延命治療と終末医療
最近では日本でも事故や病気で重体に陥った場合、延命治療を拒否すると
記した物を携帯している人がいると聞くが、それって法的にはどうなんだ
ろうか・・・
アメリカには「AdvanceDirective(事前指示書)」と呼ばれ、自分の希望や
意思を明確に文書化した法的書類がある。さらに、認知症や脳障害のため
医療方針・処置を自己決定できなくなった時に当人に代わって意思決定を
委ねる代理人を指名することが出来る「HealthcareProxy』、いわゆる
日本の「成年後見人制度」のようなものがある。延命治療を望まない場合、
この二つの書類を事前に主治医や医療機関に提出しておく。
実は母も移住して来て直ぐ弁護士事務所でこの書類を作成してもらった。
前にも話したようにこちらの老人保険に加入できるまでの5年間は日本の
国民保険だけで全く医療保険がない状態だった。万が一植物人間にでも
なった場合、医療費が半端ないこの国では家族の精神的・金銭的苦悩は
計り知れなくなる―― という主治医K先生のアドバイスがあったからだ。
実際、知り合いの日本人の中にこの事が元で仲の良かった姉妹の間に
大きな亀裂ができてしまったというケースがある――
母親が脳梗塞で倒れた時アメリカ在住の姉と連絡が取れず、最終的に
日本在住の妹が医師から治療上の判断を迫られた。その結果、母親は
植物状態のまま長年に渡って入院を余儀なくされたーー
生死を彷徨う肉親を目の当たりにすれば、例え1%でもチャンスがある
なら手術をお願いするのも、人口呼吸器を外すのを躊躇うのも、ごくごく
普通の心情だと思う。けれど、医療費が嵩み、何年も物言わぬ寝たきりの
母親を前にして、
『あの時、妹が冷静な判断をしていてくれたなら、こんなことには…』
『姉は遠くに離れていて介護とは無縁のくせに、どの口が…』
と姉妹喧嘩になり、母親が亡くなった後は財産分与で揉め、弁護士を通して
しか話さなくなったという・・・
もし「事前指示書」があればこんな悲しい家族間のトラブルは回避できたに
違いない。
高齢者の医療に関してこれまで、特に日本では寿命を延ばすことが目標と
されてきたけれど、これからは延命治療よりも緩和治療などのQOLが
最優先されるべきだと思う。QOLの中身は人それぞれで、個々の価値観も
異なるから定義はできないが、個人的には自分が自分らしき生き、人として
尊厳のある最期を迎えるためには、その中に安楽死や尊厳死が含まれても
良いのではないかと思うようになった。
母を観ていて、ふと感じる――
認知症やアルツハイマーほど残酷な病はないと。認知症の肉親を一度でも
介護した経験のある人なら、この病気だけにはなりたくない、娘や息子には
決してこんな思いをさせたくないと思うだろう。よっぽどの毒親でない限り
普通の親なら子供に負担をかけたくないと思うだろう。
だが悲しいかな、この病気に罹ると自分が自分でなくなり、かつての正常な
思考や感情が記憶の中から全て消去されてしまう・・・
アメリカでは現在6州で、末期の癌や不治の病など一定の条件下、医師に
よる安楽死・尊厳死が認められている。本人に意思決定能力がない認知症に
関してはもちろん対象外である。今のところ「事前指示書」の中にも認知症
になった場合… の項目はない。
安楽死についてはうちの家族内でも私と娘は肯定派、夫と息子は否定派と
いうように、この国の中でもまだまだ賛否両論様々な意見がある。
そう遠くない将来、医学の力で人の寿命を200歳まで延ばすことが可能に
なるかもしれない。もしそうなった場合、それを望む人の権利と同様に
人間らしく自分の一生を終えたいという人の権利、選択肢があっても良い
のではないだろうか、いや、そうあって欲しいと私は願う。




