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戦国異聞 池田さん  作者: べくのすけ
激戦と慟哭編
232/239

坂本開発計画

前回で織田家の派閥が3つ有り、林派閥と佐久間派閥は反織田信長的な尾張武士が集まっていると言いましたニャー。それが林さんと佐久間さんの突然の追放に係わっているとべくのすけは見ています。正史の林さんと佐久間さんは集まり続ける反織田信長思想武士を捌き切れず、派閥は拡大を続けた。一方の後年の信長さんは後継者である信忠さんに大きな権力の基盤となる派閥を形成させたかった。そこで信長さんは林佐久間両名を追放し、派閥を構成していた武士を信忠さんに取り込ませた、のではないかと見ていますニャー。だから追放理由がテキトーだったのかと。信忠さんは貴公子で常識人なので、反発する人は少ないでしょう。林さんと佐久間さんについては、いずれ戻すつもりだったのでは?と思いますが、本能寺の変で、ニャー……。

池田恒興と明智光秀は茶室から出て、木曽川の堤防沿いに来ていた。光秀が『救龍』の視察を申し出た為だ。ここの一帯には陣幕が張られ、中が見えない様にされている。のだが、陣幕の高さが足りず、対岸である鵜沼側からは割と見えている。また、川岸は強風の通り道になる事もあり、陣幕が飛ばされる等、なかなか苦労している。

救龍は相変わらず「ゴゴゴゴ」っと擦れる様な音を立てながら動いている。そして救龍の頂点部分より横に延びた配管からはドバドバと水が出ている。配管の大きさは光秀が頑張れば入れそうな大きさで、そこから絶えず水が出続けている。水は土手を陸地側に流れ下り、造られた水路を小牧方面へと流れて行く。その様は既に小規模な川に匹敵する。この水で小牧の水田開発及び耕作を進めるのだ。

この光景には光秀も驚きを隠せない。これは織田信長が織田家の最高機密に指定する筈だ、と。


「おおおおう……。こ、これが『救龍』。凄まじい……」


「まだ試作品だニャー。ここで問題点を洗い出して、量産化に漕ぎ着けるんだ。未だに一ヶ月に一回は壊れるからニャー」


「なかなか難しいものですね」


「最初の、一晩で壊れる、よりはマシだニャ」


当初、救龍は村正の勘三郎の工房でのみ製作改良が行われていた。しかし水車から救龍に送る動力伝達がだいたい木製だったので、各部一晩も保たない事が相次いだ。そこで破損部位を全て鉄製に換えて改善を図った。しかし鉄製部品が多種多様に増えたので、勘三郎は弟子を独立させたり、桑名村正から鍛冶職人をスカウトするなりで、分業をする事にした。まだ改良は必要ではあるが、量産体制を少しづつ整えている。


「この救龍を我が領地でも取り入れれば……」


「試作段階だっつーニャー。だいたい琵琶湖沿岸で水不足とか無いだろ」


「ま、まあ、確かに」


光秀は領地収入を増やす為に救龍を取り入れる事を考える。しかし、その考えは恒興に否定される。光秀の領地となった坂本は南近江に在り、琵琶湖沿岸である。琵琶湖は淡水湖なので、周辺の農業は盛んである。農業用水に困っていないのに、救龍を取り入れて効果が見込めるのか、という話だ。


(となれば、やはり家臣の俸給を削るしかない、か。借金返済の為だ。皆、理解ってくれる筈だ)


この時、恒興の脳裏に電流(ほとばし)る。横の男は何か碌でもない事を考えていると看破したのだ。


「ニャにを考えてるんだ?」


「あ、いえ、どうやって借金を返そうか、と……」


「方法はニャんだ?」


「家臣の、その、俸給を、ですね……」


「止めろ。とんでもねー悪手だニャー」


「え?しかし、ですね」


明智光秀にはある疑惑がある。実はこの男には『守銭奴疑惑』があるのだ。あくまで疑惑の段階である事は御承知頂きたい。

順を追って説明しよう。織田家の各城主達には信長への上納金が発生している。その上納金を出す領地を『蔵入地』と言い、各領主達に管理させている。恒興の領地内にも信長の蔵入地が存在していて、恒興が管理し、信長に上納している。以前に恒興が織田家から鉄鉱山を任せられていると語ったが、それが蔵入地である。家臣城主はかなり蔵入地割合が高く、傘下城主は低い。傘下大名豪族に高い割合を課すと離反の原因になるからだ。なので、家臣には容赦なく課す訳だ。しかし、家臣は武士であり、金儲けにはあまり向いていない。前世の恒興も上納金を出せないどころか、戦の度に信長から借金している始末だった。そんな者達ばかりで信長も頭を悩ませていたし、後年の織田家はかなり金欠だったという話もある。そんな中、家臣城主の中で毎度、満額を納める者が居た。それが明智光秀だという。

