大声コンテスト
「さぁ、ついにはじまりました、大声コンテスト! 司会はわたくし、葛城と申します。あぁ(笑)どうも、皆様、拍手ありがとうございます。
え~っと、本日、大声コンテストに参加して頂ける方は、全員で二十五名ということですね。
まずは最初に、わたくしの方から、このコンテストのルールのご説明をさせて頂きます。え~、ルールと言いましても、難しいことはありません。わたくしが今、立っている、このステージ上に設置されてあるスタンドマイクに向かって、大声で叫ぶだけでございます! 何を叫ぶかは自由ですので、各自お好きな言葉をお考えください。
そして! 今回の参加者の中で、一番、大きな声を出された方が、このコンテストの優勝者となります! その結果発表は、全ての参加者が挑戦を終えた後、つまり、コンテストの最後に発表させて頂きますので、お楽しみに!
優勝賞金は『十万円』! さぁ! さっそく、はじめてまいりましょうか。はい! じゃあ、一人目の参加者の方、どうぞステージ上へ!」
ハンドマイクを握った司会者の男が、観客席に向かって挨拶を終えると、大声コンテストはスタートした。
さっそく一人目の参加者がステージ上へと登場する。その参加者は、三十代後半の色黒の男だった。カラフルなTシャツに、裾がボロボロになった短パン、足元にはビーチサンダルという出で立ちをしている。
緊張しているのか、何度も頭を掻きながら、観客席の方を見渡していた。そして、スタンドマイクの前に立つと、男は両手に握りこぶしをつくって思い切り叫んだ。
「えみこーーー好きだぁーーー!!」
男がマイクに向かって叫んだ言葉は、どうやら恋人の名前だったらしい。つまり、この場を借りて愛の告白をしたのである。観客席に座っていた一人の女が、頬を紅潮させて、うっとりとした目でステージ上を見上げていた。
二人の熱愛ぶりを見せつけられた他の観客たちは、微笑ましそうに目を細めて、愛の育みを手伝った。その場に、大きな拍手が起こる。
「いやぁ~良かったですね、愛の告白。見ているだけでこちらも熱くなってきますよ(笑)はい、挑戦ありがとうございました~! それでは、続いてまいりましょうかね。はい、二人目の参加者の方、どうぞステージ上へ!」
司会者が喋り終わると、二人目の参加者がステージ上に登場した。今度の挑戦者は、お人形を胸に抱いた小さな女の子である。
「あぁー♪」
人形を離さない女の子は、主催者側が用意した踏み台の上に立って、設置されたマイクに向かい大声で叫んだ。
しかし、その声は小さかった。観客席にいた誰もがこの結果を予想していたが、それでも当の本人は何も気にしていなかったらしい。満足そうに、観客席の方へ微笑みを見せている。どうやら女の子は、このコンテストに参加できただけで十分だったようだ。
その気持ちが観客たちにも伝わったのか、その場に大きな拍手が起こった。きっと女の子は、今日という思い出を確実に自分のものとして手に入れることができたのであろう。
「あらあら、可愛かったですね~(笑)もし、今日のコンテストが、『大声コンテスト』ではなくて、『可愛さナンバーワン! コンテスト』だったなら、間違いなく今の時点で、彼女が優勝していたことでしょう(笑)
はい、挑戦ありがとうございました~! さぁ、続いてまいりましょう! 三人目の参加者の方、どうぞステージ上へ!」
続いて、三人目の参加者が現れた。前の挑戦者と同じように、自分の選んだ言葉をマイクに向かって発している。
その後も引き続き、参加者たちの挑戦は続いた。四人目、五人目、六人目……と、ステージ上に登場する。
そして、いよいよ大声コンテストの最後の挑戦者となる若い男が、ステージ上へと上がった。
「優勝したぁ~~~い!!!」
男は、今の自分の心情を叫んだようである。
会場は大きな拍手に包まれていた。その場の熱気は最高潮に達している。きっと、この最後の挑戦者が、他の誰よりも、大きな声を出していたように感じられたためであろう。マイクの前に立っていた男も自分で手応えを感じたのか、大きくガッツポーズをとっていた。
