三河の謀略家は静かに画策する
Gジェネエターナルを始めたら、書く速度が落ちた感じが……。ゲーム減らそう。PSO2ngsかなー、全クラスLv100だし。
尾張国犬山 順慶屋敷。
池田恒興が明智光秀を客として迎えていた頃、順慶は試験に望んでいた。試験を受ける側ではなく、審査する側である。故郷が伊勢国の浜辺の村出身だった弟子が早くも海鮮鍋のラーメンを持って来たのである。余程、故郷の海鮮鍋に自信があったのだろう。ラーメンの改良の話が出ると、故郷まで行って、材料を揃えて戻った様だ。そして順慶の前にシーフードラーメンを出した。
……そのラーメンを順慶は『不合格』とだけ言い渡した。
「まったく!アイツは何を聞いてやがったんだ!」
「まあまあ、助さん、落ち着こうぜ」
試験が終わった後、順慶と助六、角吉は順慶屋敷に戻っていた。その厨房に入るなり、助六がかなり怒っていた。それを角吉が宥めている。仕方がないだろう。彼はちゃんと言った筈だ、試作品など持って来るな、と。確かに海鮮鍋としては美味しかった。しかし、弟子が持って来たのは、ソレに麺をぶち込んだだけの物だった。
「順慶様が即座に不合格と言ってくれましたんで、アイツも反省した様でやすが」
「そりゃね。普通に美味しくなかったし」
試食をした順慶は一口食べて即座に不合格を言い渡した。順慶は思ったのだ、「現代のカップラーメンに劣る」と。この順慶の毅然とした態度を助六は良かったと感じている。これで全ての弟子に示しがついただろう。適当な物を持って来ても、順慶は認めないと。
海鮮鍋は普通に良かった。だが、全体的に味が薄味で麺と絡んでいなかった。順慶は麺が邪魔という感じを受けたくらいだ。
「まあ、今回はアイツにも同情の余地はありますが。次はもっと良い物を出すと思いますよ」
「ああ、まあ、仕方のない部分はありやしたな」
「?何かあったの?」
今回のシーフードラーメンには何か問題が起きた様だ。その事については助六と角吉も弟子に同情している様子だ。事情を知らない順慶は首を傾げる。
「実は食材の半分が腐っちまったんでやすよ。魚介の類は足が早えですし」
「ほら、最近は暑くなってきましたから。半分くらいが腐ったそうです」
「それで味が足りない感じがしたのかー」
問題とは弟子が故郷の村から食材を揃えて、犬山に戻る時間経過で半分くらいの食材が腐ってしまったらしい。順慶も具材が少ない感じを受けたが、そんな事情があったのかと納得した。
「順慶様、『醤油らーめん』が出来ましたよ。お口直しにどうぞ」
「ありがとう、角さん」
角吉は喋りながら、順慶の為に醤油ラーメンを作っていた。この醤油ラーメンは順慶が考案し助六と角吉で完成させた基本となっているラーメンだ。これで口直しする為に、順慶は厨房に来た訳だ。
「食材が腐る、か。問題だよね」
「とはいえ、どうにもならないでやすから」
(そうか!次は『冷蔵庫』を作れば!……無理だ、冷蔵庫がどうやって冷えてるのか、想像もつかないや)
食材が腐る。これはどうしようもない事だが、順慶は問題だとも思う。もしも風土古都で腐った食べ物が出て、食中毒が起こったらと危機感を抱く。そんな事が起これば、風土古都の評判が下がって廃れる切っ掛けになるかも知れない。この世界に冷蔵庫があればいいのにと、順慶は考えるが直ぐに止めた。彼は現代知識を持ってはいるし、冷蔵庫も日常的に使っていたが、冷蔵庫がどうやって冷えているのかはまったく知らない。