それ程に明智光秀が内政に優れていたのか?というと、その割には坂本周辺が発達していた話は聞かない。農政改革に取り組んだ、のだろうが成果話は聞かない。では、稼げる特権があったのか?堅田衆が居るが、商売は安土がメインの筈だ。個人的な考えとしては琵琶湖西岸路で何かしらの利権を持っていたのでは?と推測するが。残る案は、家臣の給料をカットしたり、農村から不当な税を巻き上げたりという可能性が出てくる訳だ。ここから発生したのか『明智光秀守銭奴説』である。

これが本当なら『比叡山焼き討ちの謎』にも一定の説明が付くとされている。まず、明智光秀は『比叡山絶対焼き滅ぼすマン』として知られている。……真逆のイメージ付けがされていたが、証拠は多数有るので疑う余地は無い。そして明智光秀は比叡山焼き討ちの現場指揮官だ。これは比叡山消滅待った無しの状況だった筈だ。

ならば何故、比叡山延暦寺は大して焼けていないのか?という疑問が出る。これは発掘調査で判明している事だ。では光秀が延暦寺を焼き滅ぼさなかったのは何故なのか?それは明智光秀が延暦寺方から賄賂を貰っていたから、そこそこで済ませた。というのが守銭奴説となる。従来のキレイで優秀な明智光秀だと、信長の決定に不満で形だけで済ませたとなっている。……あくまで『説』であり、証拠は無いので決め付けない様にお願いしたい。あと、明智光秀が『比叡山絶対焼き滅ぼすマン』なのは証拠多数により確定している。


昔の焼け跡はかなり残る。後醍醐天皇と船上山に立て籠もった名和長年は持って行けなかった食糧を屋敷と共に焼いたという。この焼け跡は近年に発掘調査され、炭化した穀物などが出て来たので、名和長年が自分の屋敷を焼く『自焼没落』を行った事は確定となった。

更には古墳時代の焼け跡すら残る。大泊瀬(おおはつせ)幼武尊(わかたけるのみこと)、後に『雄略天皇』と呼ばれる人物だ。彼は母親の家格が低かった為、次の大王(おおきみ)(天皇位はまだ無い)にはなれないと目されていた。ある日、次王候補の兄が親族のライバル王子2人に殺される事件が発生する。どうも女性を巡るイザコザだったらしい。大泊瀬幼武尊はこの事を次王候補の弟に相談し対策を聞いた。しかし弟は何も言わなかった。なので大泊瀬幼武尊は弟を即ぶっ殺した。……古墳時代の人間に道理を問うても無駄である。その後、大泊瀬幼武尊は自身の伴を引き連れてライバル王子2人を襲撃。ライバル王子達は大豪族である葛城氏の屋敷に逃げ込んだ。大泊瀬幼武尊は葛城氏の屋敷を取り囲んだ。そこで葛城(かつらぎ)円大臣(つぶらのおおおみ)は大泊瀬幼武尊と交渉した。

雄「あの2人を引き渡せ!」

円「臣が(きみ)の下に逃げ込む事は御座いましょう。しかし王子が臣の屋敷に逃げ込むなど前代未聞です。どうか落ち着いて下さい」

雄「そうか。では、屋敷ごと焼け死ね!」

円(何が『そうか』なんだよー!?)

とりあえず人の言う事は聞かない。それが雄略天皇クオリティだ。……古墳時代の人間に道理を問うても無駄である。

円「王子、葛城氏の財産も娘も貴方に差し上げます。どうかお許し下さい!」

雄「よし、理解った!財産も娘も貰ってやる。心置きなく焼け死ねぃ!」

円(何も理解ってねー!?)

