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泣けなけ星よ  作者: 桧枻
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事の発端

気持ちのいい朝。


いい天気で、綺麗な声の鳥が囀っているのが聞こえる。


干した洗濯物と青空の色の対比が実に美しい。


気持ちのいい、朝なのに……、


「包帯後で換えに行くね」


「自分でします」


「……えっとお茶は要」


「結構です」


「………あ、はいぃ……」


どうして、朝からこんな暗い気持ちにならなくてはいけないのだろうか。




今思えばあの時断ればよかった。


あの時とは、お付きの人と貧民街の人々のところへ治療をしに行ったのこと……


「こんにちは、みなさん」


急遽造った木造の診療所に着くと、沢山の人達が迎えた。


それによって緊張していた身体も自然と緩んだ。


(ここの人たちは好きだなあ……優しいし、何より上の人みたいにお説教しないし、戦争なんかよりこっちの方が全然良い)


貧民街の人々にとっては、巫女しかも“星の巫女”が来てくれることは、


「汚らわしいわ!!」といいながらプライドの高い貴族がここに来てくれること並にすごいことであり、至上の喜びであった。


「みこさまーあそびましょう!」


「こら、おやめなさい!」


泥だらけになっている少年が白い巫女の服を掴んだ。


じわりと泥のシミがつく様子を見て、母親が焦って子供の手を離そうとした。


しかし、巫女はそんなことも気にしない様子で、笑った。


「治療が終ったら遊びましょう。少し待っていただけますか?」


「はい!みこさま!」


にぱっと笑いながら巫女に抱きつきさらにシミをつける子供と、嬉しそうな巫女、顔を青くする母親の表情の差が、面白かったのか、


大柄な男が豪快に笑い始めると、周りもつられたのか、診療所は笑い声で満ちた。


大体の仕事も終わり、子供たちとも遊び終わった頃、何人かの大人達がやって来た。


皆深刻な面持ちで、貧民街一帯を仕切る長老もいるから、大事な話なんだろう。

「サバナさん……どうかしましたか?」

長老__サバナは深くシワの刻まれた顔に一層シワを寄せながら口を開いた。


「とても、大事な話なのです。出来ることなら巫女様お一人で来ていただきたい」


「貴様なんと傲慢なっ………」

「分かりました。そちらに参りましょう」


お付きの人の言葉を遮るようにして承諾した。


もちろんお付きの人は不機嫌そうだ。


「ごめん、反省文はちゃんと書くから」


「……反省文だけで済むのならいいのですが」


大体、貴方になにかあったら……とブツブツなにか言っている。まだ怒っているようだ。


「君は凄い人だから、きっと守れるでしょう?」

とびきりの笑顔で言ってみた。すると彼は


「……………………………………………当然です」

と、しばしの沈黙のあと、最終的には彼お得意のドヤ顔になった。ドヤ顔いらないです。


「じゃあ、お話聞かせてください、サバナさん」


診療所の奥の部屋で私とサバナさんは向かい合うように座った。


サバナさんの後ろには老若男女、様々な人々が立ったままこちらを心配そうに見つめている。


(余程大事な話なんだ)


こんな風に話をするのはここに診療所を建てるという話をしに行った時以来だろうか。


なんにせよ、こういうのは緊張する。

「………」

「………」

緊張しているのは相手も同じなのか、一言も発しない。しばらく、静かなまま時は流れていった。


時計もないこの部屋では蝋燭のジリジリという火の燃える音がよく聞こえた。



「………3日ほど、前の晩のことです」


サバナはゆっくりと話しはじめた。


「その日……とても強い雨が降っていたことを覚えておりますか?」


「そういえば、夜寝る時すごい音がしていましたね」


朝から小雨が降っていたが、夕方からつよくなりばじめ、夜には嵐のごとく窓に雨粒が叩きつけられていたことを思い出した。


「明朝頃、仕事のために山へ行った若者が、山が崩れているのを見たのです。

そして……ある者が倒れておるのを見つけたのですが……」


その言葉の先を言おうとしなくなった。


もしや、その人は死んでいたのだろうか。


「……私は人を生き返らせることはできませんよ?」


「い、いえ……死んではおりません……」


早とちりだったようだ。


「ただ、酷い怪我をしており、この数日間我々で治療をしようとしたのですが、一向に良くならず……巫女様に助けていただきたく……」


「なるほど……治療は勿論します」


皆が嬉しそうに安堵の息を吐いた。治療は私の得意分野だから、多分大丈夫だろう。


「ですが、治療ならば必ずしますが、何故そんなにも言いにくそうなんですか?」


「それは……」


と、しびれを切らしたのか、話したくて仕方がなかったのか、子供が飛び出してきて、


「あのね、その人ね、みこさまと同じくらいの男の子でね、耳が生えてるの!」


そばに寄ってきた子供がサバナの言葉を遮るかのようにそう言った。サバナ含め、大人達が固まってしまった。


私も言葉の意味がわからずに、ただ固まっていた。


耳が生えている。耳があるのは人間としては普通だ。それなのにこの子供は耳がある事を普通とは思ってないという口ぶりだ。


「……ねぇ、その人の耳はどう生えてるのかな?」


子供はうーん、と少し悩んだ後、側頭部あたりに手をあてる。あてた手はその子供の耳よりもだいぶ上あたりだ。


「ここらへんから、白くて長いお耳が垂れてるの!!」


「獣人……ですか」


子供の発言で確定した。


サバナは申し訳なさそうなかおをしている。


子供は無邪気に大人達が暗い顔をしているのを不思議そうに見つめている。


獣人は疎まれている。


獣人の極々一部が人を襲ってくる事もあるからか、あまり好かれた存在では無い。


ここにいる貧民街の人たちは助けたから、そうでもないようだが、街にいようものなら捕まって、奴隷か、一生を牢屋で過ごすか……と、知り合いは言っていた。


許可証を持っていればそんなことは起こらないらしいが、そんなの持っている獣人はほとんどいない。


獣人……そのまま『じゅうじん』と読む人がほとんどだが、その昔、神の力を受け継ぎ、そのために獣の姿を持つようになってしまった聖なる生き物として、敬意を払われていた頃は『けものびと』と呼ばれていたらしい。


本当のことは分からないがまだ神の力を失っていない獣人は巨大な神獣になれるとか、なんとか。


普通の獣人でも獣化できるらしいとか。


迫害を恐れた獣人はめったに姿を現さないので、詳しい事は分かっていないが。


サバナ達はきっと獣人がいることがわかったら、獣人も自分たちもひどい目にあう事が怖かったのだろう。だから言いにくかったのだ。


巫女が立ち上がるのを見て、彼等は咎められ、罰を与えられるのだろうか、そう思い身を固くした。


巫女は笑った。


「じゃあ、早く治しましょうか」


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