なら千人以下の兵力でも堪えれるだろうニャ。しかし、相手が万を超えると難しい。数千の軍勢なら被害を嫌うが、万を超すと軽微な被害は無視するからだ)


 前世の恒興はこの宇佐山城について考察する事は無かった。だが、今なら理解る。この堅城は大軍で囲まれると終わる設計だからだ。

 この二の丸に向かう通路で本丸と出丸から攻撃する。敵兵にとっては頭上からの攻撃であり、圧倒的不利なのは当たり前だ。しかし、この被害はかなり限定的なのである。そもそも山肌を削って造った狭い通路なので、入れる人数が少ない。一度に多数を相手にしない様な設計になっているからだ。

 数千の小勢なら被害が出やすいこの仕掛けを嫌がるだろう。だが、敵兵が万を超す大軍だと『軽微な損害』として進んでくるのだ。


(朝倉軍は2万を超えている。こうなると城の仕掛け程度では止まらない。籠城すると宇佐山城はただ囲まれるだけになっちまうニャー)


 そして宇佐山城は逃げ道が無い城である。北に平原、東に出入口、南と西は険しい山間部となっている。つまり退却路は北と東となるのだが、当たり前だが朝倉軍が布陣する筈だ。

 そして籠城戦とは援軍がある事が前提に行われる。時間を稼いで、味方の到来を待つのだ。援軍無しの籠城戦はただの自殺と同義だからだ。


(だから三左殿は出撃したんだニャ。一戦して敵を疲労させる為に。しかし、それで信長様の弟君や自身まで死なせるのはやり過ぎでしょうよ)


 前世の宇佐山城の状況は厳しかった。当時の織田信長は多方面からの攻撃を受けており、弟の織田信治に2000の軍勢を授けて援軍とした。つまり、それ以上の援軍は期待出来なかった。そして宇佐山城は北側と東側に布陣されるだけで包囲が完成する。

 この状況だったから森可成は出撃したのだ。敵を少しでも疲弊させるために。

 兵士の疲労が大勢に影響した例は暇が無い。『桶狭間の戦い』が既に典型例となる。織田信長が今川義元本陣に突撃出来たのは、前衛である松平衆と朝比奈衆が砦攻略で疲弊していたからだ。丸根砦の佐久間大学、鷲津砦の飯尾 定宗(飯尾敏宗の父親)が決死の抵抗をした為、松平朝比奈両軍は疲弊の極みにあった。だから信長は戦闘は無いと油断していた義元本陣を強襲出来た。もし、どちらかの武将が早々に砦から撤退していたら、この結果は無かったかも知れない。

 しかし宇佐山城の結果は非情である。森可成本人と織田信治などが討ち死にする結果となった。唯一の救いは宇佐山城が落ちなかった事だろうか。


(今世はニャーが来た。誰も犠牲にはせんニャ)


 恒興ははっきりと目標を定める。今世では池田家と森家は縁戚関係にある。森可成を失えば森家の衰退は免れない。それは池田家にも多大な影響があるので必ず生き残らせる。また、宇佐山城には可成の嫡子である森可隆も居るという。可隆は恒興にとって娘婿である。池田家の家族である彼を守るのは当たり前中の当たり前である。

 信長の弟である織田信治は援軍であって、まだ宇佐山城に来ていない筈だ。ならば使者を出して、京の都に引き返して貰う。摂津戦線もあるので織田信長の下にいて貰おうという事だ。


「しかし殿、敵は2万の大軍。支え切れるかどうか」


「才蔵、戦は数だけでするもんじゃないニャー。朝倉の坊ちゃま方は一向一揆の廃墟くらいしか相手にした事ないだろ。やれるやれる、ニャハハ」


「殿、虚勢が見え見えですよ」


「うるせーギャ、才蔵。指揮官が泣き言なんぞ言うか!ほれ、行くぞ!」


 可児才蔵は宇佐山城の唯一の懸念点を口にする。簡単だ、敵の数が度を越している事だ。宇佐山城が如何に機能的優位にあっても、数の暴力に抗しきれるかという話だ。それに対して、恒興は才蔵に喝を入れて宇佐山城に入っていく。


 宇佐山城の城門には森可成が来ていた。恒興が入城したというので急いで来た様だ。


「恒興君、来たのか!?……来てしまったのか」


「いや、三左殿。露骨に「何で来た?」という顔をしニャいで下さいよ」


 恒興を出迎えた三左は困った顔をしていた。明らかに歓迎していない。まあ、そうだろう。宇佐山城はあちらこちらで籠城の準備をしていて忙しそうだ。つまり朝倉軍が迫っている事くらい把握済。そこに援軍として指定されていない恒興がノコノコやって来たという訳だ。