こうして葛城氏屋敷はライバル王子諸共焼かれたとの事。因みに大泊瀬幼武尊は財産と娘はキッチリ貰って帰っている。その娘は葛城韓媛(かつらぎのからひめ)という名前で雄略天皇の后の一人である。……古墳時代の人間に道理を問うても無駄である。

流石にこれは雄略天皇を面白可笑しく語る為の都市伝説(フォークロア)的な話だと考えられていた。しかし近年、葛城氏屋敷があったとされる場所を発掘調査したところ、『人為的な大規模火災跡』が出て来た。……出て来てしまった。千年を優に超える焼け跡もちゃんと残る事例となってしまった。


焼け跡の話はさておき、恒興は光秀の行動を『悪手』であると断じた。光秀はまだ食い下がろうとしているが。


「お前は坂本を『悪徳の町』にしたいのかニャー?」


「え?どういう意味です?」


「家臣の給料を削るのは不当だってのは理解るよニャ。しかし、お前は明智家の当主だ。決める権利がお前に有る以上、押し通す事は可能だ」


「家臣が不満を持つ、という事でしょう。理解ってますよ。でも、一時的な事だと納得して貰えば」


光秀は恒興の言葉から家臣が不満を持つ事への懸念だと理解する。しかし、光秀としては家臣としっかり話せば解って貰えると自信がある様で、心配は要らないという感じに話している。

恒興は「コイツは何も理解ってないニャー」と思う。そして更に思う。何で自分がコイツの心配をせにゃならんのか、と。しかし、放置して荒れるのは、信長がお膝元にしたい南近江な訳で。しょーがないから言っておこう、と恒興は思う。


「そんな程度の低い話はしてニャい。明智家の頂点であるお前が不正をするんだぞ。家臣だって部下や雑色といった立場の弱い者に不正を働く様になる。当主が認めているも同然だからニャ。そうやって立場の弱い者へ更に弱い者へと拡がり、最終的に農民達にまで被害が及ぶ。『弱い者達が夕暮れ、更に弱い者を叩く』状況が生まれる訳だニャー」


「ええ、そんなつもりは……」


明智家の頂点である明智光秀が不正を行う。これは明智家として、その不正を認めた事に相当する。ならば給料を減らされた家臣はその分を補填しようと部下の給料を下げるだろう。給料を減らされた部下はその部下や雑色などから給料を削り、その者達は商人や農村から何かにつけて搾り取る様になる。正に立場の弱い者から更に弱い者達へと伝播(でんぱ)していく。こうなると、より金を出せる者が上位となり、金を出せない者は苛められ搾り尽くされる事になる。こうして格差は絶望的になり、腐敗の温床が生まれる。

だからこそ恒興は給料の未払いや減額はなるべく避けている。池田家の財政が危なかった時も、小牧の開発を凍結する事で凌いだくらいだ。それは筒井順慶が風土古都を考案した事で大逆転する事になったが、風土古都が無ければ犬山は未だに財政難、重度の人手不足に悩まされ、恒興は京の都に行く余裕すらなかったかも知れない。

話は給料減額程度では話は収まらない。商人や農村に有りもしない税を勝手に掛けて着服する事だって起こるだろう。それは一度でも不正を行うと心のタガが外れてしまうからだ。賭事、詐欺、窃盗、強盗などを何度も繰り返す人がいるのは、味を占めて心のタガが外れてしまったからだ。人間は心のタガが外れると二回目からは躊躇しなくなる。こうして不正の範囲は拡がり、あらゆる悪徳が栄える様になる。光秀のやろうとしている事は、その一因になり得ると恒興は警告している。


「お前は領地を不正の温床にしたいのかニャ?一度行なえば、取り返しはつかねーぞ。人間は自分が不正をしても、他人の不正は許せない生き物だからニャ。お前が家臣を罰し、家臣が部下を罰し、部下が雑色を罰し、最終的には農民まで、ニャー。立場が上の者が下の者を叩き続ける連鎖が起こる。そうやって領地全体に不正と疑心と暴力が蔓延する事になる」