ここは日本人特有と言ってもいいのだろうか。自動車の構造はざっくりと理解しているが、冷蔵庫が何故冷えるのかは知らない。この辺りはやはり自動車が日本の最重要産業でテレビ番組でも頻繁に出て来るからだろう。自動車に興味を持て、というのが国策でもあるので、順慶でも大まかな仕組みくらいは理解している。作れるかどうかはまた、別問題だ。しかし冷蔵庫の仕組みなど、知る機会はとても少ない。これは電化製品全般に言える事だ。だからなのかも知れない。現代日本は自動車産業は健在でも、家電産業は衰退傾向にある。まあ、そもそも家電を動かす電力を生み出す事が出来なければ意味は無い訳だが。
「どうかしやしたか、順慶様?」
「いや、何でもないよ。流石に腐った物を風土古都に出す訳にはいかない」
「日持ちのする食材にするしかないですね。干物とか」
とりあえず『食材が腐る問題』は日持ちする食材を選ぶしかないと角吉は言う。この時代の人々は生食をする機会はあまり無い。基本的には味噌漬けにしたり、干したり、塩漬けにするものだ。そして食べる時に火を入れたり煮たりと熱を加える。戦国時代はこうして食中毒を防いでいる。まあ、植物系の食材は割とそのままでも日持ちするが。
順慶は恒興に言って何か対策をして貰おうと考える。その時に恒興から伝えられた事を思い出した。
「そういえば、恒興くんが仕入れを見直す、とか言ってたっけ」
「お殿様が?」
「何でも風土古都仕入れの専門部所を作るんだって。その担当が挨拶に来るらしいんだけど」
順慶が恒興から聞いたのは、風土古都専門の仕入れ流通部門を作るという事だ。これまでは池田家の食糧調達の延長線上な感じでやってきた。しかし風土古都に店が増えて、様々な食材が必要になってきた。つまり仕事が煩雑になって手に負えなくなってきたのだ。
その対策として、恒興は風土古都専門の仕入れ流通部門を作って切り離す事にした。現状でも池田家は犬山と岐阜と清須の風土古都に食材を仕入れている。津島と熱田は商人主導なので必要ないが、風土古都はこれから安土や長浜でも運用する予定がある。もう既に片手間で出来る規模を超えているのだ。という訳で、恒興は風土古都専門で動く部門を作って、織田家全体の仕入れをしようと計画した。その担当が近く順慶に挨拶しに来る事になっている。
「じゃあ、お侍様が来るんですかい?」
「うーん、良い方が来てくれれば、いいんでやすが……」
担当の侍が来ると聞いて、助六と角吉は渋い顔をする。助六と角吉は農民町民の庶民身分なので、侍から差別的な扱いをされるのでは、と恐れている。
「そんなに思い悩む事なん?」
「ほら、仕入れって本来は商人の仕事でやすから」
「お侍様がそんな仕事を振られたら怒る人がいると思います。順慶様やお殿様には当たらなくても、オラ達には厳しくなるかも」
「そう考えると、気が重いでやす」
食材の仕入れは普通、商人の仕事だ。武家の食材仕入れ部門と言える台所奉行でも、仕入れは商人を呼び付けて注文を出すだけだ。それが風土古都だと仕入れる食材が多岐に渡る為、取引する商人も多いし、何なら現地に行く場合もある。恒興が投資している養鶏場などは直接となる。なので、実際に行う侍からは文句も出ているらしい。侍は侍らしい仕事を求める訳だ。だから専門部所という話になっている。
その部所を担当させられる侍は不満なのでは?不満を自分達で発散するのではないのか?助六と角吉はそれが怖い。信長と養徳院から優遇されている順慶に当たる命知らずはいないだろうが、自分達には容赦しないだろう。
「大丈夫大丈夫。もしそんな事をする様なら、俺がガツン!と……恒興くんに言うから」
「直接じゃないんでやすね……」
順慶は横暴な侍にはガツンと言ってやると息巻く。まあ、言うといっても恒興にとなるが。自分の方が圧倒的に立場が上でも、直接言う勇気は無い小市民的現代人・筒井順慶である。とはいえ、恒興に直接言うは正解である。要らない騒動に巻き込まれない為にも。
「ところで、角さん」
「何でしょう?」
「俺の醤油ラーメンは何処?」