「もう知っていると思うけど、この宇佐山城には朝倉軍2万強が迫っているんだ」


「勿論。ニャーは援軍に来たんですから」


「君には生き残ってほしいんだ。森家、池田家の為にも」


「戦う前から負ける気ニャんですか、三左殿?」


 森可成の表情からは既に討ち死にも覚悟しているという意志を感じる。だから後事を恒興に託したいという話なんだろう。

 そんな可成にも恒興が喝を入れてやらねばと感じる。彼の悲壮な覚悟は負ける事が前提になっているからだ。


「そういう訳じゃないさ。しかし、相当危険だ。出来れば可隆を連れて撤退してほしい」


「父上!可隆は父上と戦いとう御座います!」


「……困ったものだね」


 可成は横に居る嫡男の可隆を恒興に連れて行ってほしい様だ。しかし可隆は強い意志を持って、宇佐山城に残ると言う。森可隆は11歳。今回が初陣と見られるが、敵や戦を怖れる事は無い様だ。

 可成は更に困った顔になる。それはそうだろう。森家の繁栄に池田家は必要不可欠。なのに池田家当主と森家嫡男が揃って、死地と同義の宇佐山城に残ると言う。

 宇佐山城は大軍で囲まれると逃げられなくなる。そんな事は造った可成が一番良く知っている。普通に三人共に討ち死にの可能性すらあるのだ。そうなると池田森両家に遺される直系男児は池田幸鶴丸1才と森乱丸0才となる。どう考えても没落ルートだ。


「問題ありませんニャ。勝てばよろしい」


「しかし……」


「ニャに、三左殿。宇佐山城の城兵が1000、ニャーが1500で合計2500。相手はその10倍です。信長様は桶狭間の戦いで10倍以上の相手に勝ったのですから不可能ではないですニャ」


「いや、それは……。まあ、勝つ方法を考えるべきか」


「そうですニャ」


 困った顔をする可成に、恒興は勝てば問題は無いと言い切る。それはそうだが、10倍近い相手に勝てるのか、という話だ。そこで恒興は織田信長の桶狭間の戦いを取り挙げる。実例が身近にあるのだから不可能ではない。恒興はそう言いたいのである。

 自信有り気の恒興に感化されたのか、可成も勝つ方策を探り始める。


「それならば野戦でひと当たりする必要があるね。敵を疲弊させねば」


「あ、三左殿。野戦についてはご遠慮願いたいですニャー」


「ん?何故だい?このまま籠城しては、朝倉軍は意気軒高のままだ。不利になる筈だけど」


「ニャーは朝倉軍に『攻める籠城戦』を見せてやるつもりです。楽勝だと思い込んでいる朝倉義景の横っ面を思いっ切り引っ叩いてやりますニャ」


「攻める籠城戦……」


『攻める籠城戦』とは何か。

 この戦術に関して、恒興は常々考え続けた。決して彼一人の考えではない。しかし恒興はずっと、この『攻める籠城戦』について考察と研鑽を重ねた。囲碁教師の白井浄三と共に。そもそも囲碁教師を特別に雇ったのは、『攻める籠城戦』の有効性を研究する為でもあった。

 では何故、恒興はそこまで『攻める籠城戦』に拘るのか?何故、研究しているのか?理由は単純だ。この『攻める籠城戦』によって、前世の恒興は死ぬ事になったからだ。

 そう、前世の『小牧・長久手の戦い』において、徳川家康は小牧山城という堅城を擁しながら、出撃戦術を採った。堅城と出撃を巧みに組み合わせる事で10倍近い羽柴秀吉軍を攻めあぐねさせた。それを打開する為の『中入り策』だったが、これも察知されて恒興は討たれる事になった。

 だからこそ恒興は『攻める籠城戦』を研究したのだ。晩年の自分は名将とは言えずとも、良将の域にはあった筈だ。大軍だからと油断まではしていない。それなのに討ち破られた、散々に。それだけの力が『攻める籠城戦』にあるのだと信じている。自分が無能だったと思うよりは、相手が優れていたと信じたい。優れた相手に負けたのだとしたい訳だ。その為にも徳川家康の『攻める籠城戦』を自分のものにしてやろうと考えたのだ。