「うう……」


人間とは勝手なもので、自分は不正をしていても、他人が不正しているのは許せないものだ。だから光秀とて家臣の不正を許したりはしない。必ず取り締まる。その結果は不正への反省ではなく、家臣が不満を大きくするものだ。現代的に言えば、遅刻の常習者が他人の遅刻を責める様なもの。「お前が言うな」としか思わないだろう。この様な反省しない者は不正を続けたり、別の不正に勤しむものだ。こうして不正は広範囲に広がっていく。結局、苦しむのは最下層にいる農民達となる訳だ。


「だから上に立つ者はなるべく身を正す必要があるんだ。上の腐敗は必ず末端まで広がる。末端の腐敗振りを見れば、国の興亡が理解るという。ニャー達にも当て嵌まると思うぞ。ニャーも清廉潔白な訳じゃない。要は程度の問題だが、家臣に損はさせるな」


国の興亡は不正の度合いで理解るという。末期の状態になると、不正を取り締まる側が賄賂で不正を見逃す様になる。賄賂次第でどんな悪事も可能になる。そうなると被害者も増える訳で社会不安が蔓延する。そして切っ掛けがあると一気に爆発して革命騒ぎとなる。


唐王朝に実質的なトドメを刺した『黄巣の乱』は典型例だろう。唐王朝は塩を専売としていた。塩は人体に必要な要素なので売れない訳がなく、塩に税を乗せて唐王朝はウハウハに儲けていた。そして唐王朝はお金が無くなると塩に税を乗せまくっていた。売れない訳がないからだ。その為、民衆は高い塩価格に苦しむ様になった。

しかし、どれだけ塩が高くても買わないという事は出来ない。そこで登場したのが『塩の密売人』である。黄巣はその一人だ。彼等は悪質な塩を安価で捌きウハウハに儲けたが、民衆は安い塩を喜んだという。唐王朝は塩の密売人を取り締まったが、密売人達は役人に賄賂を渡してのさばった。

結果として9割近い塩の税収が密売人に流れた。これはイカンという事で、唐王朝は軍隊を出して密売人撲滅を図った。これに反抗して黄巣や王仙芝らが民衆反乱を扇動した。元々、唐王朝への不満が溜まっていた民衆は各地で蜂起。王仙芝は戦死してしまったが、黄巣は戦い続け、ついには唐皇帝の僖宗を首都長安から追い払ってしまった。

その後、黄巣は皇帝を名乗り、国号を『大斉』とした。しかし唐王朝の猛将『独眼龍』李克用に敗北し、反撃を企図するも黄巣は追い詰められて自害した。これが『黄巣の乱』だ。

国のトップが自分の贅沢の為に塩に税を乗せまくった結果、王朝が滅びたのである。この後、黄巣軍で成り上がり裏切った朱温、後の『朱全忠』が唐王朝に完全なトドメを刺す事になる。


不正は必ずしも頂点から始まる訳ではない。商人や農民だって自分の利益の為に不正を始める事だってある。それを防止する事も領主である光秀の役目となる。だからこそ光秀は身を正す必要がある。しかし清廉潔白に拘る必要もない。要は家臣や民衆に損をさせない程度でやれ、と恒興は言っているのだ。


「焦るニャよ。少しづつ領地の収益を増やせばいい」


「それはそうなんですが」


(期限を決めてないのに、生真面目なヤツだニャー。そういう所は前世と変わらんか)


恒興は何を焦っているんだと呆れる。500貫文の借金には期限を決めていないのだから、余裕がある様になったら返せばいいだけだ。

まあ、光秀の性格なのだろう。彼は『借金している自分』が嫌なのかも知れない。


(救龍を急いで取り入れても、即増益とはいかないか。なら、やはり煕子の言う通りにするか?いや、しかし、うーん)


借金を返す為に増益を考える光秀。今度は妻である妻木煕子の提案を恒興にするべきかと悩む。ただ、恒興があの重要産業(・・・・・・)の情報を開示してくれるのかは自信が無いが。

またまた、恒興の脳裏に『ニャピーン』と電流奔る。横の男はまた益体(やくたい)もない事を考えているのではないか、と。


「今度は何を悩んでるんだニャ?」


「え?な、何故分かるんです?」


「顔に出過ぎだ。ハッキリ言えニャー」


「そのう、貴殿にとっては虎の子と言ってもよい事業なのは重々承知の上なのですが、明智家の借金の事も鑑みてですね、あのう、あ、あくまで煕子が言っているだけで私じゃないと言いますか、えーと」