ふと、順慶は気付く。さっきまで目の前にあった筈の醤油ラーメンが無い。だから角吉が一度、引っ込めたのかもと聞いてみた。
「何を言ってるんですか。ちゃんと目の前に……あれ?無い!?」
「そんなバカな!?どんぶりごと消えるとか有り得ねえ!」
しかし角吉も鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をして驚く。助六もどんぶりごと消えた事に驚愕した。そして三人はどんぶりを探して周りを見渡す。すると、少し離れた場所に見知らぬ男がラーメンにガッついていた。
「ずずっ、はふはふ、ずずずぅ!旨っ旨っ!」
「「「誰ーっ!!?」」」
いきなり見知らぬ男が侵入していた事に驚く三人。厨房の戸を閉めていなかったとはいえ、完全に予想外だった。
三人が叫び声を挙げても、男は構わずラーメンを食べ続けた。更にどんぶりを両手で持ち上げて、スープも飲み干す。そして「ぶはー」と一息までついてから立ち上がり、驚いたままの順慶に一礼した。
「いや~、失礼を致しました、順慶様。私は本多弥八郎正信と申します。以後、お見知り置きを」
男の名前は本多弥八郎正信。三河国の一向一揆に参加した経緯から、徳川家を追放中の侍である。現在は池田家で客将をしている。
「本多……さん?あっ!恒興くんが仕入れ担当にしたって言ってた人?」
「そうそう、それです。上野殿から申し付けられましたので、順慶様にご挨拶をと思いましてね。そしたら物凄く良い香りがしまして。気が付いたら、手が伸びてしまいまして、はは」
本多正信と聞いて、順慶は思い出した。恒興が仕入れ担当にした侍だという事を。つまり順慶に挨拶に来る予定の人間だったという訳だ。
そして挨拶に来た正信は途轍もない良い香りに誘われ、電光石火の速さで醤油ラーメンに食い付いたみたいだ。
「美味しかった?」
「天上の美味で御座いました。きっと極楽浄土はあの様な食べ物で溢れている事でしょう」
(ラーメンまみれの天国か。神様や天使達がラーメンをずるずると啜ってると。外人さんは悶絶しそうだな)
ラーメンの感想を聞く順慶に、正信は天上の美味と評価した。極楽浄土の食べ物であろうと。それを聞いた順慶は天国の神様や天使がラーメンをずるずると啜る場面を思い浮かべる。そして順慶はその天国を「無いわー」とだけ思った。
「えーと、本多さんは」
「正信とお呼び下さい。これから順慶様の注文を聞きに出入りしますので」
正信はこれから風土古都の仕入れだけではなく、順慶個人の注文にも対応する。その為に順慶屋敷にも足を運ぶ機会が増える様だ。
「そうなんだ。あ、この二人は助さんと角さんね」
「助六でやす」「角吉です」
「ああ、聞き及んでますよ。順慶様の一二番弟子にして風土古都の立役者、助さん角さんと」
「いや、そんな、オラ達は」
「照れちまいやすよ」
正信は助六と角吉の二人が紹介されると、笑顔で二人を称賛した。順慶の側近で、風土古都の立役者だと。
正信の評価に二人は照れている。それより、正信が侍の割に気さくな感じで安心した様だ。
「正信さんが良い人そうで良かったよ」
「身分とかの話ですかな?私はこれから風土古都を支える仕事をするのですから、同じく風土古都を支えている同僚に敬意を払うのは当たり前ですよ。まあ、身分だけで差別する輩が武士に多いのは否定しませんが」
順慶の良い人評価に正信も察する。武士には身分に拘る者がかなり居る。自分より身なりが悪いと直ぐに下に見る者。何の権限も無いのに横柄な態度を取る者。助六と角吉も何度かそういう武士と会った事があるのだろう。
しかし、正信はそういう武士こそ見下している。何の役にも立っていないのに、態度だけはデカいと。そして助六と角吉は実績も有り、共に風土古都を支える同僚なのだから敬意を払うのは当たり前とも考えている。彼等の不信感を買って、良い事など一つも無いのだから。