 白井浄三と共に『攻める籠城戦』を想定した碁をたくさん打った。ありとあらゆる状況を想定して碁石を並べた。そして得た結論は『条件を満たせば可能』である。

 その条件は次の通り。相手は大軍で雑兵がメインで士気がそれ程高くない。対して、此方は精兵であり士気高く、将も作戦を一任出来る程に信頼が置ける事。つまり兵力差を覆すには将兵の『質』が必要だという結論に到る。

 今回に当て嵌めれば、朝倉軍は大軍なれど多くは雑兵である。恒興の軍団は1500人だが精兵と言って良い。親衛隊を恒興、三河衆を加藤教明、前田衆を前田慶と将も揃っている。……若干1名に不安を覚えるが、戦なら変態的嗅覚を発揮するので大丈夫。と信じたい恒興である。あとは森三左に宇佐山城を防衛して貰えば、形は整う。

 城内守備を森衆で城門前迎撃に一部隊、城外に二部隊と考えている。城門前迎撃が必要なのは、部隊の出入りを制限させない為だ。敵に城門まで取り付かれると、ただの籠城戦となってしまう。こうなると援軍無しには攻囲を破れなくなる。一応、援軍として犬山軍団を要請しているが、予定通りに来る保証は無い。となれば、朝倉軍には予定通りに来て貰って、打ち破られて帰って貰おうという計画だ。


「なので事前迎撃はお控え頂きたいのですニャ。敵に気を張らせてしまいますから」


「ふうむ……分かったよ、恒興君。ならば私と森衆は君の指揮下に入ろう」


「えっ!?しかし、ニャーには三左殿を指揮する権限が無いですニャ。森家臣も言う事を聞かないかと」


 森可成は恒興と同じ軍団長であり、立場上は対等となる。その場合に可成を指揮下に加えるとなると、更に上の上司の許可や命令が必要になる。つまり織田信長の命令が必要となるのだ。

 それに加えて、家臣の心情にも影響がある。信長の意志無く、可成が同格の下に付けられるのは森家臣にとって屈辱だろう。「我が主君を軽んじるのか!」と激しく反抗するかも知れない。

 恒興としても森家臣と揉めたくないので、森衆は宇佐山城守備に固定して、犬山組のみで出撃しようと考えていた。森可成は恒興の考えを見抜いた様に笑って応えた。


「何を言っているんだい、恒興君。我々は縁戚だよ。誰も文句など言わないさ」


 これが縁戚の強みである。縁戚は準家族と言って良い関係で、森家臣も池田家を森家の一門衆くらいには重要視する。なので森家当主である可成が恒興の指揮下で戦うと言えば、森家臣は問題無く受け入れると彼は言う。


「それに私にも思う所があるのさ。私はただ、信長様の為に槍を振るえばいい。しかし、信長様は革新的な御方。私は時代遅れとなって、いつか置いて行かれるのではないか、と」


「信長様が三左殿を不必要とするなどありませんニャ」


「それに甘えていてはいけないんだよ、恒興君。だからこそ私は君から『新しい時代の籠城戦』を学ばせて貰おうと思う訳さ」


「三左殿……」


 森可成にも悩みがあった。彼自身は織田信長に生涯仕え続ける覚悟がある。しかし信長は革新的な手法や方針が多く、古風な武士である可成は置いて行かれるかも知れないと危惧している。とはいえ、織田家臣の中でも上位で古参の可成が頭を下げて他者に教えを乞うのは難しい。森家の威信や家臣への威厳を損ないかねない。

 しかし恒興だけは例外と言える。何しろ彼は可成にとって家族に等しい。それでいて恒興は織田家中でも多大な戦果を挙げている『新時代の旗手』というべき存在で、学ぶ対象としてこれ以上はないと言える。可成が恒興から学ぶ分には威信も威厳も損なわれない。「家族に相談して何が悪いんだ?」という話で終わる。


「可隆もそれでいいな」


「はいっ!義父上の戦術、確かと学ばせて頂きます!」


「可隆。よし、ニャーが幾らでも教えてやるぞ。しっかり付いて来い!」


「はいっ!」


 森可隆にとっても池田恒興は良い教師になると、森可成は見ている。彼には新しい織田家の武将になって貰わねば困る。しかし彼もまた、学べる相手が限られている。その限られた相手の中に恒興が居るのは幸いだろう。何しろ恒興は彼の『義父』に当たる人物なのだから。


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 朝倉軍は敦賀付近から南下を開始し、朝倉家の近江国最前線である疋壇(ひきだ)城を既に越えていた。これから高島家の領地に入り、琵琶湖西岸路を進む事になる。