「ハッキリ言えっつってんだろニャー!」


「はい、『風土古都』を是非とも坂本に造らせて貰いたいのです!」


恒興に問い質されると、光秀はしどろもどろに言い訳を始める。その様子に恒興が苛立つと、光秀はようやく考えていた案を口に出す。風土古都を坂本に造りたい、と。どうやらこれは妻である煕子の考えらしく、恒興が受けるか自信が無い様で言いにくかったみたいだ。


「……ニャんだ、そんな事か。別に構わないぞ」


「え?いいんですかっ!?風土古都は池田家の秘匿事業なのでは?」


「風土古都は大衆食堂だニャ。何をどう秘匿するんだ」


光秀の提案を聞いた恒興は特に思うところも無く受諾した。また碌でもない事を考えてるのかとも思ったが、割とまともな話だった。恒興の勘は外れた様だ。

知っての通り、風土古都は大衆向け食堂の集合施設である。たくさんの店に対し大きな客席を設ける事で店側の負担減、店建築費用減、集客キャパシティ増加などを盛り込んだものだ。考案者は現代人転生者の筒井順慶であり、彼の願いが込められている。即ち、『気軽に何時でもいろんな美味しい物が食べたい』である。このおよそ僧侶とは思えん男の欲望を形にした風土古都は、今や老若男女を問わず人気を博している。これを導入して、坂本に人を集めるべきと煕子は光秀に言っていた。どんな事業をやるにしても人が集まらないと効果が見込めない、というのが彼女の主張だ。そして多額の借金を返す為にも、恒興に協力を要請するべきと。

この提案は恒興にとっても利益がある話だ。南近江は織田信長が本拠地として活用予定である。その為、安土山に巨大な城を建築している。となれば、安土の町が信長のお膝元として発展していく事にはなる。だが、発展するのは一都市のみで十分だろうか?現代の東京の様に、東京湾沿岸で幾つかの都市が発展し相互的に効果を得るのが望ましいだろう。近江国で言うなら安土は東京、長浜や佐和山、坂本は横浜市や川崎市に相当させたいという考えを恒興は持っている。この辺りの考えを煕子は見えているからこそ、恒興は断らないと思ったのだろう。


「しかし、容易には真似出来ないと聞いていますが」


「秀吉の事か?まあ、見ただけで出来る訳ではニャいけどな。問題は材料仕入れと料理人だ。これはただの武家には出来ないからニャ。その方面はニャーに任せて貰う。まずは湊城を造れ。次に城下町を造成。防御を考えると南側が適当だニャ。風土古都は更に南、都街道に近い場所に設置するのが良いニャ」


「一瞬で計画が!?」


「狙いは都から敦賀に向かう者って訳だニャ。そこに堅田衆を出入りさせれば、坂本は琵琶湖の一大船着き場に発展する筈だ。物流が増えれば、副次的に仕事も人も増える。人が増えれば風土古都も盛況になるし、収益もかなり増える筈だ」


風土古都で問題となるのは材料仕入れと料理人の確保である。これは武家のみでは調達が困難である。食品材料の仕入れは多岐に渡る為、一部地域で調達するなど不可能、様々な地域から仕入れる必要がある。大大名ともなれば可能かも知れないが、それよりは商人の方が楽に仕入れてくる。

また、料理人も武家とは縁が遠い。料理人のお得意様となるのはだいたい公家か商人である。武士などは「不味い物も味噌を付ければ食える。それで十分」という者が大半だからだ。特に三河武士とか三河武士とか三河武士とか。つまり『食』に対して拘りが少ない武士は料理人と縁が遠い訳だ。その点で商人は料理人を支援する事が多いので、料理人の人脈はかなり広い。恒興も料理人は加藤図書助をはじめ、津島会合衆の商人達からの紹介で集めたくらいだ。

したがって、光秀がやらなければならない事は町の造成となる。その順序も恒興は解説する。まずは坂本城の築城となる。何故なら、坂本城には湊の機能も付属するからだ。この湊に堅田衆を出入りさせて荷物の搬出入の拠点にする。安土だけだとキャパシティに限界があるから、出来るなら分散させたいのだ。そうなれば湊を起点に仕事が発生する。その仕事に従事する者達を確保する為に、住居が必要となる。それが城下町の始まりとなり、集まった人間を対象に商売も始まる。そして風土古都も繁盛すると恒興は説明した。