「正信さんは以前から仕入れの仕事とかしてたの?」
「いえ、以前は遊んでましたが」
「遊んでた!?」
「それで金が無くなったので、上野殿にお小遣い貰いに行ったら「そろそろ働けニャー」って言われてしまいまして。ははは」
本多正信は順慶の問いに遊んでいたと答える。そう、遊んでいたのだ。恒興に増田長盛を紹介してから、ずっと。織田家領内を堂々と見て回り、美味しい物を食べたり、廃寺で違法賭博を楽しんだり、と自由に過ごしていた。因みに違法賭博は負けた腹いせに通報しといた。
まあ、そんな感じで過ごしていたら、恒興からとうとう「働け」と言われてしまった訳だ。それで正信は数ある仕事の中から、この仕入れ運搬の仕事を選んだ。
(この人、大丈夫かな)
(偉ぶるお侍よりはマシでやすよ)
(仕入れって、どんな感じなんですかね)
話を聞いて、順慶は「この人、大丈夫かな?」と思えてくる。とても仕事が出来る人に見えない。しかし助六は偉ぶるところがないだけでも、かなり評価している様だ。
「ねえ、正信さん。仕入れってどんな感じでやるの?」
「そうですね。今、稼働している風土古都は犬山と岐阜、清須、津島、熱田で、準備しているのが安土と長浜です。この内、津島と熱田は商人主導なので除外となります。また、甘味処は全て商人主導です。なので、私は犬山、岐阜、清須の飯物一品物の材料仕入れと運搬を考える事になります」
「さらっと聞いただけでも大変でやすね」
現在、営業している風土古都は犬山、岐阜、清須、津島、熱田の5都市。このうち、津島と熱田は全て商人主導となる。そして甘味処も商人主導となっているので、織田家が仕入れるのは飯物一品物の材料となる。これから安土と長浜にも風土古都を造る予定なので、正信が考えるのは犬山、岐阜、清須、安土、長浜の仕入れ運搬となる。国も跨いでいる仕事なのでかなり大変そうだ、という印象を受ける。
「運搬かぁ。実は弟子が魚介を腐らせて、予定した味が出せなかった、って事あったんだよね〜」
「食材は鮮度が命ですからね。日持ちがする物は良いですが、魚介はかなり厳しいかも知れません。今の構想としては馬による高速運搬を考えていますが」
順慶は弟子が魚介材料を腐らせてしまった話をする。正信は馬による高速運搬を企図している。それでも魚介類の材料は難しいかも知れないと悩む。果実や穀物は日持ちする物が多い。調味料の類はそれ自体が保存性に優れている。肉類は猟師が加工してから売るので日持ちする。魚介も基本的に加工はするが、生食でないといけない事もあるので難しい。
戦国時代は基本的に生食はしない。漁村で獲れたて新鮮ならある様だ。あと例外として、京の都で『寿司』の原型となる食べ物がある。それが『なまなれ』という食べ物だ。『熟鮓』という魚の保存方法が遣唐使によって持ち帰られた。これは塩や米で魚の切り身を発酵保存するもので、米は食べないらしい。これが室町時代になると、発酵期間を短くし、重石などで漬け込む押し寿司や箱寿司の原型が出来上がった。発酵し切っていない熟鮓という事で『なまなれ』と呼んだ。敦賀では鯖を『なまなれ』にして、京の都に運んでいた。それは公家や大名、商人に大好評だったが、庶民の口に入る事は無かったという。その鯖の押し寿司を運ぶ街道が琵琶湖西岸路で、大量の鯖が運ばれたので『鯖街道』と呼ばれた。江戸時代になると敦賀の鯖覇権は陥落し、小浜が主役となるので、現代の鯖街道は小浜発となる。
「馬?速いんですかい?」
「角さん、馬ならそりゃ速いでしょ」
馬は速いのか?と角吉は疑問を呈す。この言葉に順慶は首を傾げる。常識的に馬は人間より速いに決まっている筈だ。