「高島家や朽木家は素通しを選んだ様だな」


「腰抜け共だし」


 この朝倉軍の進軍に対し、領内通過が予想されている高島家や朽木家は兵士は集めつつも籠城して、朝倉軍の通過を見送る姿勢である。

 真柄衆の指揮官である真柄十は高島家や朽木家の判断は妥当な線だと考えている。しかし妹の真柄七は両家の判断を『腰抜け』と吐き捨てた。


「これで初戦は宇佐山城って訳だ」


「はぁ~、だるっ」


 朝倉軍の初戦が南近江の宇佐山城になると聞いた七はわざと大きな溜息をついた。明らかに不満があるという態度だ。


「何だよ、七。やけにヤル気が無いじゃないかい」


「だってアネキ、宇佐山城って千程度しかいないんでしょ。張り合いねえし」


「着く頃にはもうちょっと増えるんじゃないかねえ?」


「兵が少ないって事は手柄首も少ないじゃん。ア・タ・イ・は稼ぎたいんだし!」


「それは否定しないけどね」


 七の不満は宇佐山城に千程度の兵しか居ないという事。兵が少ないという事は武功となる大将首も少ない事になる。彼女はそれが不満で、もっと大軍との激しい戦いを望んでいるのだ。それには姉の十も同感ではある。

 しかし七の不満はそれだけではなかった。


「だいたいお題目も気に入らないし!」


「何だっけ、ソレ?」


「朝倉の御当主が言ってたじゃん。『この上洛行は幕府将軍を救う為の義挙である』とかさ」


「おお、下らなさ過ぎて忘れてたわ」


 七のもう一つの不満は朝倉義景が掲げた上洛のお題目『幕府将軍足利義昭を救う』である。このお題目で義景は高島家や朽木家に圧力を掛けている。「幕府将軍を助ける上洛を幕臣である君らは邪魔するのかな?」と。なので両家は動けなくなった訳だ。


「なーんでアタイらがあの将軍(・・・・)なんぞの為に頑張らにゃならんのか、だし」


「足利義昭の事?何かあったか?」


「だってアイツ、アタイらが演武を披露したのに、織田家に行ったし。真柄の演武を何だと思ってるんだし」


「ああ、それか。アタシもムカついてたわ」


 七の最大の不満点は足利義昭にあった。彼は当初、朝倉家を頼って越前国に来た。朝倉義景の腰は重かったが、朝倉家内では上洛の機運が高まってはいた。

 そこで真柄十と七は真柄家伝来の家宝 九尺五寸の『太郎太刀』を持ち出して、足利義昭の前で演武を披露した。これには「真柄の演武を献じる相手に忠義を尽くす」という意味が込められている。それなのにも関わらず、足利義昭は織田信長の所にホイホイと行ってしまったのだ。彼女らからすれば「主君に裏切られた」に相当する行為だった。

 これに関して、七は未だに怒りが沸いている状態であった。十は忘れようとしていたが、思い出して怒りが少し沸いてくる。


「うわっ、思い出したら殴りたくなってきたし!」


「流石に自重しなよ」


「『誤爆(ごば)った!』とか『体が勝手に!』とか『快晴だから!』とか、テキトーな理由付けときゃいいっしょ。はっ!?理由の数だけぶん殴れるって事なんじゃね?」


「おいおい、殺すなよ」


「大丈夫だし。最近は辛うじて生きてる程度まで手加減はするし」


「ま、そうだね。じゃ、アタシは『空に虚ろ舟が!』で殴っとくか。ハハハ」


「そりゃいいし、ギャハハ」


 怒りが沸いてきた二人はとんでもない事を計画する。上洛したら何かの拍子で足利義昭をぶん殴ろうと画策する。何の拍子を理由に使うかで姉妹は盛り上がるのだった。因みに『虚ろ舟』というのは日本版UFOだと言われている。

姉・真柄十 指揮官適正が高いので常識は有る方?

妹・真柄七 刹那の快楽主義者で常識は知ってるけど気にしない。

森乱丸くんはちょい早生まれになりますニャー。……森可成さんを生き延びさせないと、坊丸くん力丸くん磔右近さんが登場出来なくなるのかー。

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― 新着の感想 ―
斯波氏は幼いものしか家督が継げないとどうなるかを教えてくれる
>体が勝手に お前は大神隊長かw
真柄姉妹のノリが完全にギャルのそれ。山賊でも通用するノリがいろいろとひどいw 家康さんの小牧長久手の戦いはホントに戦争芸術だと思う。あれをニャー様が再現出来るのか。楽しみにしています。
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