「北側はダメなんですか?」


「北に何が居ると思ってんだニャ、お前は?」


「朝倉家、ですよね」


「その前に朽木家と高島家が居るだろうが。アイツラは幕臣であって味方って訳じゃニャい」


坂本の町造成は坂本城の南側に予定する。位置関係としては琵琶湖西岸街道が南北に走り、その東側に坂本城を建てる。防御面を考えると、城の南側に湊と街道を結ぶ道を造り、その周りに城下町を造るのがセオリーとなる。

何しろ、坂本の西側には比叡山、北側には朝倉家……じゃなくて朽木家と高島家などの源姓佐々木氏族が居るからだ。この者達は幕臣であって、織田家傘下ではない。いずれ対処する事になるが、今は味方ではないので油断は禁物である。


「まあ、そうですね。昔、浅井家に攻められた高島家で防衛戦に参加した事がありますが」


「そんな所に居たのか。それに比べれば、南の瀬田山岡家は信長様の直臣として名前を連ねているし、膳所には織田家の代官も居る。六角承禎降伏後の南近江の武家は大人しくなってるから、北側よりは安全が確保出来るってところかニャ」


「何気に六角承禎殿が信長様の傍に居る効果って凄いですね」


「ニャーはあんな奴、認めん!!」


「はあ、そうなんですか」


その北側に比べれば、南近江各地は鎮まっている。その最大の要因が六角承禎が降伏した事で、その彼が織田信長に積極的に近侍している事も大きい。元六角家臣や六角家傘下豪族は織田家に反抗する理由が無いので大人しくなったと見られる。

信長にとって割と効果が高い六角承禎の行動だが、恒興は気に入らない。絶対に何かとんでもない事を考えている筈だ。

一番に思い浮かぶのはやはり織田家による『比叡山延暦寺の弱体化』だ。延暦寺と源姓佐々木氏との諍いは鎌倉時代から絶えず続いている。やったりやられたりの繰り返しだ。佐々木氏の武力行使に延暦寺は朝廷を強訴で動かし、幕府から佐々木氏に罰を与えさせた事もある。佐々木道誉は延暦寺で猿が神獣扱いされているのを知っていて、猿の毛皮の腰巻きを巻いて交渉に来たりした。当たり前だが、延暦寺の僧侶はブチギレた。こんな感じで延暦寺と佐々木氏族はお互いにヘイトを溜めまくっている。恒興が比叡山の悪僧をやり込めたのを見て、六角承禎は笑いが止まらないだろう。

他は近江国の発展だ。この国があまり発展しない原因は『近江商人』にある。『近江』商人などと呼ばれるが、この者達の本拠地は越前国敦賀であり、彼等にとって近江国は『通り道』に過ぎない。近江国で商品を売り捌き、儲けは敦賀に持ち帰る。結果として越前国と敦賀は大きく発展し、近江国はイマイチでしかなかった。物流を近江商人に支配された六角承禎は泣き寝入るしか術がなかった。

だが織田信長はこの現状を打破しつつある。まず安土に巨大市場を築いた事。次に安価で質の良い商品を確保して目玉とした事。そして『近江在住商人』を『敦賀の近江商人』から切り離した事だ。この『近江在住商人』を新しい『近江商人』として安土で商わせる。近江商人が近江国の為に商売する日が来るのである。今頃、六角承禎はタップダンスでも踊っている事だろう。

で、その六角承禎の目論見はこの発展した近江国を『貰う』事にある。自分では解決出来なかった事を全部、信長に解決させてから貰おうとしている訳だ。それが『貰う』になるか『奪う』になるかは判らないが、南近江の各武家には静かに力を溜める様に指示は出しているだろう。その魂胆が丸見えなので、恒興は警戒を怠っていない。