「あー、角さん、言葉が足りてねえよ。順慶様、悪い道を馬が走るとケガしちまうんでさあ。だから荷物運ぶのに、馬は走らせないって常識なんでやす」
「馬が荷車を引いて歩く、なら当たり前なんですがね」
「そういう事かー」
順慶の疑問に助六が答える。日の本はだいたい山岳地形や河川地形なので平坦な土地が少ない。草原や砂地などはあまり存在しない故に悪路が多く、馬が走るとケガをしやすい。その為、平時においては馬を走らせないのが常識となる。戦時においては走らせるが、戦闘中か伝令しか走らせないものだ。馬は高価な生き物なので、なるべくケガをしてほしくない。
「ふっふっふ、それがですね。織田家は尾張国から東山道を経由して京の都へ大規模な街道整備してきたのですよ。そして池田家臣の土屋長安殿の発案した『伝馬宿』が街道各所に配置されています。という事は!」
「「「という事は?」」」
「風土古都は全て、この街道沿いに在るんです。つまり!馬を走らせる環境がある!各所で馬を借りる事が出来る!仕入れの拠点や食材倉庫に出来る!って訳です」
「「「おおお〜!」」」
織田信長はかなり前から街道工事をしている。時期としては桶狭間の戦いの後くらいから本格的に行っている。当初は尾張国内の流通を促進させる為だった。その後、美濃国を制覇すると東山道と尾張国を繋げる工事に取り掛かった。そして上洛達成後は京の都まで東山道の工事をしている。これで京の都から安土、岐阜、尾張国へと良質な街道が繋がっている。
信長がこの大規模な街道工事したのは、流通の促進を図ったからだ。他にも流民に仕事を用意するという公共事業の側面もある。この街道工事は各所で継続中である。
この街道に土屋長安が『伝馬宿』という馬による高速伝達システムを構築した。これは街道の至る所に馬宿を設置して、重要な情報や書状をリレー形式で繋いでいくものだ。馬は伝馬宿から伝馬宿の短い区間を走って、次の馬にバトンタッチする訳だ。なので馬の疲労は最小限で済む。現代にも『伝馬』という地名で各所に残っている。
この伝馬宿の拠点を間借りする事を正信は計画している。風土古都は今のところ、犬山、清須、津島、熱田、岐阜、安土、長浜と全て街道上にある。つまり伝馬宿の伝達システムの上に風土古都の流通も載せてしまおうという計画だ。風土古都が織田家の重要産業になりつつあるので、この提案は通り易い筈だ。食材の確保と配分は風土古都維持の重要課題。今は全て犬山から配分する形だが、そのうち手に負えなくなるのは目に見えている。正信はこれを最初に提案し、恒興もかなり乗り気である。
「それなら魚介も行けるかな?」
「魚介は足が凄え早いでやすから厳しいでしょう」
「そうですね。少しは日持ちして貰わないと難しいですね。塩で〆るか、生きたままで持って来る方が良いかと」
「シーフードラーメンの改良の道程は遠いかな」
「材料が足りなくても、出来る限り美味しく作る。それも改良ってもんやすよ、順慶様」
「だね〜」
とは言えだ、魚介類の足の早さは相当なもの。おそらく現地で仕入れて倉庫に持って行って、それから流通に載せるでは間に合うまい。どう考えても塩で〆るか干物にするかしないと難しい。あとは生かして持って来るくらいしか手段が無い。
魚介類に限らず、生肉なども一緒だ。生肉のままでは販売しない。塩で〆る、燻製にする、火を入れるかはしておく。獲物を仕留めてそのまま持って来る強者も居るらしいが。
「改良、ですか?あのらーめんは凄く美味しかったのですが」
「正信さんが食べたのは醤油ラーメンだけどね。別のラーメンの話だけど、醤油ラーメンも更に美味しくしたい」
「流石の向上心でやす、順慶様」
「まだまだ、いろいろと取り入れていきます」
「凄い話ですね。私ならあのらーめんで満足するでしょうが」