「はい! 参加者の皆様、お疲れさまでした~! 次はいよいよ、結果発表になります! わたくしが今、優勝者がどなたに決まるのかを主催スタッフに確認してまいりますので、皆様、もうしばらく待っていてくださいね」
司会者はそう言うと、ステージ裏へと消えていった。
会場内はざわついていた。観客たちは皆、誰が優勝するのかをそれぞれ予想しているのであろう。
そうした中で、主催者側のスタッフの男が、ステージ上へと上がった。次に予定されている結果発表の際には、優勝者のための表彰式も行われるため、ステージ中央に設置されていたスタンドマイクを、邪魔にならない場所へと移動させようとしたのである。
そのときだった。
突如、一人の女が主催者側の許可を得ないで、ステージ上に上がってきたのである。
その女は、近所に住む主婦だったらしい。四十代後半くらいの女で、上下灰色のスウェット姿である。その右手には、ご飯粒が付着したしゃもじが握りしめられていた。
ステージ上でスタンドマイクを移動させようとしていたスタッフに向かって、その女は大きな声で怒っていた。
「ちょっと、あんたっ!! さっきから、会場うるさいんだよ! どいつもこいつも大声出しやがって! なんだい、これ? 『大声コンテスト』? ったく、そんなもん、こんなみすぼらしい公園で開催するんじゃないよ!! んもぅ、こんなコンテスト、今すぐやめちまいな!!!」
女は怒りがたまっていたようで、ものすごい圧力でまくしたてている。そのせいで、怒鳴りつけられたスタッフと、観客席にいた全員の顔がひきつっていた。
とそこに、大声コンテストの優勝結果が書かれた紙を持ってきた司会者が、ステージ上へと現れた。事情を察したのか、スタッフと主婦の間に割り込んで言った。
「はい、はい、はい、お取り込み中、申し訳ありませんね。
はい! たった今、コンテストの結果が出ました! 今回の大声コンテストの最高記録は、『113デジベル』! そして! その最高記録を出された方は……なんと! こちらに立っている、しゃもじを持った女性です! おめでとうございま~す!
え~、当初の参加者リストの中には載っていないお方のようですが……えぇ、まぁ、たぶん、飛び入りで参加されたということでしょう(笑)
はい! というわけで、今回の大声コンテスト、優勝者は、飛び入りで参加された主婦さんに決定いたしました~! おめでとうございま~す! 皆さん、拍手~!」
司会者がそう言うと、会場には拍手が起こった。しかし観客たちは皆、納得がいかないような顔をしている。
それは、優勝者した女も同じだった。しゃもじを握りしめた女は、不機嫌そうに司会者を睨みつけている。それもそのはずだろう。なんせ女は、このコンテストに参加したつもりは全くなかったのである。
女は、主催者側に抗議を続けようとしたが、それはハンドマイクを下ろした司会者によって阻止された。
司会者は、しゃもじを握りしめていた女に近づくと、耳元で、「すみません、ご迷惑おかけして。これ、少ないですが、謝罪の気持ちでございます。どうぞ、お受けとりください……」と観客席に聞こえないように小声で言うと、優勝賞金である『十万円』を差し出した。
すると女は、司会者に向かって何か言いたそうにしたが、結局、その声が発せられることはなくなった。
司会者の差し出した優勝賞金を受けとると、女は途端に無口になり、大人しくステージから下りて、自宅へと帰っていったのである。
その後ろ姿を見届けた司会者は、ハンドマイクを握り直し観客席の方に向き直った。そして、お得意の営業スマイルをつくると、大声コンテストを締めくくった。
「はい! というわけで、大声コンテストはこれで終了でございます! 皆様、本日はご参加頂きまして、ありがとうございました。それでは! また、次回……来年ですね、この場所でお会いいたしましょう(笑)さよ~なら!」