「それより信長様から預かった命令ってのはニャんだ?とりあえず親衛隊は準備させてるが」


「ええ、信長様は『宇佐山城の検分を申し付ける』との事でした」


「……三左殿が築城している宇佐山城の検分?あれ?それは信長様が自分で行くって言ってた筈だニャー」


「忙しくなった様です。犬山行きを強行されたので」


「ニャる程ね……。やっぱりご無理をされてたのか」


恒興は親衛隊を準備させて出立出来る様にしていた。それは光秀が信長の言伝を預かっていたからだ。その内容は森三左衛門可成が築城している『宇佐山城の検分』である。宇佐山城は坂本から南、大津北西に位置する山城で、京の都を防衛する事が主な築城理由となる。

その検分は織田信長が自ら行う予定だったが、忙しくなった為に恒興へ回した様だ。信長が忙しくなった理由は犬山行きを強行したからである。まあ、恒興は信長の義弟なので名代としての格があるし、池田家と森家は婚姻関係なので可成は歓迎するだろう。


「惟任はこの後、どうするんだニャ?」


「叔母上と煕子の護衛で関城へ。元々の目的地はソコですので」


「分かった。ニャーは宇佐山城に向かうから、宿泊には政務所を使え」


「ありがとうございます」


光秀はこの後、小見の方と妻木煕子を連れて関城に行く様だ。元々、小見の方が息子である関城主・斎藤利治と暮らす屋敷を見に行くのが目的だからだ。犬山はついでに寄ったに過ぎない。光秀にとっては恒興と交渉する事がメインだったのではあるが。

光秀はもう少し救龍を見学する様なので、恒興は宇佐山城に向かう準備をする為に別れた。恒興は控えている加藤政盛、加藤教明の所に戻る。


「お疲れ様で御座いました、殿」


「おお。で、ニャんで教明まで護衛に来ているんだ?」


「はっ、殿に相談をと」


恒興は何故、加藤教明が居るのか尋ねる。普通は政盛のみの筈だが、今回に限って教明まで居る。恒興は何か用事があるんだろうと察した。

その言葉を待っていたという感じで、教明は恒興に相談を持ち掛ける。今、犬山三河衆で起こっている問題に関して、詳細を恒興に語った。


「そうか、三河衆が、ニャー」


「はっ、如何したものかと」


「ニャーとしては三河衆の者がいつでも三河国に帰っても良い様に、と思っての事だが。逆に負担になってたのか。ううむ」


恒興は少し難しい顔をする。三河衆に専属の任務が無いのは、彼等がいつでも帰れる様にという恒興なりの配慮だった。教明もそうだが、いずれは三河国に帰ると言っている者達ばかりだからだ。

しかし三河衆の者達は既に2年近く、犬山に居る。それは池田家での待遇が思ったより良いので、帰る事に消極的になっている証拠でもある。若い世代は特にそうで、教明の息子である孫六は既に帰る気が0である。本人は池田家で上級侍を目指している。教明も家族を犬山に呼び寄せるなど、当初と違って帰る気配も無い。

恒興にとっては都合の良い展開ではある。しかし、こうなると専属の任務が無いというのは重荷となる。家中でお荷物扱いされるのが本人達は堪える訳だ。


「その事は後で考えるニャー。今は直近の任務として、宇佐山城までニャーの護衛としよう」


「はっ!直ちに準備します!」


とりあえず専属の任務を与える事を恒興は後回しにする。その代わり、今回の宇佐山城検分に護衛としての任務を与える。これで時間稼ぎをしようという魂胆だ。これで宇佐山城に行く人数は池田家親衛隊500人と犬山三河衆500人。もう部隊の移動になってしまうなと恒興は思った。

『弱い者達が夕暮れ、更に弱い者を叩く』とても秀逸な歌詞だと思いますニャー。

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― 新着の感想 ―
ブルース自体が黒人の悲哀や差別への反発から生まれているようですし、アメリカ南北戦争の時代とも重なります。 「見えない自由が欲しくて見えない銃を撃ちまくる」どころか実銃を撃ちまくってますね。 南北戦争は…
京料理が薄味だからって味噌付けて食おうとした大名様もいましたね ねえ、ニャー様……
林、佐久間は尾張、美濃時代から仕えた能力が微妙な家臣が集まったんじゃないかなぁ だって、後に活躍する人で、両名の組下だった人いたかな? 武断は勝家の元へ。。。 あと、佐久間に関しては、領地問題があっ…
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