順慶がラーメンの改良を考えている事に正信は驚く。あれほど美味しい物を更に改良しようなどとは、普通は思わない。現状で満足するものだ。
しかし順慶はまだ満足していないし、助六と角吉も改良に励む心積もりの様だ。その話に正信は素直に感心する。凄い向上心だ、と。
「とは言っても、改良の手が入っているのはスープだけでさ。麺はさっぱりだよね」
「小麦粉麺でやすから、どう改良したものか。打ち方を変えるか、こね方を変えるか……」
「高級麺ですから、オラじゃ思い付かないって事なんですかね」
「「「うーん……」」」
現状としてはスープの改良は各弟子達でも考えられている。しかし麺の改良については全くの白紙。改良の糸口すら見つからない。未だにうどんの麺から変わっていないのだ。三人が思い悩む中、正信は昔あった事を思い出した。
「アレは小麦粉麺だったのですか。ふむ、ちょっと小耳に挟んだ程度ですが」
「何を?」
「実は私、僧侶の知り合いが多いんですよ。ほら、真面目で信心深い男なんで」
「「「じー」」」
「いや、そんな疑惑の眼差しで見ないで下さいって」
正信は自分を『真面目で信心深い男』と評したが、三人は疑惑の眼差しで彼を見た。ふらっと現れて順慶の醤油ラーメンに食い付いた男を真面目で信心深いと言われても、という感想が混じっている。
「おほん、それである僧侶と仲良くなったのです。その人は私に『素麺』をご馳走してくれました。私は以前に素麺を一度だけ食べた事があったのですが、僧侶の素麺はコシが強く、食べ応えがありました。私がこれがうどんか?と尋ねたら、僧侶は『卵をつなぎに使っただけだ』と答えたのです」
「卵?卵が小麦粉麺に入ってたって事?」
「どうやら僧侶の師は大唐の明朝まで行って勉強した僧侶だったそうで、明朝では普通だったみたいですよ」
正信は以前に親交のあった僧侶から素麺を御馳走してもらった事がある。正信自身はそれより前にも素麺を食べた事があったが、僧侶の素麺はコシが強く、食べ応えがあったという。それでうどんかと思ったのだが、僧侶は小麦粉麺のつなぎに卵を使ったと答えた。この僧侶の師匠は日明貿易を利用して明朝まで行って勉強した人物らしく、その師匠が持ち帰った技術の一つとの事。
ラーメンのつなぎとして有名なのは『かんすい』である。これは中国大陸にある塩湖のアルカリ塩水を指す。この塩水を使った小麦粉麺は柔らかさや弾力が増し、美味しくなると評判となったという。しかし一部地域にある湖から水を持って来るなど不可能である。そこで様々なつなぎが試され、その中に卵があったという訳だ。
これらを記した本が『本草綱目』で現在執筆中である。この本が入って来るのは江戸時代初期となるが、薬草などの百科全書で、日の本にも大きな影響があったという。この本は各地にある知識や技法を纏めたもので、かんすい自体の発見は遥か昔の事だ。
「つなぎ?そうか、つなぎでやすか!」
「いきなりどしたの、助さん?」
「蕎麦はつなぎとして小麦粉を使ってるんでやす。他では自然薯やヤマゴボウをつなぎに使う地域もあるとか。つまり、小麦粉にもいろんなつなぎを試すべきでやすな」
「成る程。ならいろいろ試してみようぜ、助さん」
「つなぎの割合も重要だから、角さんも頼むでやすよ」
「おうよ」
『つなぎ』と聞いて助六が反応する。つなぎは蕎麦にも使われるからだ。蕎麦100%だと蕎麦が繋がらずボロボロになって麺の状態を維持出来ないという。現代に『十割蕎麦』が存在するが、かなり精密な職人技術を要する。それを風土古都で気楽に提供はしていられない。なので助六は蕎麦麺をつなぐ為に少量の小麦粉を使っている。他の地域では小麦粉の代わりに自然薯やヤマゴボウをつなぎに使う所もある。
蕎麦は麺を維持する為につなぎを使うが、小麦粉はつなぎで性質を変える為に使うという事だ。それならつなぎになりそうな物を片っ端から試していけば良いのだ。
助六と角吉は早速、つなぎになりそうな物を探し始めた。
「重要な情報をありがとう、正信さん!」
「いえいえ、聞き齧った程度ですから。お役に立てて幸いです」
「これからもよろしくね。また何か面白い話を聞いたら教えて欲しい」
「ええ、お任せ下さい」
順慶は正信の手を取ってお礼を言う。彼の手をぶんぶんと振って、かなり嬉しそうだ。正信としても、聞き齧った情報が役に立って良かったと思う。これで順慶との友好の第一歩としては上出来であろう。これから順慶屋敷に出入りするのだから、仲が良いに越した事はない。
(これは良い仕事を得たものだ。風土古都運営の重要部分に入れるとは。仕入れなど侍の仕事ではないと空いていたのは、正に『残り物には福がある』と言ったところか。殿、家康様も風土古都について知りたいだろう)
内心、本多正信は良い仕事を得たと思っている。そもそも風土古都は形こそ見れば理解出来る程度の物だ。しかし、実際に運営するとなるとハードルが途轍もなく上がる。縁の下の苦労がかなり大きく、表面を見ただけでは真似が出来ない代物なのだ。表面だけ見て真似した者は既に居る。羽柴秀吉だ。彼は犬山の風土古都を見て、長浜にも風土古都を造ろうとして失敗した。食材、集客、職人、流通、商人との縁等々、考える事が多過ぎたのだ。秀吉という天才を以てしても、やる事が煩雑過ぎて匙を投げてしまった。そして弟の小一郎に投げ付けた訳だが、彼は恒興の養女を娶る事でこの課題をクリアした。風土古都をやりたいなら、風土古都をやっている人間に手伝って貰えばいいのだ。
本多正信が恒興から嫁を貰うのは難しい。彼は徳川家を追放中で立場という物が無い。しかし、今回の仕事を仕切る立場になったので、嫁を貰わずとも風土古都運営の根幹に係る事が出来た。ここで風土古都の理解を実践で深める事が出来るだろう。正信には部下が居ないが問題は無い。恒興からの部下斡旋も断った。そもそもこの仕事は侍からは嫌われている類だ。しっかりとは働くまい、と正信は思う。なので人員に関しては池田家特殊傭兵部隊である『刺青隊』から探すつもりだ。刺青隊は流民や農民で構成されているし、中には戦いたくない者だって居る筈だ。戦わず安定した仕事なら喜ぶ者も居るだろうと考えている。
正信が風土古都について熟知したい理由は、主君である徳川家康だ。家康も風土古都について知りたい筈だと思うからだ。彼ならば三河国にも風土古都をと願っているだろう。そこに正信が風土古都運営の情報を持ち帰れば歓迎されるのではないかと考えたから、彼はこの仕事を引き受けたのである。
(何と言っても筒井順慶様との縁。このまま仲良くなれば、将来的に彼を三河国に招く事も可能かも知れない。しかし、噂には聞いていたが、順慶様は本当に大名らしくない方だな)
目的はまだ有る。それは筒井順慶との縁だ。彼の名声は静かに広く鳴り響き始めている。恒興が『救龍』を公開試運転をした影響だ。既に『救龍』の存在が各地に知られ、その開発を行ったのが筒井順慶だと広まっている。既に関東から中国四国辺りまで噂になっているらしい。
その順慶と仲良くなれば、将来的に彼を徳川家に一時的でも招く事が現実的になるのではないかと正信は考えている。だからこそ、彼の不興を買う事は避けなければならない。侍の誇りなど、とうの昔に捨てた。庶民や僧侶と親交する事も苦ではない。そんな自分だからこそ出来る事があると正信は思うのだ。
それはそうとして、順慶が殊の外、大名らしくない事には面食らってはいた。
本多正信さんの謀略は現代にも残ってますニャー。本願寺を東西に分けたのは正信さんですから。本願寺の勢力が強かったので、二分したかった訳ですニャー。




